終話:【あるカルバ王族視点】天運
その男は、自らに天運があると信じていた。
根拠は無くとも、そう信じていた。カルバ先王の弟に生まれて、自身がこのままで終わるはずが無いと信じていた。盲信していた。
そして、その信仰は正しかったと証明された。
先王は若くして病魔に倒れることになった。年少の嫡子を後継者とすることになったが、そこに天変は起きた。異常なドラゴンの出現により、現体制の安定は損なわれることになった。結果、男は選ばれた。次代の王として選ばれることになった。
自らに天運はある。
男は信じていた。この状況にあっても信じ切っていた。
「天罰……なのか?」
兵士の1人の呟きだった。空はドラゴンの飛影で埋まっている。体制の転覆を謀った罰が下ったのではないか。その兵士に限らず、誰の頭にもそんな思いがよぎっていた。だが、その男は違った。
「諦めるでないっ!! 必ず光明は差すっ!! 天運は我にあるぞっ!!」
男は声を張り上げて周囲を鼓舞する。
いや、結果としての鼓舞であり、男にはそんな意識は無かった。当然のことなのだ。自分がこの場にいるのだから。天運ある自らがここにいるのだから。この状況が打開されることは間違いないのだから。
よって、だ。
一体のドラゴンが降りてきた。たわむれなのか、必殺を期しての接近なのか。ともあれ黒ずんだ金地のうろこを持つ巨竜が男の前に降りてきた。だが、周囲が死を覚悟する中で、男ばかりにその恐怖は無かった。
天運だと、そう思ったのだ。
「し、始祖竜……?」
男はぼんやりと呟く。そうとしか理解出来なかったのだ。天運ある自分にこの場の死などあり得ない。ならば、この金竜の登場が意味するところはそうであろうと。カルバ一円の支配を王家に委ねたとされる始祖竜。それが自分の元に舞い降りたとしか思えなかった。
男は金竜に平伏していた。
「よ、よくぞ参られたっ!! 感謝するっ!! 感謝いたしますぞっ!!」
救われると信じてはいても、現状が窮地であるとは理解していた。そのための涙だった。喜びの涙だ。男は感涙にむせびながらに、何度も額を地面にこすりつける。
もちろんのこと周囲にその思いはない。
ただただ次の瞬間の死を覚悟し、怯えていたのだが……その時は訪れなかった。
金竜の姿が崩れた。
誰の目にもそうとしか見えなかった。ドラゴンとしての姿が崩れ、しかしそこでは終わらず。新たな形を取ってきた。それは人に見えた。長髪をひるがえした精強な男性の姿に見えた。
「お、おぉ……」
平伏しながらに、男は涙に濡れた顔でほほ笑んでいた。そして自覚し直していた。自らが特別であることを再び自覚していた。
我に天運あり、と。
我に始祖竜の加護ぞあり、と。




