第15話:俺と、……あれ?(1)
まぁ、とは言っても騎手を一人墜とした程度。
これで戦況って本当に変わるのかしらんとか思っていた俺ですが、えぇ、その結果はと言いますと……すごいね。恐ろしく変わることになりました。
一度の局地的な勝利なんだけど、それが体制派に勢いを呼んで、反体制派は勢いを損なうことになり。大勢もあれば体制派に味方しかねていた人たちが加勢してきたり、反体制派を見限る人が出てきたり。
勢いってすごいなんてしみじみと思うことになりました。もちろんのことメルジアナさんの見えないところの努力だったり、アルヴィル勢力の介入だったり色々と理由はあるんだろうけどねぇ。
なんにせよ、これは俺にとって非常に素晴らしい状況でした。
何故ってほら、ね? 俺は娘さんに騎竜としての活躍を見せたかったじゃんね? これで、俺の貢献は名手を1人墜としたことから体制派を助けたまで拡大する余地があるじゃんね? こんなの娘さんが俺を再評価しないわけがないよね? 昔日の関係なんて間違いなく回復出来るに決まってるよね?
これはもうね、勝った! ぬはははは!
そう思ってのとある村の竜の集積地です。俺ね、けっこうメルジアナさんに気に入られていまして。今日も今日とていらっしゃっているのでした。そして、間近で俺の顔をじっと見つめられています。
「……ふーむ。やはり目がな。目が違うような気がするなぁ。言葉が話せるドラゴンとはそういうかもしれんなぁ。どうだろうかな? サーリャ殿」
当然のと言いますか、この場には娘さんもいらっしゃいまして。娘さんもまたメルジアナさんに気に入られていれば、好いてもいらっしゃるようでした。にこやかに応じられます。
「そうかもしれませんね。他の方にも同様のことをおっしゃる方がいました」
「ほお。そうかそうか。それでな? サーリャ殿」
「はい。なんでしょうか、閣下」
「そろそろな? ノーラ殿が話しているところを見てみたいと思うのだが……」
娘さんは、これまたにこやかに応じられます。
「ははは。ダメです」
「ダメか?」
「ダメです。この子、ただの騎竜なので。話すとか無いので」
「いやしかし、話すのは貴殿も認めるところだろう? ハルベイユ侯もそう言っていたしな」
「えぇ。でも、ダメです。拒否です。絶対無しです」
「ふーむ。私は聞きたいがなぁ」
「では閣下。さぁさ、こちらへ。こんなところにいてよろしいお方では無いのですから。涼しい屋内でお休みされましょう。はい、されましょう」
「聞きたいのだがなぁ」
そうして、娘さんとメルジアナさんはお共の方々と一緒に去っていかれました。メルジアナさんは名残惜しげに俺を振り返られながら。娘さんはにこやかに、ただ俺を決して一瞥することは無く。
『…………』
なんか黙り込んじゃいます。そして、視線をついと横に。そこではラナが丸くなっているんだけどね。
『……ねぇ、ラナ』
『なんじゃい』
『……なんかおかしくない?』
ラナは『ふわぁ』とあくびをしながらに応じてきた。
『なにがさ? 何かおかしなことなんてあった?』
『いやだってさ。俺、ちゃんと騎竜としてがんばったよね?』
『いや、知らんが』
『がんばったんだってば。妙なことを言わずに、騎竜として娘さんを支えて……絶対に前の関係を取り戻せるはずで……でもアレ? なんか今までと全然変わってないような気が……』
してならないわけですが、それはラナも認めるところらしい。再びのあくび混じりに応えてきた。
『まぁねぇ。変わってるようには私には思えないかしらね』
『だよね? おかしいな。こんなはずじゃ無かったんだけどなぁ……』
正直首をひねるしかないし、なんかメチャクチャ焦るっていうか。だってこれでどうにかなるはずだったわけでさ。次善策なんてさっぱり頭に無いわけで。昔日を取り戻すためには、もう何をどうしたらって話なんだけど。
『ま、アンタらしい結末じゃないの?』
そしての訳知り顔って感じのラナの発言だった。俺は思わずラナの顔を見つめる。
『あ、あのー……もしかしてだけど、何か現状への理由について思い当たるところがおありで?』
『知らんし、知っていても言わん。この状況は私にとって何の問題も無いし。そして私は疲れてる。もう寝る』
口早にそういうことらしかった。
ラナはまぶたを閉じて、もう応じてくれるような気配は無く。じゃあ、もう一方の頼れる友人はって言えばぐーすかむにゃむにゃの極地にいるようだし。
と、取り残されてしまった。もう相談出来る相手は無く、モヤモヤとした胸中を抱えるしかない。ふて寝しようにも眠気は遠いどこかの彼方だしなぁ。どうしようかね、これ。マジでモヤモヤするなぁ。この状況で俺は一体何をすればいいのか……って、ん?
「おぉ、その竜の瞳にたゆたうものはなんぞや? その竜の心の先にあるは、果たして何者なるや……といったところですかな? ふふふ」
颯爽と登場されました。
なんかもうこの人を見間違うことはともかく聞き間違えることは無いよなぁ。えーと、レオニールさんです。みんなが去った後からいらっしゃったのですが、この人も俺のことを気にかけて下さっていて、すごく話したいと思われいたそうでして。
メルジアナさんよりは、身分的にもはるかに身軽な方ですからね。人のいないところを狙って訪ねていらっしゃって、こうして言葉を交わすようになっているんですよねぇ。ただ、うーん。その高度すぎる文化性に俺はちょっと戸惑いを覚えることが多く。
「す、すいません。その心は一体……?」
「む? 分かりませんかな? これはすなわち、貴殿の様子をして迷いの中にあることを言葉に写し取ったのですがな。ははは。始祖竜殿も文化的活動には疎いと見える。せっかくカルバにいらっしゃったのだ。良ければ私が指導いたしましょうかな?」
得意げに胸を張るレオニールさんでした。ちなみにメルジアナさんのレオニールさん評ですが、「耳が腐るから事故に見せかけて喉を潰してくれてもいい」でした。うーん辛辣。多分、教えは請わない方がいいんでしょうね、はい。
まぁ、この人の詩人としての力量はともかくとして、鋭い観察眼を持つ人であることは間違いないんだろうなぁ。アレクシアさんとかもそうだったけど、ドラゴンである俺から迷いなんかを読み取られたみたいですし。
「ふーむ。レオニールさんって、やっぱりすごい人なんですね。メルジアナ様が信頼をされるだけの方と言いますか」
「ふふふふ、そうですとも。我が詩才はカルバ王家に重用されるだけの水準にあるということですな」
「いえ、別にその点とは違うんですけど……」
「そうなので? まぁ、良いですが。それで悩み事なのでしょうかな? 良ければこのレオニールを頼られませ。貴殿の悩みにカルバ騎士らしい言説を向けさせていただきましょう」
非常に自信満々なレオニールさんでした。そ、そうですねー。正直、レオニールさんとはそこまで仲が良いわけじゃありませんが、今俺の悩みを聞いてくれそうな誰かはいませんし。恥ずかしいのでちょいちょいとボカシながらだったら有りかな?
「で、ではあの、よろしければ」
「うむ。何でも相談していただければ」
「それでは失礼しまして。あの、仲直りがしたいって思っていたんですよね」
「仲直りと? ふむ? となると相手はサーリャ殿ですかな?」
「い、いえいえ! サーリャさんでは無くてですね、知り合いのドラゴンと言いますか!」
ちょっと露骨な誤魔化しだったような気がしますが、器の大きなレオニールさんでした。にこりとして頷きを見せられます。
「そうですか。知り合いのドラゴンの話ですか。それで、先の方は?」
「は、はい。それで仲直りしようとして努力しまして、努力の仕方も間違ってはいなかったと思うんですが、結果はさっぱりで……それであの、これはどうしたらいいものかって悩んでいるんですけど」
俺にしては割とキレイに伝えられたんじゃないですかね? さて、それでは気になるのは返答の方です。この詩人を自称して酷称されている騎手さんはどんな返答をして下さるのか。個人情報を伏していれば、何かしら有益なアドバイスを期待するのは酷と言うか失礼な話ではあるけれど。どうかなぁ。レオニールさんは何をおっしゃってくれるんでしょうか。
レオニールさんは一度あごをさすった上で口を開かれました。
「ふーむ、そうですか。もしかしたらですが、始祖竜殿は少し思い込みが強い方なのかもしれませんなぁ」
「へ? お、思い込みですか?」
レオニールさんは「いやはや」と申し訳なさそうに苦笑を浮かべられました。