第12話:俺とカルバ体制派(2)
「しかし、レオニール。なるほど、この場には始祖竜殿がいらっしゃるようだが、それでどうする? 我らには始祖竜がついているなどと喧伝するのか? それはいかんぞ。この始祖竜殿はアルヴィル王国の始祖竜殿だ。アルヴィルが始祖竜の加護を受けているなどと認めることは、この国の支配の正当性をアルヴィルに認めることに等しい。例えここで滅びようとも、カルバに不利となる行いは王家の者として承服しかねるぞ」
「それはもちろん。私がサーリャ殿と始祖竜殿に期待させて頂いているのは戦力としての側面でありましてな」
「戦力? あぁ、始祖竜殿は魔術を扱われるそうだからな。しかし、それもどうかと思うぞ。我々は先立って魔術を扱うドラゴンと死闘を繰り広げたばかりだ。そこに魔術を扱う騎竜がアルヴィルの援軍として現れてでも見ろ。あれはアルヴィルの手先だったかと邪推を生むことになれば、使者共も承服しかねるだろうに」
それはまったくハルベイユ候に言われた通りのことでした。俺にお手をさせていた娘さんですが、その手を止めてメルジアナさんに頷きを見せられます。
「はい。カミール・リャナスよりそのように厳命されておりますが……閣下はそのように疑われてはおられないのですね」
首をかしげながらの娘さんでした。確かに。これはレオニールさんもですが、まさかあの件はアルヴィルが!? みたいなことにはなって無いですよね。
「理由が分からんのでな。内乱でごったごったしている中で、わざわざカルバにちょっかいをかけてくる余裕も無かろう?」
とのメルジアナさんでしたが、それもまったく確かに。娘さんが「なるほど」と頷かれたところで、メルジアナさんは再びレオニールさんに向き直られます。
「とは言っても、これはアルヴィルの事情もよく知る我々上の者たちの意見だ。始祖竜殿が魔術を操る姿を見れば、アレはアルヴィルの仕業だったのかとして敵意を抱くことになる下の者も出よう。援軍に疑念と敵意を抱かなければならないとなれば、ただでさえ低い士気がだだ下がりになるだろうな。あるいは、それが我々へのトドメにもなりかねん。おい、詩人気取り。それでもお前は始祖殿にその実力を期待するか?」
そもそも、カミールさんの命令もあれば俺が魔術を扱う選択は無いし、魔術を用いた空戦はまだまだ未成熟ですし。こちらとしては賛成出来る要素が皆無なのですが、そのことを娘さんが口にする必要は無さそうでした。レオニールさんは笑顔で首を左右にされます。
「はっはっは、もちろん。配下の者たちに援軍への疑念を抱かせて戦わせるような愚は避けたいところでして。私が期待させて頂いているのはサーリャ・ラウ殿ですな」
「ふむ? 使者殿に?」
「そうです。ハーゲンビルの竜姫殿にです」
なんか、懐かしい地名が出てきたようですが。しかも竜姫? 娘さんも首をかしげておられましたが、メルジアナさんにとっては納得の話のようでした。
「あぁ! そういえばそうだったな! 使者殿は竜姫殿でもあったか!」
「え、えーと、失礼します。なんでしょうかその、ハーゲンビルの竜姫とは?」
思わずといった様子で娘さんが尋ねかけられます。メルジアナさんは「ん」と小首をかしげられました。
「ご存知ないのかな? カルバでは有名な話だがな。ハーゲンビルにて、ドラゴンを従えて抜群の腕前を見せる美しき騎手が現れたと」
「ドラゴンを従え……は、はい。となると、確かにそれは……って、美しい騎手!?」
「そうとも。絹のような金の長髪を蒼穹に揺らした、まさに竜を統べる美しき姫だったと。なるほど。実物は聞きしに勝るようだが……貴殿について耳にして以来、レオニールの創作意欲に火が点いてしまってな。一度聞いて見ると良い。竜姫についての詩集だが、アレを聞かされるのは苦痛だったな、うむ」
メルジアナさんは遠い目をされて、娘さんは顔を真っ赤にしてわたわたされて。な、なんか情報量多いなぁ。何について考えるべきか頭が混乱するような。
娘さんの威名が轟いていて嬉しいなぁだったり、照れてる娘さん可愛いなぁだったり、竜姫の詩集ってなんぞ……? って思ったり、なんかこのお二人って、主人と家臣って感じはあまりしないよなって感じたりだけど、そこじゃ無いよねそこじゃ。考えるべきはそこじゃ。
無駄なことを考えている場合じゃないとの思いは、当然メルジアナさんにもあったようです。すぐにレオニールさんに目を向けられます。
「まぁ、ともかくだ。サーリャ殿に期待しているのはその辺りか? ドラゴンを引き連れて飛んで頂くのか? 生憎、そのドラゴンが当方にはさっぱりいないし、ドラゴンを単独で飛ばせるのもどうかと思うが。あの忌々しいドラゴンどもは単独で飛行し魔術を操っていたわけだからな。それでは結局援軍への疑念を抱かせることになるだろう」
「当然、そのような期待はしておりません。期待させて頂いているのは、サーリャ殿の腕前です。アレを目の当たりした友人たちは、あの名手クライゼ殿もかくやと褒め称えておりましたので」
「ほぉ。竜姫殿はそこまでの?」
「そのようで。そして、援軍の主体はハルベイユ殿とあれば、サーリャ殿? クライゼ殿もこの戦場にいらっしゃるのではないですかな?」
いまだ美しい騎手の余波におろおろしていた娘さんですが、慌てての頷きを見せられます。
「は、はい。ハルベイユ候を代表する騎手であれば当然」
「それは僥倖。二大国に勇名を轟かせる騎手が2名もここにいる。閣下。いかがですかな?」
レオニールさんの笑みに、メルジアナさんは変わらずいぶかしげな表情でした。
「とは言っても、騎手2人に加えてお前だろ? なんとかなるのか? サーリャ殿もクライゼ殿も勇名を馳せる騎手ではあるが、相手は多数も多数。その上、カルシスとか言うカルバを代表する騎手までいる始末だぞ?」
俺は『カルシスってどなた?』って心地でしたが、どうやら娘さんには心当たりがあるようでして。驚きの表情を浮かべられます。
「カルシス? それはあの、名手として名高いあのカルシスで?」
「ほぉ? サーリャ殿はご存知か?」
「はい。クライゼから聞いております。カルバを代表する、当代随一の名手であると」
なんか苦い表情をしたくなるのでした。クライゼさんがそう評価する騎手かぁ。となれば、その当代随一さんは正しく当代随一の実力を持ってるんだろうなぁ。
撤退を進言したくなっちゃうよね。敵は多数で、そこにクライゼさんも評価する実力者がおまけで付いてきて。こりゃちょっと、ハルベイユ候領の騎手の頭数じゃあどうしようも無いような。
ただ、レオニールさんです。内乱の当事者でもあれば、現状の不利は俺たち以上に理解されているはずなんですけどね。表情にあるのは自信たっぷりの笑みでした。
「そこです。カルシスという大物が敵にあることが重要なのです。戦には肝というものがありましてな。確かに劣勢ではありますが、一度、二度でも局地的な勝利を積み重ねれば大局は揺るがし得るものです」
「多分に希望的観測が含まれている気はするが、まぁ、そんな側面もあろうな」
「そうなのです。そして繰り返しますが、敵に精神的支柱たる騎手がいるというのは実に良いことで。カルシスを墜とすことが出来れば流れは変わりますぞ。有利にあるはずの自陣の名手が堕ちたとなれば、勝勢に疑念を抱くものが出てきましょう。多勢であることを忘れるものも出てきましょう」
「ふーむ。そして、カルシスを墜とせるだけの騎手殿たちがハルベイユ候領よりいらっしゃったというわけか?」
「はい。挽回の好機。逃す手はありますかな?」
メルジアナさんは腕組みで娘さんを見つめられます。
「……まぁ、滅びを待つばかりの我々においては選択肢は一つか。この件、ハルベイユ殿に至急お伝え願いたい。カルバ王家の誇りを賭けた大一番、是非ともご助力願いたいとな」
昨日までの穏やかな旅路が嘘のような空気でした。
いつしか、のんびりと娘さんたちの会話をうかがっていた重臣方も目つきを鋭くしていて。重く、深刻な雰囲気。俺が生ツバを飲み込む中で、娘さんは緊張の表情で頷きを見せられました。