第13話:俺と、名手との戦い(1)
なんか、急に大一番に放り込まれてやがんの。
ってな気分で、俺は娘さんを背に地上にいました。そして、明るい森の中で、木々の合間からの空を見上げたりしていますが。
「……良いのかなぁ。私で本当に良かったのかなぁ」
娘さんが不安そうにそんな呟きをもらされていますが、まぁ、そういうことです。ほのぼのと空の青さに目を細めているわけではないのです。俺も当然ね、不安の思いで空を見つめることになっています。
本当ねぇ。重たい役割を任されちゃったよなぁ。
ハルベイユ侯は二つ返事のオッケーでした。
レオニールさんの提案への返答ですけどね。敵さんの名手を墜とせば大勢は変わりうる! だから一緒にがんばろう! みたいな提案への返答です。
俺はと言えば、騎手1人墜としたぐらいでっていうのが正直なところなんですけどねー。でも、こうなったのです。で、当然のこととして、この作戦に娘さんも参加されることになったのですが……その役割がなぁ。
クライゼさんも認める、敵の名手だとかいうカルシスさん。
その人に槍をつける役割を仰せつかったのですよね、えぇ。
全体の作戦としてはこうです。なんとかカルシスさんを孤立させて、そこを急襲して仕留めましょうってことで。
そこでまずはクライゼさんです。あの人には、体制派の騎手とハルベイユ侯領の騎手を率いて大暴れしていただくことになっています。可能な限り、敵の騎手をひきつけていただこうってことですね。クライゼさんに槍をつけたい騎手なんかはカルバにも数多って話ですから。囮役として十二分ってことらしかったです。
で、次には体制派の名手であるレオニールさんです。なんでも、あの詩人騎手さんはカルシスさんと色々因縁があるようでして。
アイツは絶対に私を狙ってくるから、必ず一団から引き剥がして見せる。そう豪語されていました。
よってのそしてです。ここで我らが娘さんの出番となります。
なんでここで俺たちが空を見上げているかって話ですよね。ここまでレオニールさんがカルシスさんを引っ張ってきてくれるそうで、それが空に見えたらゴーゴーゴーです。即座に空に上がっての急襲です。
クライゼさんが囮を頑張っていて下されば、わずらわしい横槍なんかを気にする必要は無く。娘さんは、余裕のよっちゃんでカルシスさんを釣り槍でペイっとされるわけです。これではい、お疲れ様です。ミッションコンプリートでめでたしめでたし。
まぁ、予定としてはこんな感じです。で、この作戦を最初に聞いた俺の感想ですが……うーわ、重たってそんな感じでした。
娘さんが担われている役割の重さがですね。これはもう、重たいとする他ないでしょうとも。
娘さんが失敗すれば作戦はもちろん大失敗。体制派は順当にバタンキューですし、ハルベイユ侯領の軍勢もどうなるか分かんないですし。
「……はぁ。なんだかなぁ。なんで私かなぁ」
娘さんは愚痴をもらされていますが、本当ねぇ。これはまぁ、しんどいでしょうねぇ。俺が当人だったらトイレにこもる生活を余儀なくされてたかも。
まぁ、ともあれです。
俺は空を見つめ続けます。とにかく、がんばりましょうかね。騎竜として娘さんに貢献しましょうとも。もとより俺は昔日の関係を取り戻すべくがんばる気満々ですし。
チャンスと考えましょうとも。この窮地で騎竜としてがんばれば娘さんの信頼を取り戻せるはず。そう考えて粉骨砕身させていただきましょうとも。
「……なんだかなぁ。よその国の大事になんで私かなぁ。どっちかって言えば囮の方が良いなぁ。気楽だなぁ。ねぇ、ノーラ。今からでもクライゼさんに代わってもらえないかな……って、違う! 話しかけてないからそこのところよろしく! 違うからね!」
そうです。こんな関係を是非ともこの機会に精算をですね。マジでしたいよなぁ。娘さんもなんかしんどそうだしなぁ。この大舞台での活躍が、騎竜ノーラを騎竜として定義し直してくれる機会になってくれると願ってね。がんばらんとなぁ、うん。
ともあれ待ちます。
きっとそろそろなのでした。体制派とハルベイユ候領の戦力の攻勢はもう始まっているようだし。凄絶な戦場のざわめきが俺の耳には届いていますし。
とにかく空を見上げます。ここは主戦場から離れていますから。空を横切る飛影があったら、それはまずレオニールさんのものでしょう。さて、いつ来る。騎竜の本分から多少外れますけどね。もし確認出来たら、俺からも娘さんに告げさせてもらうつもりですが……
その時はすぐに訪れました。
「おぉ!! 今ぞ天命の時!! 上がられよっ!! 救国の天剣となりたまえっ!!」
えーと、そういうことなのでした。
頭上を一体の騎竜が横切り、それを追って二、三体がまた通過していったけど。自信をもって、一体目の騎手がレオニールさんだと断言出来ました。
「サーリャさんっ!」
「分かってるっ!」
すかさず助走の指示が来ます。と言うことでゴーゴーゴー。足場の悪い森を必死で駆けて、全力で空へと踏み出す。あとは大翼の出番。若干木々の枝葉が気になるけど、そこはなんとかかんとか。無事空に上がり、レオニールさんの飛影を探し……よしよし。
「見つけた! 行くよ!」
娘さんも見つけられたようです。早速、全速の指示が来ます。俺の視界には、全力で飛ぶレオニールさんが小さく見えました。そして、それを追うように三騎の騎竜がいるのだけど、簡単に理解出来た。アレがそうか。二騎を先導するようにして、卓越した軌道を見せる騎手がいる。
クライゼさんと同じ年頃の男性の騎手だけど、間違いないだろう。アレがカルシスという反体制派の騎手さんに違いない。
難敵以上の気配がした。軌道のとり方はもちろん、レオニールさんとの空戦に悠々としたところがあり。レオニールさんも相当の手練って感じの飛びぶりなんですけどね。そんなレオニールさんを相手にして、くだんの騎手さんはリスクを考えなければいつでも仕留められるって感じでした。本当余裕を持った攻め口を展開していた。
真っ向にやりあったら、うーん。娘さんでもかなり苦戦してしまう予感が。ただ、向こうはまだ俺たちには気づいていない。あのぐらいの達人であればすぐに気づいてくるだろうけどさ。それでも今なら奇襲に近い形で攻め立てることができる。
逃したらいけないチャンスというわけです。その理解は、娘さんと共通のものなのでしょう。すかさず攻め口を取ることになります。地上付近、低空から相手に見えにくいようにして迫り。そして攻めかかる理想の軌道を得て……って、あぁクソ。
「チッ!! 見つかった!!」
娘さんの叫びそのままの現実でした。どうやら見つかったらしい。目標の騎手はレオニールさんからわずかに距離を離し、俺とレオニールさんを同時に視界に収められるような位置を取ってきた。
奇襲は失敗……とは、まだ言い切れないか。目的を達成する難易度は上がったけれどチャンスはまだある。レオニールさんに引き続き執着してくれるなり、あるいはこちらに向かってくるなり。特に前者であればチャンスの目はまだまだある。
だが、名騎手さんはどちらも選ばなかった。
レオニールさんに執着することなく、迅速にこちらからも距離を取ってくる。相手せずということだったけど、おそらく分かってるんだろうね。狙いが自分だって。そして優勢であれば危険を押して相手する必要は無いって。
もちろんこの決断は、俺と娘さんにとって間違いなく最悪のパターンだった。当然、俺たちは『ふふふ。どうぞお逃げなさい』って大物ぶれる状況には無い。必死で追いすがるしかないのだ。
「ノーラっ! 魔術っ! いけるっ!?」
追いすがって早速の呼びかけでした。まぁそのですね。私、ポテンシャルとしては大したことの無い凡ドラゴンですので。ぜーんぜん追いつけなくてですね。娘さんの慌てての呼びかけにも納得しかありませんでした。ただ、
「む、無理です! ちょいと距離が!」
ちょっと遠すぎる上に相手が速すぎて、魔術の焦点が結べないと言いますか。娘さんの期待には全力で応えたくても無理のしようすら無くて。
これは……あ、アカンのでは?
期待された働きをこなせる感じがまったくしません。相手は全力を出しつつも余裕の飛行を続けています。さらには、相手に随伴していた騎手の2人がどうやら俺たちの後ろに尾いているみたいで。すきがあればとプレッシャーをかけてきているみたいです。
レオニールさんも事態を打開しようと相手の名騎手に追いすがってくれてはいるのですが……ど、どうよ、コレ? どうにも事態が好転する気配は無く。レオニールさんも含め、俺たちが狩られる未来しか見えないような。
手綱からは娘さんの焦燥が伝わってくるようでした。どうしなければならないと必死に考えておられるようです。俺もですね、ポンコツブレインを必死に絞り上げるのでした。いや、無い頭を絞っても良くわからない色のばっちぃ汁ぐらいしか出そうにないのですが、それでも、本当それでも。
追いつくのは不可能。これは本当不可能。だったらアレです。なんとかしてカルシスとか言う騎手さんにこちらに近寄ってもらうしかありません。そんな理由は無いんだけどね。だったらその理由を作るしかない。さて、どうやってその理由を作るかって、それが思いつくような頭があれば俺は惨めに孤独死するようなことも無かっただろうなアハハハー……って、ん?
ちょうど旋回した時にです。背後が目に入りました。カルシスさんの家臣なり部下であろう2騎の騎竜。ふーむ。俺なんかは上司によく見捨てられたりしましたが、普通はね? 上司って部下の面倒を見るもんだよね? そういう責任ってもんがあるもんだよね?
この発想は非常に重要なような。と言うか、良い打開策になるような。
ふーむ、ありがとう。前世の元の上司殿。なんて欠片も思えませんが、それはともあれ。これは進言すべきでしょう。