第19話:俺と、異変
結局のところなーんも変わりませんでした。
俺が勇気を振り絞った甲斐はまったくですね。本当まったくで。娘さんと俺の関係は変わらずで。相変わらず娘さんは俺に騎竜らしさを求められて、俺もまた言われた通りにふるまう毎日が続いています。
すっごい悲しい。
平凡以下の俺が勇気を振り絞ったところでって話ではあるんだけどねー。でも、悲しい。娘さんと元の関係に戻れる糸口さえ掴めなければこれはもう悲しい。
しかしまぁ、うん。俺のことはともかく変化したことはありました。メルジアナさんとレオニールさんの逢瀬に遭遇してからです。娘さんは何故か、メルジアナさんを今まで以上に気にされるようになりました。そわそわとして、何か色々と尋ねたそうな? そんな感じで接されているのです。
なんでだろうね? 身分違いの恋路に野次馬根性でも発揮されているのかどうなのか。ちょいと気になりますが、他にもです。重要な変化が我々にはありました。
「さーて、ようやくだな、ノーラ。この遠征もようやく終わりが見えてきたぞ」
行軍の最中でした。俺の隣にいるのは親父さんです。朗らかにそう口にされましたが、そういうことなのでした。
反体制派をついに追い詰めたのです。
ひっじょーにスムーズに勝利を重ねる日々が続きまして。反体制派には離脱者が続出し、なおかつ後退を続けまして。もう現状は反体制派の悪あがきって、そんな状況にまで至ることが出来たんですよねぇ。
ちょっとしみじみとしますよね。これも娘さんと及ばずながら俺の活躍なんかもあってのものなのかなぁと思うとね。ただ……ねぇ?
「……だからお父さん。ノーラに話しかけないでってば。誰に見られてるとも分からないんだしさ」
当然と言いますか、近くには娘さんもいらっしゃるのでした。じろりとした目つきをされていますが、その目線が向かう先は俺となっています。俺に言葉は返すなよって、言外に示されているんですよね。
親父さんは「ふーむ」とひと唸り。その上で、小声で俺の耳元に囁いて来られます。
「どうやら、まだ終わっていないようだな?」
俺は頷くことも出来ませんが、内心で同意します。そうなんですよね。とにかく、そこが問題なんですよね。
そのことを思うと、体制派の勝利も素直に喜べないって言うか。関係を回復するきっかけにしてみせるつもりが、結局なんの成果も無いままにこの遠征は終わっちゃいそうですし。
まぁ、活躍したところで何の意味も無かったからさ。この遠征がきっかけになる余地は最初から無かったのかもしれないけど。でも、このままラウ家に戻ったら、平穏な生活の中で現状の娘さんとの関係が続いてしまいそうで。
もう一度娘さんと話し合おうとしたんだけど、それは梨の礫だったしなぁ。本当にもう、これからどうしたいいのやら。
「……あ」
娘さんが不意に呟きをもらされました。どうされたのかと思って、俺は娘さんの視線の先を追おうとするのですが……おや?
俺は首を伸ばします。遠くに見える景色がですね。「あ」ともらすには十分な感じだったのです。。
「ほぉ。アレが噂のカルバの異界か」
親父さんがそんな驚きの声をもらされましたが、はて? 俺は親父さんに首をかしげて見せることになりますが、ありがたいことにでした。親父さんは俺の胸中を汲み取って言葉をかけて下さいます。
「カルバの将兵より噂を聞いていたのだ。ハルベイユ侯領の異界とそっくりだろう?」
まったくもってその通りでした。周囲のわかりやすい森の光景とは打って変わって、蛇がのたうち回っているような奇妙な枝ぶりの木々が広範に茂っていて。
「カルバの連中は嫌がっていたな。カルバに生じた黒竜のごときドラゴンは、この異界の近辺で最初目撃されたそうなのだ」
俺は『へぇ』となるのでした。そりゃまぁ、カルバの体制派の人たちは嫌がるでしょうねぇ。確かですけど、体制派が反乱を許したのはそのドラゴンの鎮圧に苦闘させられた結果みたいだし。不吉なって、そんな気分になって当然でしょう。
しかし、俺もそんな気分にはなってしまうような。だってそりゃね。異界に関しては、俺だってあまり良い記憶がありませんし。
「私も嫌だなぁ。なんかまた出てきたりしないよね?」
娘さんもまた異界には良い思い出はありませんので。心底嫌そうな顔をして異界を眺められています。
俺もまた娘さん同様に眺めることになります。脳裏にあるのはあの黒竜の姿だけどさ。まったくビリビリさせられたもんだけど、あんなのは災害だよ、災害。ちょっと不安だよなぁ。まさか無いよね? あんなのが2度目とか不幸ここに極まれりって感じだけど、そんなのまさかね。
信じたいところでしたが、そもそもあの黒竜の素性は未だに分かっていないわけで。断言出来ないんですよねぇ。
「まぁ、そうだな。無いと願うしかないな」
苦笑の親父さんですが、そうですね。願うしかありませんよね。俺も大いに願い祈るのですが……うーむ。
俺は異界から娘さんに視線を移します。
どうしてもって言うかなんと言うか。気になるのはこっちだよなぁ。どうすれば元の関係に戻れるのかなぁ。本当、どうしたらいいのか。
そんなこんなででした。
おそらくのところの最終決戦が始まりました。
『お気をつけてー』
人の言葉を使ったら怒られるので、俺はドラゴン的な言語を発しつつ空を見上げます。疲労の関係で、今日の娘さんの相棒はラナでして。いずれ出番が回ってはくるでしょうが、今はお見送りということで。
ゆっくり旋回してビューンと。娘さんたちは飛び去っていきました。さてさて。娘さんにラナであれば俺がやきもきする必要は何も無いからね。俺はアルバに近寄ります。カルバ体制派の騎竜戦力も充実しましたので、今日はハルベイユ侯領の戦力としての出陣です。なので、このドラゴンの集積地にはハルベイユ侯領のなじみのドラゴンたちがいまして。
『ん? なんだ、お前もやるか?』
珍しく寝ていないアルバだけど、コイツは今遊戯の最中だった。なじみのドラゴンたちとリバーシとしゃれこんでいる。で、一杯どうだ? みたいなノリで誘ってくれたのだけど、俺は首を左右にする。
『いんや、いい。虐殺されるの嫌だし』
最底辺であったとしても元人間としてね。知的生物としての実力を見せてやろうぞっていきたいところなんだけど、面汚しにしかならないというのが以前の教訓であり。それにやるよりも見てる方が俺は楽しいし。
俺はとぐろを巻いて観戦に入る。本当は観戦じゃなくて娘さんとの関係について思いをはせたいところなんだけど、空戦を控えているところだし。変にストレスを溜め込むよりはってことでした。今はこうして、のんびり過ごす方が良いよなぁ。
幸い、勝ち試合でもあるしねぇ。のんびりと過ごします、のーんびり。地上戦は遠くの出来事。殺伐とした響きはどこにもなく、青空に野鳥の声がのどかに響いて。
なんかもう眠いね。多分、次に騎竜に選ばれるのはアルバだし。もう寝ちゃおっかねー、本当ねー。
そうしてウトウトと過ごすことしばし。
俺は咆哮に目を覚ますことになった。