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第20話:俺と、黒竜の系譜(1)

『……ん?』


 首を伸ばしていたのは俺だけじゃなかった。アルバも他のドラゴンたちも天に首を伸ばし耳をそばだてている


『やっぱり何か聞こえたよね?』


 問いかけると、アルバが『あぁ』と肯定を返してきた。


『聞こえた。叫び声か?』


『多分。人間のものじゃなければドラゴンのものだったような。でも……』


 俺は首をひねることになる。ドラゴンの声だというのは間違いないと思う。ただ、なんかおかしかった。そこには妙な圧力があった。複数のドラゴンが一斉に咆哮を上げたようなそんな感じ。鬨の声ってのが近いけど、そこがうーんだよなぁ。ドラゴンにそろって吼え声を上げるような習性は無いし。

さらには闘志? 無気力なドラゴンには不釣り合いな妙な感情が、その咆哮からは聞き取れたような。


 俺はドラゴンながらに眉をひそめることになる。


 何か起こってるっぽい? ドラゴンにまつわる、俺が予測もつけられない何かが。


 ドラゴンの羽音が聞こえた。空を見上げれば、慌てて村の中央へと降りていく飛影が見える。中央にいるハルベイユ侯に急ぎの注進ってことなんだろうか。心臓が嫌な意味で高鳴る。な、なんかもうなぁ。


『アルバ。やばいっぽくない?』


『分からんが……何か嫌な感じはあるな』


 のんびりのっぺりと生きているドラゴンですら何かを察してしまう状況ということなのかね。杞憂だったらいいなぁって思わざるを得ないけど、どうやらそれではすみそうも無い。


 村の中央から、慌てふためいて十数人の人影が向かってくる。その内の一人はハイぜさんだった。いつもは意味深に余裕の笑みをうかべているこの人だけど、今は表情に笑みの気配はかけらも無く。俺の名を緊迫の声音で叫ばれます。


「ノーラっ!! 至急だっ!! 空に上がってくれっ!!」


 はい、喜んでとはさすがにっていうか。俺はもちろん疑問を返すことに。


「あ、あの、何かあったのですか?」


「分からんっ! 今降りてきたヤツは無数のドラゴンが現れたと告げてきたがな。魔術を操るらしいドラゴンが」


「魔術を操る……こ、黒竜みたいなヤツですかっ!?」


「だから分からんっ! だが、とにかく陣を後退させることは決定した。お前には地上部隊の撤退を上空から援護してもらいたい。どうだ? いけるな?」


 俺は返答も出来ずに固まることになりました。いや、混乱してますし。黒竜ライクなドラゴンが現れて、それで娘さんは? 娘さんとラナはどうなっているのかって話で。無事なのかどうなのよって話で、それで俺はどうしたらいいのよって話で。


 そんな俺の胸中は言外にだだ漏れだったっぽい? ハイぜさんは笑顔になって俺の鼻面をポンと叩かれました。


「お前があの子のことを大事にしていることは良く知っとる。心配するな。クライゼの認めた名手だ。お前の心配することなど何も無かろうて」


 おかげさまで、ちょいと正気に戻れたのでした。それはあの本当確かに。ラナもいれば俺が心配するなんておこがましいよなぁ。王都とは違って、娘さんは騎手として空にあって。だったら俺が心配するようなことなんて無いか、うん。


 まぁ、そこまで割り切ることは難しいけどね!! でも、そうすることにしておいて……娘さんが大事にしている人たちのためにも、ここは俺に出来ることをするべきでしょう。


『おい、ノーラ。何か俺に頼みたいこととかあるか?』


 そしてアルバでした。色々と察してくれたみたいで、そんな男前なことを言ってくれて。アカン。惚れてたけど惚れ直しそう。頼れる友人過ぎて、この先行き不透明な状況では本当是非ともって話で。ただ、


『大丈夫。気持ちだけ受け取っておくよ』


 黒竜テイストな存在が多数いるかもとなればなぁ。心細いけど仕方ない。独力での空戦の経験の少ないアルバだ。この状況じゃ、怪我は避けらんないかもだしね。


『そうか。気をつけろよ』


『あぁ。もちろん』


 と言うことで、あらためてハイゼさんから何をすべきかのレクチャーを受けまして。俺はヤバげな空へととにかく飛び立ちます。


 そして、すぐに飛ばなきゃよかったと後悔するのでした。


 えーと……なにこれ? 青空を駆けながら、俺は周囲を見渡すんだけどね。本当、なんだこれ。


 有りていに言って地獄だった。


 もはや体制派も反体制派も無いよな。あるのは騎手を乗せた騎竜とそうでないドラゴン。その二種が凄絶な争いを……ってわけでもないか。一方的だった。鞍を持たない裸のドラゴンが一方的に騎竜たちを蹂躙していく。


 炎か雷か。魔術に撃たれて騎手に騎竜が次々と地に堕ちて。ドラゴンたちの狙いは騎竜ばかりでは無かった。地上も標的だった。反復攻撃が繰り返され、地上を魔術の火に雷撃が焼き焦がし。悲鳴ばかりが空も地もなく沸き立っていて。


 娘さんにラナは大丈夫なのか。不安ばかりが募るけど、いやまぁここはね。信じよう。自分の仕事をしっかり果たそう。そうしましょうかね、えぇ。


『……よし』


 気合を一つ呟いて、俺は大翼をはばたかせます。俺の仕事はある種伝え手だ。前線のハルベイユ侯領の地上部隊に退却先をお知らせする重要な仕事を任されたのだ。

 

 地上部隊と言えば身近なところで親父さんですが、あの人をこんな場所で迷子にするわけにはいきますまい。がんばって伝えますよ、がんばって。そして出来るならば、身元不明のドラゴンさんたちには俺の努力を優しく見守っていていただきたいところですが……そういうわけにはいかないよなぁ。


『……誰だ?』


 見咎められてしまいました。一体のドラゴンがそんな呟きとともに俺の背後につけてくる。


『背に人は無い。しかし、見覚えもなく戦おうともしない。誰だ? 答えろ、何者だ?』


 とりあえずの感想はやっぱ黒竜の関係者っぽいなぁってことだった。アイツ、俺の知るドラゴンとは知性的な意味で大分違ったけどさ。後ろにいるのもラナとアルバに近い知性の香りを漂わせてきていた。


 まぁ、それはともかくとして。ど、どうしよう。親父さんたちを襲っているようであれば戦う覚悟だけど、この状況はえーと? 俺に求められていることは伝令。出来るだけ多くの部隊に退却先を伝えること。だとすればここはそうね。


『……な、仲間ですよー? 多分一度会ったことあると思うよ?』


 これでなんとかいけませんかね? そう期待して、しかし背後のドラゴンに納得して立ち去ってくれる気配は無く。


『……出身は? 名前は? 所属の部隊は?』


 これは積んだかもしれん。さすがにコイツらの内部事情なんて知らなければ口からでまかせは難しいし。


『ら、ラウ出身のノーラです。所属はハルベイユ隊? みたいな? えぇ』


 一応あがいてはみる。ただ、あ、うん。ダメですか、そうですか。背後の殺意の気配が如実に高まってきた。


『……同胞では無いな。もしや、こちら側の竜種か?』


『え、えーと、もしかしたらそうかもしれませんが、私は貴方たちに非常に友好的でございますので。争う気なんて、それはもうこれっぽっちも……』


『……ははは』


『へ?』


『こちらの竜種は知恵なき駄竜に堕ちていると判断せざるを得なかったが……いたかっ! ははは、いいぞっ! 来いっ!!』


 うわー、なんかこの人喜んじゃてるうわー。


 さすがに空戦は避けられそうになかった。と言うか、すでに背後から炎熱の気配がって熱つつつつ。これはもう、仕方ない。単独で黒竜を相手するようなもんであれば背中が冷や汗でびっしょりだけど、これはもうやるしか無い。


 相手の視界にいたらあかんというのが以前の教訓だ。俺は翼を上手いこと使って急速停止。速度を上げつつあった後ろのドラゴンとニアミスすることになる。で、相手の腹が見えましたので、ここで俺が何をするかと言えば。


『ふんぬ!』


 いけそうだったので頭突きだった。『ぐっ!?』なんてうめき声がもれて体勢は崩れて。容赦なんてしている場合じゃない。そのスキを狙いドラゴンブレスを二発、三発叩き込む。これで終わりだった。正体不明のドラゴンは、グラリとして眼下の森に堕ちていく。


『……あんれ?』


 そして俺は首をかしげちゃうのでした。こんな予定じゃなかったんだけど、あれ? 娘さんや、あの世でお待ちしていますので100年先にでも歓待いたしますって気分だったんだけど。


 ヌルいと言うかなんと言うか。少なくとも黒竜とは比べるべくも無いと言うか。

 

 かなりホッとするのでした。これだったら、うん。ハイぜさんから託された任務も無事達成できるんじゃないかな? それに娘さんとラナだよね。俺が一体でどうにか出来ちゃったぐらいなのだ。これであの二人が窮地に陥るって、そんなことはあり得ないだろう。


 あーもう本当、良かった良かった。これでもう心配することは無いよね、ぬはははは。


 とか余裕を気取っている状況じゃありませんでした。だってまぁね。今のでかなり目立ってしまったようでありまして。うおー。


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