第4話:俺と、テセオラの空(2)
弱くはない。
娘さんが漏らした感慨は、俺の得た感覚とまったく同じでした。
本当、弱くはないって感じです。決して強くはない。異界のドラゴンたちの中では間違いなく上位の手応えなのですが、黒竜だったりクライゼさんとは比べものにならない程度。
ただ、本当弱くはない。そこがくせ者のような。もっと正確に言えば、自分が決して強くないって、それを自覚してそうな感じがね。この逃げっぷりからは、そんな雰囲気が漂ってきていて。
『悪いな、強者よ。私は実戦経験に乏しくてな』
そんな言葉が聞こえてきましたが、やっぱり自覚してるっぽいよね。これは……やはり厄介かもしれない。
異世界のドラゴンたちも色々いたんだけどね。ただ、総じて言えたのは、それぞれが戦士としての自らに強烈なプライドを持っていたことだ。
そして、おおよそ全ての個体が俺たちを侮っていた。人を背に乗せる家畜に堕ちた竜種。そんな妙な理解で、俺たちを下に見ていた。
だからこそなのか、逃げる個体は無かった。俺と娘さんが明らかに格上であることを示してもね。プライドのためか、逃げに徹するようなことは無かった。
だが、コイツは違う。
賢い弱者とでも言ったらいいのか? いや、別に弱くはないんだけど、相手を格上と見れば素直に逃げて様子を見るだけの判断力がコイツにはある。
「あぁもう!! 逃げるな、臆病者!!」
娘さんが苛立ち紛れに挑発を叫ばれましたが、それは伝わったようです。やはり言葉が分かるみたいですね。『ふふ』なんて含み笑いをもらしてきて。
『それはもちろん、強者を前にすれば臆病にもなるものだ。しかし、ふーむ。贅沢だと分かっているが、もう少し手頃な相手が得たかったものだな』
余裕綽々って感じでした。コイツはうーん。弱くは無い。強くも無い。ただ、したたかだな。強敵と言うよりかは難敵って感じだけど……なるほど、この状況ではそう来るのか。
鞍無しのドラゴンが2体、俺たちに向かって襲いかかってきたのですが、それを認識しての判断でしょうか。金竜はゆるやかに旋回を見せてきました。
『せっかくだ!! ご指導願おうか!!』
良い経験をしてやろうって腹の立つ発言でした。このヤロウ、絶対に墜としてやる。なんて思うわけですが、
「だー腹立つっ!! もっと向かって来なさいよっ!!」
娘さんの叫び通りの状況でした。決して無茶をせずにって感じです。他の二体と一緒に、遠巻きにうかがうような攻め口を見せてきやがるわけで。
これは……どうしたものか。
負けようは無いとは思う。ただ、勝ちようがない雰囲気もある。そして、この機を逃せば……コイツを墜とす機会が二度とないような予感がある。
この状況で俺はどうすればいいのか。当然、魔術は適宜ふるっていくのだけど、この状況で俺が出来ること。それは、うーん、もはや、
『お、おいっ!! お前も誇り高き戦士か何かなんだろっ!! こんな戦いぶりで恥ずかしくないのかっ!!』
最終手段でした。罵倒戦術に打って出たわけです。正直、効くとは思っていませんでした。娘さんの罵倒がそよ風以下だったわけですし。ただ、
『……ん? そう言えばだが、もしや貴殿がくだんの竜種か?』
効いたってわけじゃないでしょう。ただ、何かしらの効果は生んだようでした。
『話には聞いているぞ! こちらにも我々のような戦士がいるとな! ははは、強いと思ったがそうか! 早速会えるとは、私もつくづく運が良い!』
どうにも俺に会いたかったみたいですが、俺ももちろん同じでした。ただ、俺の会いたかったは墜とするべき敵としてですが。
『いいからかかって来いってば!! 勝負しろ、勝負!!』
『申し訳ないが、私の実力は一対一で生き残れるほどでは無いようでな。次の機会までには多少はマシになっているだろうから、それで勘弁していただきたい』
なんかもう、本当に余裕たっぷりで腹が立つ。コイツは本当……楽しんでるよな。他のヤツに比べては冷静には見える。ただ、根っこは同じだろう。戦闘を欲しているヤツらの仲間ということだ。コイツは心底、戦いを楽しんでいる。
あらためて腹が立つのだった。
コイツが鞍無しどものリーダーって話だけどさ。コイツらが乱入しなければ、カルバの内乱はもっと早期に収束していた。そして、今日の戦闘も無かっただろう。そして、これからの戦闘も起こり得なかったはずだ。
『ああくそっ!! なんなんだよっ!! お前ら、くっそ迷惑なんだけどっ!!』
風槍を叩きつけながらに怒鳴ることになる。距離があれば、さしたる効果はなかった。しかし、怒声の方は反応を呼ぶぐらいの効果はあった。
『ふーむ、迷惑だと?』
『そりゃそうだろ!! お前らのせいでどんだけの人が迷惑をしたって思ってんだよ!! 守護者ごっこだか何だか知らないけどさ、せめてカルバの守護者気取って終わっとけよ!! 無駄に戦争起こすなっての!!』
個人的な事情もあれば、これは心底の本音だった。実際に、多くの負傷者と人死にを出しているのだ。コイツらが現れなければ起きなかった悲劇がたくさんあったのだ。
だが、俺の怒りの声はさっぱり届いてはいないらしい。遠目に見えるテセオラは、小さく首をかしげていた。
『ふーむ、その批判は少々的外れだと言わざるを得ないな。戦争の道を選んだのは私たちでは無い。人だ』
『う、嘘つけって!! 人間が、好んでこんな無駄な戦争をするか!!』
『いや、嘘ではない。これは我が友人、アクスール・カルバの選んだ道だ。天命だと言ってな。この機会にアルヴィルを含む四方にカルバの旗を立てたいそうだ』
は? と、なった。
アクスールってのは反体制の長、今のカルバの王様の名前だろうが……
『な、なわけが無いだろ!! って言うか、カルバって今そんな状況にないでしょ!!』
『ふーむ? そう思うか?』
『そりゃ思うっての!! 内乱があって国内はガタガタで、体制派から奪った領地の始末もついていなければ治安も悪くて、戦い詰めの諸侯は疲労ばっかりで領地に帰りたくて。足元ぐらんぐらんってのがお前らだろうが!!』
これは聞きかじりと言うか、ハルベイユ侯が口にされたことに加え、メルジアナさんの嘆きそのものだった。
内乱が続いた結果、カルバの領土は荒れ、治安は悪化し、さらに戦い詰めの諸侯は疲労と不満を溜め込んでいる。
この状況で外戦に打って出れば果たしてどうなるのか? 治安の維持に貢献するはずの諸侯が国内を空っぽにすれば、治安はさらに悪化する。そして、自領を荒れるに任せることを強いられ、さらに連戦で疲労を溜め込んだ諸侯の不満は天井知らず。
始祖竜がいようが変わらない。カルバには必ず、再びの内乱が起こる。多くのカルバ国民が苦難にあえぐことになる。
もちろんアルヴィルの国民も不幸を味わうことになれば申し訳ない、と。メルジアナさんはそう嘆いていた。
『友人だとか名乗るならお前が言ってやれよ!! こんなの止めろって。下手しなくたってお前の友人な、恨みを買った末に暗殺されるぞ!!』
もはや優しさに満ちたアドバイスを向けているような感じだった。ただ、テセオラのヤロウ。ゆっくりと旋回しながら『ほぉ?』なんて呟いてきて、
『なるほど。良い助言だった。今後の参考にさせてもらおう』
とにかく止める気はなさそうな雰囲気だった。もちろんこれは、俺の期待した反応じゃない。
『あーもう、だから止めてやれってば!! このままじゃ戦火が広まって、多くの人が不幸になるぞ!! お前ら、人類の守護者なんだろ!?』
どうにかその気になってくれないかと思うわけだけど、テセオラはどうにもこうにも。
『ふふふ。守護者ではあるが、我らは人類の盾にして矛に過ぎない。アクスールの考えに物申すことは分を超えているのではないか? それに……』
『は? そ、それに?』
『……それで、何か問題でもあるのか?』
そこには愉快そうな響きが確かにあるようで……あぁ、うん。分かった。なんか分かった。
娘さんの手綱さばきと共に、近寄ってくる鞍無しどもをシバきながらに思うんだけどね。これはうん、さすがに理解した。
やっぱ、コイツが黒幕だわ。
分を超えてるとかなんとか言ってたけどさ。絶対コイツ、黒幕的なふるまいしてる。
自分たちが戦いを楽しむため、それも人類の守護者的な立場で自己満足を得るためにさ。絶対コイツ、アクスールとやらを良いように転がしてるよな。反乱なんてバッチコイぐらいで、アルヴィルに攻め込まさせたりしてるよな。
やはり、コイツだけは墜とさなければならない。
そんな覚悟を確かにするのだけど、しかし現状は。
「ど、どうにかなりませんか!?」
思わず叫んだわけだけど、娘さんから返ってきたのは苛立ちの叫びでした。
「がんばってるってば!! でも……」
周囲によってくるのは無名の鞍無しばかり。本命のテセオラはもはや接近してくることも無い。俺たちの周りを楽しそうに旋回するのみ。
『さて、私はそろそろお暇させてもらうが……楽しかった。簡単に墜ちるなよ。戦いの喜びは、やはり強敵があってこそのものだ』
全ては、人のためのなどではなく自らのため。
テセオラが去り際に残した言葉は、アイツの本質を強く印象づけるものだった。




