第11話:俺と、ドラゴン相談会その2
「ふふふー」
初陣を終えたその日の夜。
この夜も娘さんの姿はドラゴンの集結地にありました。今回の集落地はすぐ側に小川が流れていたりした。静かな流れに月の光が反射してなかなか風流というか美しかったりしましたが……もちろん娘さんはそれを楽しむ余裕とは無縁なのでした。
「……あははー、ダメだー。もうダメだー。ふふふふ」
余裕と無縁というか壊れ気味? 娘さんは犬のように座る俺のすぐわきで、毛布に包まりながら座り込んでいるのだけど……み、見てると胃が痛くなってくるなぁ。
なんか俺の勤務日初日の再現ムービーを見せられているような感じがしまして。
ずっとこんなだった。
娘さんは死んだ目の笑みをして、ずっとこんな呟きを虚空に流し続けている。
「ねぇ、ノーラ? ダメだねー、私。役に立たないねー? 活躍とか一体どの口で言ってたんだろうねー? あははは」
う、うーむ、壊れておられる。この壊れっぷりは、再現ムービーを超えているというか、俺を上回ってる感がすごいある。
まぁ、仕方がないのかもなぁ。
モチベーションが違うのだ。俺は生きてさえいければいいぐらいのつもりで仕事に臨んでいた。だが、娘さんは俺よりもはるか重いものを背負って、この日に臨んでいたわけで。
「……はぁ」
あるいは夜明けまで続くのかと思ったけど、そこまでの元気は残っていないらしい。
娘さんの顔に疲労の色が戻る。ぺたりと俺の脇腹に体重を預けてくる。
「……ちゃんとやらないといけないのにね。疲れた。もう寝るよ、ノーラ」
そのままズルズルと地面に引かれていく。目はすぐに閉じられ、か細い寝息が聞こえ始める。
椅子にもたれるような寝姿。なんとか楽に寝られるようにと、俺はキバと前足のカギ爪で試行錯誤しまして。
どうにか目的を果たす。
娘さんは仰向けで寝息を立てられるようになった。ただ、体勢は楽になっても、それで楽に寝られるかどうかは別の話のようだった。
眉に力の入った苦渋の表情。
夢の中でも苦労してるんだろうなって、そんなことを思わされる。
俺はこの子に何をして上げられるのだろうか。
そんなこともまた思わされるのだった。
『あ、やっと寝た』
そして、この子はと言えば、娘さんの寝姿に不満を覚えているご様子。
娘さんの寝顔を見下ろしながら、ラナは『ふん』と鼻を鳴らしてきた。
『本当うっさいたらありゃしない。私はアルバとは違うっつーの。少しは静かにしようとは思わないわけ?』
本当不満たっぷりの憎まれ口。ラナさんや、出来れば娘さんの胸中を察して上げて欲しいのですが……まぁ、ムリか。ラナがどうのこうじゃなくて、ドラゴンですし。
『まぁ、静かになったし。じゃあ、おやすみね、ラナ』
アルバはすでにぐっすりと夢の世界をさまよっている。俺もけっこう疲れたし、アルバにならうとしましょうかね。
って、思ったところで、いたっ。
『なに寝ようとしてんのよ』
ラナが尻尾ではたいてきました。いやさ、痛みはそこまでじゃないけど、意図が本当意味不明。なに? もしかして今から遊ぼうとでもしてるの?
『ラナ、今は止めよう。帰ったらちゃんと遊んであげるから』
『はぁ? 何言ってんの? 私けっこう疲れてるんだけど。でも、アンタが遊びたいなら……そうね』
アカン。違った上に墓穴を掘りかけてる。俺は慌てて再び問いかける。
『じゃ、じゃあ何? 別に遊びたいわけじゃないんだよね?』
『ん? あぁ、そうそう。今はそんな気分じゃなかったんだ。そんなことよりも前のヤツよ、前のヤツ』
『前のヤツ?』
『何でコイツに話しかけないのかってこと。助けたいけど、怖いからって言ってたっけ? あの意味って何なのさ』
そういえば、まだ言ってなかったっけか。
ちょっと驚きである。ラナがまさか、俺についての話題をしっかり覚えていたとは。俺なんて、自動で動くネズミのおもちゃぐらいの扱いだと思ってたんだけど。
『……覚えててくれたんだ』
『当たり前でしょうが。気になって仕方がないの。さっさと説明しなさいってば』
そうして、ラナは黙りこんだ。俺の説明を待ってくれているようだが。
う、うーむ。でも、ちょっと言いにくいなぁ。
時間が経って、当時のテンションが失われている。恥ずかしいというわけでは無いが、ちょっと口が重たくなっているというのが正直なところ。
だが、ラナはこうして覚えてくれていて、話を聞いてくれようとしている。
ここは……打ち明けるしかないよな、うん。
俺は一度娘さんの寝顔を見下ろし、そして口を開く。
『……嫌われるのが怖いから』
『は?』
ラナの反応は、疑問の声だった。長い首をぐねりとかしげている。
『嫌われる? コイツに話しかけたら嫌われるの? なんでさ』
『……娘さんが求めてるのはドラゴンとしての俺だと思うんだよね』
『んん?』
『ペットが話しかけてくるのはさ、多分求められてないんだよ。理解はしてもらえないけど、じっと聞いてはもらえる。それが良いんであって』
『……ん?』
『分かったようなフリをしてさ、アドバイスをしてくるドラゴンなんて必要とはされてないんじゃないかって思うんだ。娘さんの必要としてるノーラは、多分そんな存在じゃないんと思うんだ』
ラナは『うーむ』と悩ましげにうなった。
『えーと? 何を言っているのかサッパリ分からないんだけど?』
『ご、ごめん。分からないよね。でも、こうとしか言えなくて。あともう一つ……』
『え、まだあるの?』
ラナに俺は重く頷く。むしろ、ここからが本題だった。俺が娘さんと意思の疎通をしたくない最大の理由。
『昔からさ、俺って嫌われててさ。環境だけが原因じゃないと思うんだ。きっと俺にも原因があってああなったんだと思う』
『……へ、昔? ……私もアルバも嫌ってたっけ?』
『ごめん。それより昔。ちょっと分からないと思うけど』
ラナの眉間にはシワが寄っているが、ごめん、ラナ。本当分からないと思う。でも、ここまで来たら全部聞いてほしかった。
『きっと、交流したらバレちゃうと思うんだ。俺がどんなヤツがってことが。今までバレなかったものが絶対バレる。そしたら……俺は絶対に娘さんに嫌われる』
そんな予感がするのだ。
今まで幸せだった。その全てがきっと崩れ去る。
きっと娘さんは俺を今までのようには扱わない。親父さんも、クライゼさんも、ハイゼ家の当主さんだって態度を変える。
あるいは昔の級友や上司、同僚、両親のように。
全てが終わってしまう。
『……うーん。本当、アンタの言っていることはサッパリ分からないんだけど』
結局、それがラナの結論だった。もちろん仕方がないことだけど。
『あー、ごめんね、ラナ。よく分からない話を長々と聞かせちゃって』
『別にいいわよ。聞いたのは私なんだし。ただ……』
『ただ?』
『やっぱアンタ、ちょっとキモいわよね』
なんだか、苦笑して頷きたい気分だった。キモい。前世でよくよく言われたことだった。
『だよね。そうだよね。やっぱり、俺が娘さんに話しかけたところでキモがられるだけで……』
『んなことは知らないけどさ。キモい。なんでアンタこんなヤツのことでそんなに悩んでいるわけ?』
ラナのキモいは俺の性格へのものじゃなくて、俺の感性に対するものらしかった。
これは……うーん。
先ほどとは違う意味で苦笑したくなった。まぁね、ラナからしたらそう思えるかもね。
『ラナは本当……娘さんのこと嫌いだよねぇ』
『だから、アンタのことが本当に分からないのよ。ぶっちゃけキモい。なんでアンタ、コイツのことなんかでそんな悩んでるわけ?』
これもラナらしいご意見。返答としては、まぁこうなるかな。
『俺にとっては大切な人だし』
気恥ずかしいようだけど、こうだった。だから助けて上げたくて、でも嫌われたくなくて……そんな感じだった。
『ふーん』
尋ねてきた本人のはずなのだが、ラナは何故かどうでもよさそうな様子だった。
『別にいいけどねー。アンタがコイツを大切にしてようがね。本当どうでもいいけどねー』
まぁ、ラナからしたらそうかもねー。ただ、大切な人。自分で言うならともかく、他人の口で言われるとなんか恥ずかしいような。
『あー、でも、大切な人だからって話だけじゃないから。娘さんが本領を発揮出来れば、俺にも利益があるからって、そんな下心もあるし』
『へ? 下心?』
『俺、他の家に取られそうでさ。でも、それが嫌で。娘さんが活躍してくれたら、もしかしたら取られずにすむかもしれないんだけど』
もっとも、これも大切な人から離れたくないって、そういう話なんだけどね。ただ、ちょっと恥ずかしかったので、下心なんて表現をしてしまいましたが。
しかし、ラナさん?
首をかしげてピクリとも動かないようになってしまいましたが……ど、どうされました?
『……取られるの、アンタ?』
かろうじて絞り出したような声だった。俺は不思議に思いつつ頷いて見せる。
『えーと、そうだけど?』
『取られるって、アレよね? アンタ、ウチからいなくなるってそういうことよね?』
『あー、そういうことだね』
俺も取られたくないけどねー。ただ、娘さんにはムリして欲しくないし……どうにかならないかねー。
しかし本当、ラナさん?
どうされたんですかね? ドラゴンの石像みたいになっちゃってるけど。
『あのー……ラナ?』
『……どうでもいいけどねー』
『はい?』
『アンタが取られようがどうでもいいけどねーっ! 寝るっ!』
そう言って、ラナは勢いよくその場で丸くなった。な、なんぞ? どうでもいいって言っているわりには怒っているみたいだけど。
一応、寂しく思ってはくれているのだろうか? だとしたら嬉しいけど……うわー。本当、取られたくないよなぁ。
さて。
俺は娘さんの寝顔を見つめる。
相変わらず、娘さんは苦悶の表情を浮かべているが……
俺はどうするべきだろうか。
きっと残されている時間は、そんな多くは無い。