第6話:俺と、反省と期待(2)
「サーリャさん!!」
「わっ!? な、なになに? いきなりびっくりしたんだけど?」
娘さんは目を丸くして飛び上がられました。う、うん。悪いなと思いますが、ちょっと火急の用件がありまして。
俺は体を起こした上で、自身の頬を差し出します。
「あの、パーンってやってもらっていいですか?」
「は、はい?」
「ですからパーンって。私の頬をですね」
「あぁ、叩けって?」
「そうですそうです」
「なるほど、言いたいことは分かった。ただ……えーと、なんで?」
娘さんが首をかしげられましたが、当然俺には叩かれて喜ぶ趣味はありません。しっかりと理由がありましてですね。
「気合を入れようと思いまして」
「き、気合? そんなの入れなきゃならないの?」
「はい! 今が入れるべき時かと思いまして!」
気合を入れて人化に取り組もうってことなのです。娘さんに気合を入れてもらえれば、俺はそれはもうがんばるしかなくなるわけですし、何か妙な効果が発生して容易に人間に成れるようになる可能性もそこはかとなく。
ただ、そんな事情はご存知ない娘さんですので。いぶかしげに俺の目を見つめられます。
「こ、この子はまた、いきなりけったいなことを……」
「娘さん! なにとぞ! なにとぞ容赦なく!」
「わ、分かった分かった。ノーラがそれで気がすむんだったらやってあげるよ。けど……気合入る? 人間にはたかれた程度で、ドラゴンに何か影響なんてある?」
俺はにわかに首をひねることになりました。
「……どうでしょうね? いや、さすがに無いですかね?」
「私は普通の女の子よりも力は強いけどさ。さすがに影響は無いと思うよ? どうする? 釣り槍とかで殴る?」
「い、いえ、武器で殴られるのは気分的にちょっと……」
「じゃあ、ラナにお願いする? こう、尻尾でバーンって」
「い、いえ、首から先が無くなりそうなのもちょっと……」
そもそも、娘さんにってところに意味があるんだし。ラナに叩かれたところで、『なんじゃい痛いわっ!!』って涙を流すことになるだけだし。
なかなかこう、理想的に気合を入れてもらうのって難しいなぁ。
ということで、主従で首をひねり合うことしばし。今日も空は青いなぁって、意識があらぬ方向に向き始めましたが……おや?
「あ、ドラゴン」
娘さんが、空の光景にそんな声を上げられました。
鞍無しドラゴンに悩まされている昨今です。ちょいとドラゴンの飛影にはビクリとさせられるところはあるのですが、娘さんの声は非常にあっけらかんとしたものでした。
その理由はまぁ、方角でしょうね。
東からの飛影でしたので。敵ではなく、味方からの伝令だって簡単に察しがついたのでしょう。
「えーと、なんでしょうね? やはり援軍についてでしょうか?」
「じゃないかな? 嫌だなぁ。諸事情があって延期ですとかじゃないよね?」
若干、先日の失敗を引きずられている感じのネガティブ発言でしたが、はたして……
「おい! もう援軍はそこまで来てるらしいぞ!」
歓声と共にです。そんな言葉が俺の耳に届いてきました。普通の人間にも聞こえるだけの声量であれば、娘さんはパッと笑顔を浮かべられます。
「だって! ねぇ、ノーラ。援軍はもう近くに来てるっさ!」
ぶっちゃけ、俺はそこまで援軍には期待していません。ただ、俺のネガティブで娘さんの笑顔を曇らせるのは死刑レベルの大罪であり。
「ほ、本当ですね! 良かったですよね!」
まだ誤報の可能性はありますが、快哉を叫ばせてもらいます。娘さんはにっこり笑顔で頷かれます。
「本当にねー。これでようやく、私もノーラも気を楽に出来るかなぁ。でも、どうだろう?」
「どうだろうとおっしゃいますと?」
「いや、援軍の指揮官は誰かなぁって思ってさ」
少しばかり娘さんは不安そうな表情をされていましたが、その表情に対し俺は首をかしげることになります。
「えー、そこって重要なことだったりするんですか?」
「そりゃ重要でしょう。一応、私たちで上手くやってきたわけでしょ? そこにさ、地位と態度ばっかりが偉い指揮官が来たら色々と困ったことにならない?」
なーるほどでした。ここの全軍の指揮はハルベイユ侯が取っているのですが、あの人と主導権争いするような人間が来るとすればかなり困ったことになるでしょう。
「敵さんに集中したいところですからねぇ」
「大人しく私たちに主導権を握らせてくれる人だったらいいけど……どう? その辺りの噂とか聞こえてこない?」
ということで俺は耳を澄ませることになります。
すでに援軍の話はかなり広がっているみたいですね。ほとんど村中がその話題でもちきりですが、ふーむ。
「……ちらほら、と。リャナス一門のどなたかがいらっしゃるとか」
娘さんは「へぇ」と目を丸くされます。
「カミール閣下の一門か。こりゃ本気って感じだけど、若干不安のような……」
「ですねー。アルヴィルの超名門ですから」
今では、押しも押されぬアルヴィルの第一等でもありますし、貴族として相当のプライドなりを持っているかもって話でして。娘さんは首を軽くひねられました。
「ハルベイユ閣下と上手くやってくれるかな?」
「さぁて。まぁ、誰が来てくれるのか、どんな人が来るのかってところ次第ですし」
「そりゃそうだ。しかし、誰だろね? あそこの家宰さんも確か一門だったけど、まさかいらっしゃらないだろうし。私の知ってる一門って言えば、残りはアレクシアさんになるけど……」
ふと非常に懐かしい気分になるのでした。
そっか、あの人もリャナス一門ですよねぇ。アレクシア・リャナスさん。優秀極まりない才媛でありつつも、けっこう不器用で悩みが多く、そしてとても優しい素敵なお方です。
またお会いしたいなぁと思ったりするのですが、まぁ、今回はさすがにですね。俺は苦笑の心地で首を左右にします。
「まっさか、あの方はないでしょうねぇ」
「ははは、だねぇ。私達みたいな戦争畑の人じゃないし、それに援軍の代表ってのは正直気の毒っていうか」
俺は納得の頷きを見せさせてもらいます。
あの人はねー。人間嫌いなんて勘違いされていたらしいんだけど、人付き合いが得意な方では無いので。
代表って、下の人たちの色んな要望の声に応えなきゃいけない人なので。有能なあの人だったら淡々と処理されるんでしょうけど、そんな日々はあの人から心の平穏を奪うことは間違いないだろうなぁ。
「やっぱり、あの人はですよねー」
「会いたいけどねー。そりゃ無いでしょう」
結論はそれになりましたが、ではそのリャナス一門の方とは誰なのか?
別に援軍には期待していないけどね。そこはやっぱり気になるよなぁ。




