第26話:俺と、再会しまして(1)
さーて翌朝を迎えることになりましたよ。
では、早速です。娘さんの元へいざっ!! ……とは、さすがにならないのでした。
まぁ、うん。現状ではです。メルジアナさんたちが全滅している可能性もあるわけでして。ここで勇み足で救出にと飛び出して、結果助ける相手も無く被害だけを得たなんてことにはなってはならないわけでして。
なので今でした。ちょっと小高い開けた場所で、俺たちハルベイユ侯領の空戦組は待機しています。夜が明けて、すでに空には鞍無しのドラゴンが飛び交っていますけどね。そのドラゴンたちが一箇所に群がるようなことがあれば出陣ってことになってます。
正確には、その撃退に上がった騎手の中に娘さんやレオニールさんを確認出来たらかな? 残念ながら、生き残りの方々全てを救出するような余裕はありませんから。カルバ体制派本隊だと確認出来たらってせざるを得ないわけです。
で、今のところでした。空にはそのような異常であり吉兆はまったくありません。これはあるいは全滅してしまったのではないか? そんな胸中でしょうかね。周囲の騎手さんたちには表情を曇らせている方もいらっしゃいますが……ふふふん。俺はですね、もちろんそんな胸中とは無縁ですよ、無縁。
娘さんがついておられるのなら、全滅なんてありえない話ですから。状況に変化が無いのはそうですね。体制派がたぐいまれなステルススキルを発揮をされて、順調に撤退を進められている。そうに違いないわけですよね。不安なんてまったくね。一切覚える必要は無いわけですよね、わははは!
『……あ、あわわわ。娘さん、娘さんまさか……はわわわわ』
まぁ、はい。
そんな割り切りが出来るなら、俺は前世で過労死するハメには陥っていないよなぁ。ということで、あ、あわわわわ。怖い。なんかワタワタと動き回っちゃう。いや、絶対大丈夫なんですけどね? 娘さんにラナが一緒で、まさかなんてありえないんだけどね? 信じ切っているだけどね? でも、どうしよう。じっとしていられないよね、はわわわわ。
『……昨日の戦いぶりが嘘のようだな。少しは落ち着いたらどうだ?』
そんな俺を呆れて見つめられる方がいらっしゃいました。隣に座っておられるアヴァランテさんです。いやまぁ、そうなんですけどね。ワタワタしたところで事態が好転したりはしないんですけどね。
『す、すいません。どうにもジッとしていられなくて』
『見れば分かるが、思ったよりも肝が小さいと言うか……しかし、アレだな。娘さん娘さんと口にしているが、そんなに大事な相手なのか?』
そんなの言うに及ばずではありますが、俺はもちろんと頷きを見せます。
『大事です。めちゃくちゃ大事です。もはや俺の人生全てと言っても過言じゃありません。いやむしろ、俺の人生は娘さんの人生のおまけと言っても過言では……?』
『そ、そうか。なかなか重いものを感じるが、娘さんとやらは人間か?』
『もちろん。人間さんです。めちゃんこ可愛らしい人間さんです。写真があればなぁ。そこが惜しまれるなぁ』
『しゃ、写真? 何かはよく分からんが、しかし……少しうらやましいな』
はて? と、なりました。当然、みっともなくわちゃわちゃしていることを指しての言葉じゃないでしょうけど。
『うらやましいですか?』
『あぁ。我らには失われたことだ。人間のために命をかけて戦うということはな。まったくうらやましいことだ。その人間、大事に守ってやれよ』
なにか色々と込み入った事情がありそうですが、後半に関してはなんの疑問の余地は無く。いや、俺は守るなんて言えるような立派な存在ではないんですが、その気概は一応持ち合わせているつもりで。
『……はい、もちろん』
『そうか。本当に大切な存在なんだな』
『もちろん。大切な存在です。色々あって、ちょっと邪険にと言うか扱われちゃってますけど、はい。例え、元上司みたいなことになってもですね。嘲笑して、足蹴にされて、便利な道具みたいなに使われてもです。娘さんは大切な存在です。えぇ、そうですとも、大切な存在で……ふふ、ふふふふ』
『そ、そうか。本当よく分からんが、やはり重たいものを感じるなぁ』
俺もちょっとその自覚はありますが、これはもう仕方ない。本当、俺にドラゴンとして幸せを与えてくれた大切なお方ですしね。
とにかく、娘さんですよ、娘さん。
俺は遠くの空に目をこらします。ステルスで窮地を脱せられているのでしたら、それにこしたことはありませんけどね。空戦となれば、いの一番に駆けつけませんと。娘さんの騎竜として、娘さんの無事に貢献しませんと。
そしてです。
変化は分かりやすく視界に入ってきました。
空を飛ぶドラゴンの数体が地上をうかがうような素振りを見せて。次いでです。地上からの豪炎が、そのドラゴンたちを焼き払いました。おそらくは魔術による先制の迎撃です。その豪炎に続くように、数体のドラゴンが空に上がりました。その内の一体は赤いウロコをした俊敏な一体で。その背中にあるのは金糸の輝きをひるがえした……って、あ。
「む、娘さんっ!! 娘さんですよ、娘さんっ!! あ、レオニールさんもっ!! クライゼさんっ!!」
空戦部隊を率いるのは我らがクライゼさんです。すでにサーバスさんの背中にあった稀代の騎手殿は、鋭い目つきをして周囲に指示を飛ばされます。
「これより我らは救援に向かうっ!! ノーラっ!! 先駆けだっ!! 頼むぞっ!!」
「はい、もちろんっ!!」
空戦に当たっては色々と作戦もありまして、俺が先頭にって話になっているんですよね。早速、助走に入ります。空よ早く来いって感じで加速して、思いっきり飛び上がって。
空に上がります。すぐさまアヴァランテさんや他の騎手さんたちも続かれました。さて、いよいよ本番ですよー。蹴散らしてやりますよ、蹴散らして。俺たちの姿を見咎めてです。早速、ドラゴンたちが俺たちに殺到してきました。では、予定通りに仕事に入りますか。
とりあえず俺は風の魔術を盛大にぶっ放します。目につく端から、風の魔術で体勢を崩させてもらって。あとは皆様です。ここにいらっしゃる面々は、クライゼさんを始めとして黒竜の経験を経たハルベイユ領の猛者たちですので。お上手なものでした。スキだらけになったドラゴンたちに見事にドラゴンブレスを叩き込まれます。
我ら、ハルベイユ衆は最強なり。
みたいな気分になりますけど、実際優位だよなぁ。クライゼさんも同じことを思われたそうですけど、これはやっぱりね。
『……黒竜とは違うなぁ』
この呟きを耳にされたようです。雷撃の雨を降らせておられたアヴァランテさんが、俺に近くに身を寄せて来られました。
『黒竜とは我が祖父のことだな? 当然だ。我が祖父は、実戦を経験した最後の世代。一方のコイツらには実戦の経験は無い』
『へぇ。向こうの事情はよく分かりませんけど、確かにこの連中には迫力のようなものは無いような』
『あぁ。まぁ、数体ばかり別格の連中もいる。代表者であるテセオラなども間違いなく強力だが……幸い、そんな連中は昨日別の方向に向かっていたからな。手強い連中に会う可能性は低いだろう』
別の方向って、カルバの反体制派の方へってことですかね? それはまったくお気の毒様って感じですが、俺たちにとっては重畳ってことで。手強い連中に会わない内に撤退を完了させたいところですが……さて。
優位は取れても、そこまで余裕は無いんだけどね。でも、近づいてしまうとです。俺は思わず声を上げてしまうのでした。
「サーリャさんっ!! ご無事ですかっ!?」
また怒られちゃうかと思ったのですが、さすがに状況が状況ですしね。娘さんはわずかに目を見張られた上で声を上げられました。
「ノーラっ!? 救援っ!? お父さんは無事っ!?」
空戦の最中ですからね。端的に気になることを尋ねられたって感じでした。俺は魔術の援護に徹しながらに応じさせてもらいます。
「救援ですっ!! ご無事ですっ!!」
「分かったっ!! にしても……やっぱり来てくれるんだなぁ」
ちょいと首をかしげることになります。後半の苦笑の呟きみたいなところが気になったのですが、そこは言及しないでおきます。あまり考えていられる余裕は無いですし、それに他にしたいこともあって。
『ラナっ!! 娘さんをありがとうっ!!』
これだけは伝えたかったからね。娘さんがご無事なのはラナの奮戦があってのことでしょうし。それでです。俺のお礼に対しての、ラナの反応ですが。
『ガァッ!!』
『へ、へ?』
『どっか行けっ!! なんか嫌な予感がすんのよっ!!』
なんのこっちゃって話で、当然そうするわけにはいかなくて。戦い続けます。あるいは全滅させることも出来るんじゃ? って感じでした。ハルベイユ侯領の騎手さんにも、体制派の騎手さんにもこの手のドラゴンと戦った経験があって。娘さん、クライゼさん、レオニールさんと一流の騎手さんたちが揃い踏みで。アヴァランテさんという強力な援軍の存在もあって。
まぁ、うん。
甘い見通しだったんですけどね。




