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第11話:俺と、カルバ体制派(1)

「アルヴィルのご使者と、そう理解してもよいのかな?」


 その声音は、アレクシアさんを思い起こさせる冷たい調子で、しかしあの方のものよりも静かな威厳に満ちていました。


 多分、この人なんだろうね。


 カルバの一番上が誰かって話なんだけどさ。王位にあるのはまだ十にも満たない少年であるらしいのだ。ただ、王様として政治を担うには幼く、実質的に政務を担っているのはそのお姉さんなのだとか。


 となると目の前のご婦人がって思い至るわけです。どうやら同じ推測をされたようでした。地に降りた娘さんは、すかさず膝を突いて敬意を表されます。


「お初にお目にかかります。アルヴィルがラウの領主、ヒース・ラウの娘サーリャと申します。ジョシュ・ハルベイユが使者として本日は参上致しました」


「使者殿の来訪、心より歓迎しよう。我が名はメルジアナ。王家にあり、陛下の総代としてこの軍勢を任せられている者だ」


 で、やはりでした。


 やはりこの怜悧なご婦人はカルバの実質的な支配者であるお方でそうで。ぬおー、なんか緊張するー。娘さんもどうやらそうっぽいかな? ちらりとうかがう横顔には、緊張によるものかの固さが見てとれます。

 

 そんな娘さんは懐に手を入れられました。使者ですもんね。色々な方からの親書なんかを預かっておられるのです。


「我らがアルヴィル王からはもちろん、カミール・リャナス、ジョシュ・ハルベイユ、それぞれからの親書でございます。お目通し願えれば」


「もちろん。だが、それは後ほどとさせてもらおう。現在は他に急務があればな」


 身振りで従者に親書を受け取らせながらに、メルジアナさんはそんなことをおっしゃいました。うーん、だよなぁ。手紙を読んでいる余裕なんてそりゃあね。ここは寸暇の余裕も無い戦場。俺たちにしても、ハルベイユ候とメルジアナさんの連絡を担うという大役が待っているわけですしね。

 

 娘さんは緊張の面持ちで頷きを見せられました。


「は。では、早速指示をお願いします。ハルベイユは、メルジアナ様の指揮下にて全力を尽くす所存。現在、クーリャよりハルメドを目指して進軍しておりますが、今後の方策につい……」


「何がお好きかな?」


 とりあえず娘さんが即答出来なかったことには納得しかなかった。


 へ? となっておられる娘さんを、メルジアナさんは真顔で見つめられます。


「何がお好きだろうか? 本来であればカルバ自慢の白ぶどう酒でも味わってもらいたいところだが、やはり時間がな。せめて十分な土産を用意せねば。何が良い? 可憐な騎手殿であればどうだ? 宝石のたぐいであれば持ち合わせもあるが?」


「ほ、宝石? え、いや、あの……」


「興味は無いか? 軽さの割に換金性にも優れて良いのだが……いや、これは無粋な意見だった。となると武具か? ふーむ。騎手殿に鎧は重かろうし、そうだ。私の腰の短剣をやろう。先祖伝来の品でな、実用性は無いが宝飾品として鑑賞にたえうる代物だ。これならば文化国家カルバの王家としてふさわしいもてなしに……」


「し、失礼ながら、閣下! 妙なことをおっしゃられますな! 戦の指示を! 我々は閣下らの力となるべくこの地に馳せ参じたのです!」

 

 そりゃまぁそうだって感じの娘さんの叫びでした。俺にしてもあまりに悠長なメルジアナさんの物言いにかなり呆気に取られていたりします。平時ならともかくだよなぁ。この状況でこれは何? ってそうとしか思えないし。ハルベイユ候が率いる皆さんは、体制派の力になるべく進軍されている最中ですのに。


 娘さんの意思がちゃんと通じたのかどうか。メルジアナさんは「ふーむ」と大きく首をかしげられました。


「そうか。使者殿は土産物の話をされるのが不服か?」


「失礼ですがもちろん! 今は火急の時であれば!」


「なるほどな。だが、すまない。これぐらいしか話が無いのだ。指示などは無い。せっかく救援に来てくれたアルヴィルの者たちにどう気持ちよく帰ってもらおうかとその思案ばかりでな」


「……帰ってもらう? え、あの?」


「残念ながら帰って頂くしかないのだ。およそすでに戦の趨勢は定まっている。我らはもはや敗北するしかない」


 娘さんと一緒に唖然とするしかありませんでした。メルジアナさんは「うーむ」と悩ましげに腕組みでうなられます。


「どうにもこうにもな。貴殿もおそらく聞き及んでおよう? カルバの地において、人を乗せず魔術を操るドラゴンなどが現れたのだ」


「え、えーと、はい。それについては知っておりますが……」


「そのおかげで王家の騎手に騎竜は見事に壊滅してしまってな。そこに起こったのがこの内乱劇だ。騎竜不足で情報がさっぱり自軍で回らん。騎竜に不足しない相手方は柔軟に動ける一方で、こちらは各個撃破を許し、そしての今日。いよいよこちらの騎竜も尽きて、空は敵の騎竜で溢れんばかり。どうにもならんなぁ、これは」


 メルジアナさんは赤裸々に事情を語って下さったわけですが……な、なるほど。そんな状況なので。


 この世界において、騎手に騎竜の役割は大きいもんなぁ。目と耳であり、口でもあるっていうビッグな存在感。黒竜テイストな存在があってそれが失われたとなればうーむ。五感を奪われて戦うようなもので、苦境に陥ったとしてそれが自然って感じかな。


 そんな逆境の総代さんは「はぁ」とため息をついて、側に控えるレオニールさんを指さされます。


「こっちに残された名のある騎手などコイツぐらいでな。まったく不幸だ。ご存知か? コイツ、詩を叫びながらに飛んでいるんだぞ? まったく恥ずかしいとしか言う他無い。こんな男と最後を共にしなければならないと言うのは、後代からの我々の評価を考えると非常に問題があるな。うむ」


 辛辣なレオニールさんへの評価でしたけど、えーと、今はそれを気にしている場合じゃないような。これ、どうすればいいんですかね? では分かりました帰りますで良いのかどうか。娘さんも使者として振る舞いに迷っておられるようで、眉をへの字にしての困り顔を浮かべておられます。


 そんな折にでした。今まで沈黙を守っていたレオニールさんが、軽やかな笑い声を上げられます。


「はっはっは! 私に対してなかなかな評価でございましたが、それはともかく。閣下! 諦めるのは時期尚早かもしれませんぞ。我らには始祖竜の加護があるようでしてな」


 なんか、急に名前を呼ばれたような気分と言うか、実際そんな感じかな? ただ、娘さんは俺をうかがってこられたけど、メルジアナさんは当然首をかしげられました。


「あー、どうした? 詩の世界に耽溺しすぎて、夢と現実の区別がつかなくなったか? 哀れな」


「ふふふ。残念ながらまだその領分は私にはほど遠く。幸いなことに現実ですな。閣下は覚えておられませんか? サーリャ・ラウ殿の名を我々は以前に耳にしたことがあるはずですが」


「使者殿の名を? ふーむ、そう言われれば聞き覚えが……っと、む? あぁ!! サーリャ・ラウ!! くだんのドラゴンの寵妃殿の名前か!!」


 レオニールさんの知るところは、当然メルジアナさんもご存知とそういうことらしかったのでした。しかし、ちょ、寵妃。このフレーズがが娘さんのどんな反応を招くかと言えば、それはもう明らかで。


「だ、だからあの、寵妃とかじゃありません! 妙なことをおっしゃるのは止めていただきたい!」

 

 娘さんは顔を真っ赤にされて不満を叫ばれたわけですが、メルジアナさんはそれを意に介された様子は無く。喜色満面で俺に視線を移されます。


「となると、このドラゴンが始祖竜か! これはいかん。挨拶が遅れて申し訳なく……」


「違います! こんなの始祖竜でも何でもありません! 人に黙って従うただのドラゴンです! ほら、ノーラ! お手しなさい、お手! ほら!」


 俺をただのドラゴンとして扱いたい娘さんはそんなことをおっしゃるのでした。え、えー、果たしてお手をすることがその証明になるのかどうかさっぱりですが、一応言われた通りにお手をさせてもらいまして。ただ、メルジアナさんです。そんな俺と娘さんの様子はどうでも良いらしく、レオニールさんに疑問の目を向けられています。

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