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第9話:俺と、娘さんの初陣

 そんなこんなでいよいよ戦が始まった……らしい。


 本当にらしいとしか言えなかった。現在俺がいるのは、前回とはまた別の集落、そのまたまたの郊外。刈り取られた麦畑の空間に、たくさんのドラゴンがひしめきあっております。


 ドラゴンのストレスを減らして、助走路を確保する。となると、郊外の麦畑が集結地になるのは必然のことらしい。


 で、そこでの時間ですが……うーん、穏やか。前線はここから近くはないようだ。ドラゴンの耳をしても、ほとんど聞こえるものがない。ラナもぼんやりと座り込んでるし、アルバにいたっては寝息を立てている。


 どうにもですね、俺が思っているような戦争とは違うようでして。


 軍勢と軍勢がグアーッ! とぶつかりあうような、そんな感じではないらしい。ここらは辺は本当山ばっか。軍勢がぶつかり会えるような平地は皆無なわけで。たくさんある細い山道を、小規模の部隊がそれぞれ小規模の戦闘を繰り広げながら進軍する。そんな戦争が前線では行われているらしい。


 まぁ、ここでも戦争っぽさを感じないことも無いんだけどね。


 ここにはドラゴンの他にも、その騎手たちが十人ほど控えていた。


 集落の方に本陣が置かれているとのことらしく、その指示を待っているのだ。実際、すでに本陣からは伝令役の兵士が何度もここを訪れていまして。


 猛々しく指示が伝えられ、騎手たちが勇ましく空に駆け上がっていく。そんな光景を俺は何度も()の当たりにしていた。


 娘さんの番もね、その内に来ることになるんだろうなぁ。


 当然、娘さん姿もここにあった。俺の隣で体育座りをしている。かなり神経質になっているようで親指の爪をしきりに噛んだりもしていた。


 やっぱり緊張してるなって心配したくもなるけど、その前にまず自分だろうか。俺もかなり緊張してきました。いやさ、俺は娘さんの指示に従えばいいだけなんだけど、それでも何だか喉がカラカラに乾いてくる。


 こういう時は……そうねぇ。先輩に助言を仰いでみるのも良いんじゃないだろうか。


『えーと、サーバスさん?』


 すでに幾度(いくど)となく言葉は交わしていた。


 初対面の時よりはかなり仲良くなることも出来たんじゃないだろうか。サーバスさんは気安い目を俺に向けてくれた。


『どうしたの、ノーラ? 何か用?』


 この方、クライゼさんに似て、かなり親切だからね。俺はそれに甘えて質問をぶつけることにする。


『サーバスさんってあまり緊張してないですよね?』


『え? まぁ、全然』


『緊張しないための気構えとか、そんなのって何かありますか?』


 サーバスさんは『んー』と言葉を濁して、


『特には無いかな』


『あー、やっぱり。そうですか』


 案の定と言えば、案の定の答え。そもそもドラゴンって、サーバスさんに限らず人間の事情なんて毛ほどに気にしてないし。戦争だから緊張するって、そんなことはありえないか。


『ごめんね。何か言ってあげられたら良かったんだけど』


 サーバスさんは申し訳無さそうにしてたけど、いえいえ、全然そんなことはありませんとも。


『いえ、ありがとうございます。サーバスさんが緊張してないって分かっただけでも、何か緊張がほぐれたような気がしますし』


『そう? よく分からないけど、だったら良かった』


 尊敬すべき先輩が泰然(たいぜん)とかまえている。それだけでも安心出来るような気がするのだった。


 そして、それは人間サイドも同じだったりするのだろうか。


「……クライゼさんは緊張してないんですか?」


 固く強張(こわば)った声で、娘さんがクライゼさんに尋ねかける。クライゼさんは片膝を立てて、ぼんやりと空を眺めていたりしていた。その様子からは緊張の色は欠片も見受けられない。


「いや、緊張はしている。ただ緊張の付き合い方にも慣れているからな」


 そんな相変わらずの歴戦の態度。うーん、かっこいい。娘さんも思わず緊張を忘れて感心しているようだった。


「すごいです。かっこいいです。私はクライゼさんが先生で本当に良かったなと思います」


「ふむ。褒めても何も出ないが」


 そんなことを言いつつも、クライゼさんはどこか嬉しそうだった。娘さんも心なしか頬に少し笑顔を浮かべていた。


「そんなことを言っても、いっつもクライゼさんは私に素晴らしい助言をくれるじゃないですか」


「一応そのつもりで師を買って出たからな」


「あはは。じゃあ、今も助言をお願いしてもいいですか?」


「む?」


「どうしたら上手く緊張と付き合えますか? どうしたら……騎手として良い成果が出せますか?」


 娘さんの顔には緊張が戻っている。クライゼさんは「ふーむ」とうなり、


「前者は慣れだ。あきらめろ」


「……はは。それは残念です」


「後者に関しては、何も考えるな。成果を出そうなど考えるな。ただただ、目の前の問題に対処することを考えろ」


「……はい」


 返事は肯定でも、実際は難しいことだろう。それを感じさせる娘さんの顔色で、クライゼさんにもそこは伝わったらしい。


「まぁ、それが出来ないのなら、基本的なことは忘れるな。焦る必要は無いからな。ただ、動きは止めるな。旋回してその場にとどまるようなマヌケは真っ先に狙われるからな」


「はい」


「地上にはあまり近づくなよ。弓矢でも運が悪ければ、お前もドラゴンも負傷することになる。それに魔術師がいるからな。燃やされたくなかったら注意しろ」


「はい……って、はい?」


 娘さんの驚きは俺の驚きでもあった。あの、妙な単語が耳に届いたような気がするのですが。


「魔術師……いるんですか?」


「いるらしい。お前も魔術師については知っているな?」


「知っていますけど……実際に見たことはないです」


 同じ驚きでも、俺と娘さんのものは質が異なったらしい。


 俺の驚きとしては魔術師なんてそんなものがいるとは思わなかったという驚きだったが、まぁ、ドラゴンがいる世界だしね。いたとしても、別に驚くようなことではないかもしれない。


 で、娘さんの驚きは……何て言うかな。極めて珍しい動物がここにいると聞かされた感じと言うか。へぇ、この動物園、ハシビロコウがいるんだぁ? みたいな?


 魔術師さん、なかなかレアリティの高い存在なのだろうか。話を聞く限り、あまりエンカウントはしたくないけど。


「とにかく気をつけろよ。あれは歩くドラゴンのようなものだ。近づけば痛い目に会うぞ」


「わ、分かりました。気をつけます」


 娘さんが緊張の眼差しで頷いた、その時だった。


「サーシャ・ラウっ! サーシャ・ラウはいるかっ!?」


 いよいよ出番だと、そういうことらしい。


「は、はいっ!!」


 返事をする娘さんに先立って、クライゼさんが娘さんの肩を叩きながら立ち上がる。


「では、行くぞ」


 娘さんは頷きを返し、手を伸ばす。その手がつかんだのは俺の手綱だった。


「……お願いね、ノーラ。私にどうか戦果を」


 切実な呟き。


 この初陣、果たしてどうなるのか。


 なにはともあれ、娘さんは無事に地上に帰さないといけない。


 俺は『よし』と気合を入れて、娘さんの手綱にしたがった。


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