第27話:俺と、再会しまして(2)
なにが甘かったって、相手の実力を甘く見ていたって話じゃなかった。
連中の執念とでも言ったら良いのか。一度墜としたぐらいじゃ終わらなかったのだ。
黒竜のタフさを思い出すけど、墜とした端から空に上がってくるような状況だった。これはちょっと……マズイか? 果たして逃げ切れるのかどうか。
あちらさんにこちらを見逃してくれるような気配はさっぱり無い。その間にこちらの体力はどうなるのかって、そこが大問題なわけだった。
「ノーラっ!! 騎竜が疲れている場合には戻るように伝えろっ!!」
クライゼさんがそう俺に叫ばれましたが、すでにそういう状況でした。どの騎竜にも疲労の色が見える。そして、それは俺の幼なじみも同様のようで。
『あぁもうっ!! 無理っ!! もう無理だってのっ!!』
俺よりははるかに俊敏で、しかし体力にはそこまで優れているとは言えないラナだからだろうか。相手の雷撃を避けた拍子にだった。グラリと体勢を崩した。娘さんは、どうしようもないと言った様子で地上を目指されることになる。
そうすべきでは無いとは分かっていた。それでも俺にとって何が大事なのかって話だった。
『娘さんっ!! ラナっ!!』
その後を追うことになった。幸い、皆さんの奮戦もあって、娘さんたちは追撃を受けることは無く。娘さんは、ラナを森の中に着陸させられた。俺は慌ててその隣に続きまして。
『ちょ、ちょっと、ラナっ!?』
顔を覗き込むことになったけど、かなり辛そうだった。地面に腹ばいになって、ぜぇぜぇと息を荒げている。そして、
『……な、なんなのよ』
『へ、へ?』
『2日連続でこんなに働かされてさっ!! なによ背中のヤツっ!! 今度はしっぽじゃすまなさないってのガァッ!!』
割と元気なのでは? そう疑うことになったけど、やはり見た目通りのようだった。ラナは疲れ切った目で俺を見つめてくる。
『……寝る』
『ね、寝るの?』
『色々気になるっていうか、なんか嫌な気がするけど寝るっ!! もう飛ばないから起こすなっ!!』
との主張でした。ラナは腹ばいの姿勢のままで目を閉じて動かなくなったけど、う、うーむ。この状況でも寝られるのは、さすがはラナって感じのような。ま、まぁ、ともあれ。俺はラナの背から降りられた娘さんを見つめます。
「え、えーと、ラナはですね、寝るそうです」
「ね、寝るの? ここで?」
「はい。死んでるみたいに見えますし、安全だとは思いますけど」
標的になることはまず無いんじゃないですかね、はい。しかし……これは、次は俺ってことですよね? ラナに続いて、今度は俺が娘さんの騎乗の相手になるということで。
これってどうなの? ちょっと不安になるのでした。思い返されるのは、ラウ家の放牧地での修練の日々です。娘さんはあくまで、魔術の主導権を自らのものとされていました。でも、今はなぁ。多分それじゃダメだと思いますし。この窮地にあって必要とされるのは、魔術は俺が担当して、手綱さばきは娘さんって、その全力だと思いますし。
「あ、あの、娘さん。1ついいですか?」
早速俺の背に乗ろうとされていた娘さんは、軽く首をかしげられました。
「なに? どうしたの?」
「率直に失礼します。手綱はサーリャさんが、魔術は私が担当するということでお願い出来ませんか?」
「…………」
娘さんがどこか険しい顔をされまして。俺はちょっと慌てて声を上げることになりました。
「い、いやあの、分かりますっ! サーリャさんが騎竜に過ぎない俺にそういうことを任せたくないっていうのは分かりますっ! でも、今はあの、そういうのが一番かと思いましてですねっ!」
どうか堪忍して下さいませって感じなのですけど、娘さんは何を思われたのか。何故かです。どこか緊張の面持ちで口を開かれました。
「……そうだね。私、そんなこと言ったよね」
そうして1つ息を吐かれて。
「ちょうど良いって言うか、いや、そんな場合じゃないってのは分かってるけど……ノーラ。私からも1つ聞いても良い?」
へ? と俺は目を丸くすることになります。ま、まさかの質問返し? テメェ、本当に自分の立場分かってんのか? なんて詰問される感じ? 怖っ。でも、娘さんのお願いを否定する選択肢はこの状況でも俺には無いわけです。
「も、もちろんどうぞ」
「ありがとう。あ、あのさ、王都でのアレだけど……す、好きって、ノーラは私に言ったよね?」
わずかにうつむきながらの娘さんでしたが……こ、これは? テメェ、分相応なことしてくれたよなぁ? って流れ? やっぱ詰問されちゃう?
なんか応じたくなくなってきましたが、本当余裕がある状況じゃないので。俺は緊張を喉で味わいつつ頷きます。
「は、はい。そんなことを口走ったような気はしますが、で、でもですねっ! アレは本当、騎竜としての発言的なアレでして……っ!」
「理由」
「へ?」
「理由。聞いてもいい? ノーラが私を好きだって言ってくれたその理由」
……あかん、さっぱり娘さんが何をされたいのか分からない。
そんなことを耳にされてどうするの? って感じでした。理由次第じゃテメェ生きて帰られると思うなよ? 的な何か? いや、この状況でそんな妙なやりとりを望まれているとは思えないけど……し、仕方ない。
さっさと上空に復帰しなければいけませんし。ここは率直に打ち明けさせてもらうとしましょう。
「も、もちろん、娘さんが大切な方だからです」
「……そうなの?」
「はい。娘さんはその……私に幸せを与えて下さった方ですから。ドラゴンとして愛して下さって、それが本当に私にとってかけがえのないもので、生きるって楽しいなって思わさせてくれて……」
「…………」
「あの、だからです。大切な方なんです。一緒にあって、力になりたい方なんです。その思いがえー、そのー……好きという言葉になったと言うか、なんと言いますか……」
本当は、この百倍は言葉に出来る思いが胸中にあるのですが、こ、この辺りでいかがでしょうかね? 羞恥プレイ感満載でしたが、この辺りで勘弁していただけませんかね?
俺が見つめる中ででした。
娘さんはいきなりしゃがみこまれました。胸を押さえてうつむかれて、そして「はぁぁぁ」と長いことため息を吐かれました。で、不意に口を開かれて。
「……どうしようもないことかぁ。あるよなぁ、そうだよなぁ」
なんか妙なことを呟かれたのでした。
体調でも悪いのかしらんと首を伸ばしてうかがうことになるのですが、それは杞憂だったようで。娘さんはすくっと立ち上がられました。で、う、うお? パン! なんて娘さんは自らの頬を両手で叩かれて。
「よしっ!! やるかっ!!」
ど、どうされました? って感じですが、尋ねる前にひらりと娘さんは俺の背に上がられました。で、パンパンと俺の首裏を叩かれて。
「分かったっ! 魔術はノーラっ! 手綱は私っ! これでいくよっ!」
「へ? い、いいのですか?」
「いいっ! もういいっ! 諦めたっ! 認めるっ! だから……行くよっ!」
よ、よう分かりませんが……そ、そうですかっ! じゃあ俺もですねっ! ちょっとテンション合わせていくとしますかねっ!
「や、やってやりましょうっ! あのドラゴンどもに、私たちの実力を見せつけてやりましょうっ!」
「よーし、行くよっ! 蹴散らすよっ! 楽しむよっ!」
「は、はいっ! 行きましょうっ! 楽しみましょうっ!」
このテンションって戦うのってどうなの? 大丈夫なの? そう思わざるを得ませんが、まぁ、その、娘さんがその気であれば応えるのが俺の役割です。
駆け出して空へ。
俺は娘さんの騎竜として戦場に上がります。




