第2話:穏やかですが、んー?(2)
舌打ちが耳に入ってきたわけですがね。
これは、うん。この意味はよく分かる。ラナさん、不機嫌です。原因についてはさっぱりですが、ラナさん相当不機嫌です。
「いいから仕事しなさいよ。人間って仕事をするもんなんでしょ? 何かあるでしょ、何か」
追い出す気満々のラナでした。ただ、ここ最近余裕たっぷりの娘さんですので。ラナの発言にも、余裕の笑みで応じられます。
「あははは。私だってまぁ、そう思ってたし実際仕事は引き受けてきたよ?」
ラナの不機嫌さは気になりますが、俺は娘さんの言葉に首をかしげることになります。
「へ? 仕事あるんですか?」
「あるよー。話聞いてってさ。でも、今はちょっとお邪魔でしょ?」
娘さんが視線を動かされて、俺もその先を追います。
そこにいるのは一体のドラゴンさんです。異界出身で、何やら色々と事情込みで俺たちの味方をしてくれたアヴァランテさんがいらっしゃいます。
知恵あるドラゴンということもあってか、犬座りのその姿にも凛としたものがありますよねぇ。まぁ、そこはともあれ、彼女はどこか楽しげに目を細めておられました。
この放牧地はちょいと小高い場所にありまして、彼女の視線の先には砦近くの集落があります。彼女が何を思って集落の様子を眺めているのか? それはちょっと分かりませんが、
「確かに、今はお邪魔って感じですかねぇ。しかし、なんです? アヴァランテさんから話を聞くように言われているってことですか?」
「そうそう。あのドラゴンさん、鞍無しドラゴン側のドラゴンさんでしょ? ヒマだったら、向こうさんの事情を聞いてこいってハルベイユ侯から」
なーるほどでした。この戦況にどう影響が出るかは分かりませんが、向こうさんの事情を知っておくというのは重要なことなのでしょう。
まぁ、どうにも優先事項は低そうですが。
向こうさんに戦いを止めるつもりは無い。それがはっきりしちゃってるもんですから、事情を聞いたところで和解の見込みはありませんし。余裕があればって、その程度のタスクになっているみたいですねぇ。
「しっかし、キレイなドラゴンさんだなぁ」
娘さんがそんな感嘆の声を上げられました。不意のことでしたが、同意の思いしかなければすぐさま頷くことになります。
「ですねぇ。本当にキレイなドラゴンさんで」
「四肢はもちろん首の筋肉の付き方も立派で本当になぁ。それでいて、なんか艶っぽい? うん、いいよね。これからどうするんだろうなー。良かったら、ウチで面倒見させてくれないかなー」
物欲しそうな目をされる娘さんでした。うーん、懐かしい感じ。最近は余裕が無ければこんな側面を見せられませんでしたが、娘さんってけっこうなドラゴン好きだもんなぁ。
素晴らしいドラゴンさんを目の当たりにして所有力的な何かを刺激された感じでしょうか。ほほ笑ましければ、俺はちょっと冗談めいて応じることになります。
「どうします? 実際に勧誘されますか?」
「うーん。その誘惑には逆らい難いものを感じるけど……ウチって特殊なドラゴンはもう一杯いるもんなぁ。あのドラゴンさんまでってなったら色々問題が起きちゃうような」
悩ましげな娘さんでしたが、確かにその懸念はあるような気がしました。
俺はエセ始祖竜的な何かですし、ラナだってエセ始祖竜の素質は十分。そこにアヴァランテさんなんて魔術を操るドラゴンが加わりましたら、ラウ家驚異論なんてものが発生せざるを得ないような。
「でもなー、良いなー。アヴァランテさん。良いよなー、ウチじゃダメかなー」
親指を軽く噛んだりしながらに執着を見せられる娘さんでした。うーん、心なしか目がすわってますし、これはガチですね。ガチのマジで欲してますね。
『……なんつーか、変なヤツよねー。そんなに私らみたいなのが良いの?』
そんな娘さんを、ラナは若干引いた目で見つめていました。どんなものであれ、娘さんへの罵声は許せぬ。みたいな俺ですが、これにはちょっと苦笑の思いと言うか。
『まぁねー。その点については、この人ちょっとまぁうん』
『なんか妙な熱意って言うか、ドロドロしたものを感じてぶっちゃけ怖いような。でも、アレよね。これ、コイツだけじゃないわよね』
はい? って俺が首をかしげますと、ラナはアゴでとある方向を示してきた。
『アイツよ。アヴァランテを似たような目で見ているわよね?』
あぁ、と俺は納得の頷きでした。
アイツってのはアイツです。我らラウ家組のある種長兄的な存在です。
もちろん、それはアルバなんだけど、本当確かに。風の気持ちの良い昼中なんだけど、珍しいことにアイツは丸くなってはいなかった。
いや、このところいつもか。いつも通りに寝ていないアイツは、ラナの言うとおりの状況を見せていた。犬座りをして、アヴァランテさんをじっと見つめている。
これも、ドラゴンの襲撃からの変化の1つかもねぇ。いっつもこんななのだ。
アヴァランテさんを見つめて、こうやってじーっと動かず。どうしたのかと不安に思って尋ねかけても、返事はまったくの上の空。
気になるよなぁ。一体、アイツはどうしてしまったのか。そしてですが、アルバを気にする俺とラナの様子が視界に入ったようでした。娘さんが「そう言えば」と尋ねかけてきました。
「最近、アルバ元気無いね。どうかしたの?」
もちろんのこと、俺は首をかしげて見せるしかありませんでした。
「どうなんでしょう。本人は全然答えてくれなくて」
「ふーむ。答えたくないのか、答えられないのか。心配だなぁ」
心配の思いは、もちろん俺にもラナにも大いにあります。結果、一人と二体でアルバを見つめることになりますが……あ、向こうさんも気づいたっぽい?
『……ん? なんだ? 何を見ているんだ?』
俺たちの視線に気づいたらしいアルバでした。代表してってわけじゃないけど、俺がアルバの疑問に応じることになります。
『いや、みんなで心配していたって言うか。いつもみたいに寝てないけどさ、どうしたの? なんか、アヴァランテさん見てるみたいだけど』
いつもの問いかけだったけど、いつもであれば『いや……』なんて言葉を濁されるのがオチだった。
でも、今日は違うらしい。
アルバはわずかに沈黙を挟んだ上で、『……そうだな』なんて一度呟き、
『ノーラ』
真面目な声音で呼びかけられて、俺は思わずぴしりと背筋を伸ばすことに。
『お、おうさ。な、なにかな? なんかこう、あらたまった感じだけど』
『迷ったんだが、お前を見習うことにした。相談したいことがあるんだが、良いか?』
俺はけっこう戸惑うことになって、隣のラナからもそんな雰囲気が伝わってきて。
だってさ? アルバだよ? あのアルバさんだよ? 俺の相談には泰然と応じてくれる一方で、当人は常に迷いなんてなくって感じのあのアルバさんなんだよ?
相談って、本当に青天の霹靂な感じだけど……いやまぁ、そりゃもちろんね。
『俺がどれだけ役に立つか分からないけど、もちろん良いよ』
俺の大切な友人からの相談なのだ。否なんて返事はありえず、こう頷かせてもらうことになりました。
『そうか。悪いな』
『いやいや、いつも聞いてもらっているのは俺の方だし。それで内容は?』
早速尋ねかけます。はたして、最近の様子の答えになるような内容なのかどうか。
アルバは少しばかり言いにくそうに間を置いた上で口を開いてきた。
『……あー、こんな相談をするのは、俺としても少しばかり違和感と言うかなんとも言えないものがあるのだが……どうすればいいのか分からなくてな』
『どうすればいいか?』
『あぁ。好きな女に好きと伝えるにはどうしたらいいんだ?』
切実な目をしてアルバはそんなことを口にしてきましたが……へ?
隣ではラナが『は?』なんて口にした上で固まっているけど、だよね。そうなるよね。そうなっちゃうよね。
「ねぇ、ノーラ? あのー、どったの? アルバ、どうかした?」
俺たちの妙な様子に、娘さんが心配そうに声をかけてこられました。でも、すみません。俺が答えられるようになるには、ちょっとばかし時間が必要そうでした。




