第13話【アルフォンソ視点】:晴天の霹靂
アルフォンソ・ギュネイは嘆息を禁じ得なかった。
自らの領地にある屋敷、その書斎である。品の良い椅子に腰をかけながら彼は眉をひそめていた。
彼の胸中にあるのは強い呆れの感情だった。そして、脳裏に浮かんでいたのは袂を分かつことになった自らの次男の顔だ。
(……まったく。アルベールでも分かる程度のことが、何故理解出来んのか)
瞳にも呆れの感情がにじんでいたが、それは書斎への来訪者たちに向けられていた。
居並ぶのはアルフォンソの重臣たちだ。彼らはとある陳情のためにここを訪れてきていた。
「ご当主っ! 何故頷いていただけないのですかっ!」
1人の壮年の家臣が、必死の形相で訴えかけてくるが、それは彼にとって鬱陶しいものでしかなかった。大事な家臣であれば黙殺するわけにもいかないが、返答にはどうしても剣呑なものがにじむことになる。
「頷けるわけがなかろうに。どうして私が、この機に攻勢に出ねばならないのだ」
そして、繰り返しだった。家臣たちはアルフォンソが何度も聞かされた言葉を再び口にしてくる。
「ご当主っ! カルバは始祖竜らしきドラゴンを得たそうなのですぞっ!」
「カミールの苦戦は必死ですっ! ここで攻勢に出ずにいつ動くつもりですかっ!」
もう、応じる気にもなれなかった。
アルフォンソはため息を噛み殺した上で黙り込む。
何度説明すればよいのか。何故、この者たちは理解しないのか。彼の胸中にはじわりと失望ばかりが広がるのだった。
ギュネイ家は勤王の家柄なのだ。全ては王家のため。そこに私利私欲が介在する余地など微塵もない。
その観点から現状を見れば、攻勢に出るなどまったく話にもならなかった。
まずは賊軍を駆逐する。
これが第一だった。始祖竜を得たなどと僭称し、アルヴィルの国土を汚す馬鹿どもを駆逐しなければならないのだ。そのためであれば、あるいはカミールに協力する選択肢さえアルフォンソの頭にはあった。
よっての動かずなのだが、アルフォンソも一応のところ家臣の心中は理解していた。歯がゆいものを感じているだろうことは承知していた。だが、ギュネイ家として、そのような不忠の選択肢はあり得ない。
結果の平行線だった。今日もまた、書斎には無為な時間が流れる……そのはずだった。
「し、失礼っ!! ご当主、お知らせすべきことがっ!!」
闖入者だった。突如扉が開かれ、若い男が慌ただしく書斎に飛び込んできた。
アルフォンソは目を鋭くすることになる。
不吉を予感してのものだった。飛び込んできた男の表情だ。そこにある隠しきれない笑みが、彼に不吉なものを予感させていた。
この状況で、自らの家臣が喜ぶようなこと。アルフォンソはすかさず問いかける。
「どうした? まさか、カミールがカルバに敗退したとでも?」
「い、いえ! そのような話ではなく」
安堵と共にアルフォンソは首をかしげた。であれば、何故彼は笑みを浮かべているのか?
伝令の男は、満面の笑みと共に口を開いた。
「王都より朗報を伝えに参りましたっ!! ご当主、お喜び下さいっ!! 王都の協力者たちが大仕事を成し遂げましたっ!!」
「大仕事?」
「はっ!! カミールですっ!! カミール・リャナスの追放に成功したのですっ!! 今や、王家は我らの味方ですっ!!」
その報告に、書斎に居並ぶ面々は……途端に表情を失ったのだった。
「あ、あの……朗報であると思うのですが……」
戸惑う若者を前にして、アルフォンソもまた表情を失っていた。困惑するしかなかったのだ。彼はもちろん、この場にいる家臣たちと同等以上に現実を知っている。政治を知っている。
カミールが王都から追放された。
その一点に喜びを覚えることは出来ない。何故、そんなことになったのか? 原因ばかりが気にかかる。
「……何故だ? 何が起こってのその結果だ?」
率直に問いかける。若者は相変わらず戸惑いの表情で口を開いた。
「そ、それは、王都の協力者たちの働きによるものです」
「王都の?」
「はい。彼らがカルバに働きかけたのです。カミール・リャナスを放逐するための協力を願うと。その結果、カルバの協力を得られるとの確約を得まして、その事実をもって王家に働きかけたところ、そのような結果に……ご、ご当主?」
若者は不審の声を上げたのだが、それはアルフォンソの表情が原因だった。
顔を強張らせることになっていたのだ。若者の発言は、それだけの衝撃を彼に与えるものだった。
「……カルバが協力者たちに……いや、我らへの協力を示したと? 我々が協力を願った末にか?」
「は、はい。カミールを排斥するためということで」
「…………」
アルフォンソをしても、状況の理解には時間がかかった。端的に言えば、この状況はどう言えるのか? 自らをアルヴィルの忠臣だと自負する彼は、得られた答えに呆然とするのだった。
「……我々がカルバに寝返ったと理解され、そして……降伏を決意されたということか? 王都の者たちの要求を呑まれたということか?」
それが彼の認識した状況だ。ただ、これは伝令を告げた若者の理解とは違ったのだった。
「ご、ご当主っ! 我らは決して、カルバに寝返りなど……カミールを排除するために、カルバを利用しただけであり……っ!」
この声に、家臣の1人が憤怒の表情を見せた。
「貴様の理解など知らんわっ!! 世間が、諸侯が陛下がっ!! そのようにぬるい理解を示すと思うなっ!!」
さすがに、ここに並んでいるのはギュネイ家の重臣たちだった。その意見に同意しかなければ、アルフォンソは静かに頷くのだった。
「そうなるだろうな。侵攻をかけてきたカルバと手を結ぶなどと……ふふ。それが寝返り以外にどう映るのだ?」
彼は後悔するのだった。王都の協力者にさしたる人材は無い。であれば頼りには出来ないと無関心であったのだ。だが、その結果のこの有様だ。
(私が……この私が、ギュネイの名にこのような泥を……そして、アルヴィルにこのような……)
勤王家であることを誇りとするアルフォンソなのだ。その衝撃に彼は全ての思案を放棄したくはなったが……今後に無責任でいられる彼では無かった。
「これは……どうなる?」
思案までは練られず、家臣たちに助力を願うことになる。冷静であった家臣の1人がすかさず口を開いてきた。
「やはり、このことはアルヴィルの降伏だと諸侯には受け入れられるものかと。多くの諸侯は、早々に我々なりカルバなりに連絡を求めることでしょう」
「向後を図るためだな。カミールはどう出る?」
「それは……どうでしょうかな。陛下が降伏され、西にはカルバ、東には我々です」
「多勢に無勢か。立ち向かえるはずもなければ、他の諸侯と同様に……いや」
アルフォンソは静かに首を左右にした。
「人格には問題あるが、あの男の能力は確かだ。あの男は諸侯とは違う理解を示すかもしれん」
「ふむ? 違う理解でしょうか?」
「この件を王都の者共の妄動と察する可能性はある」
「我々が裏切ったわけでは無いと理解すると?」
「そうなる。相手がカルバだけであればと抗戦に出る可能性もあろう」
「確かに、その可能性は否定しませんが……ご当主。しかし、恐らくこれで大勢は決しましたぞ」
アルフォンソは同意の頷きを見せることになる。
「そうなろうな。陛下が降伏ないし降伏当然の動きを見せられたことで、多くの諸侯はカルバ王家になびくことになろう」
「カルバが始祖竜を擁することもあれば、そうなりましょう。アルヴィル王家もまた、カルバ王家の下風に立つ……いえ、旧来の権力など新たな支配者からすれば邪魔なものです」
家臣が何を言おうとしているのか? アルフォンソにはよく分かった。
アルヴィルは、アルヴィル王家は今窮地にある。この状況でギュネイ家は……自らは何をなすべきなのか?
アルフォンソは黙り込んだ。
黙り込んでひたすらに思案を巡らせるのだった。




