第8話:俺と行軍
いよいよ娘さんの初陣の時は近づいていたらしい。
「移動なんですか?」
娘さんが起きて、それからすぐのことだった。俺たちのいる竜のたまり場には、騎手とみられる人たちが大勢集まっていた。
その中にはもちろんクライゼさんもいて、娘さんの疑問に頷きで答える。
「そうだ。ここは集結地にすぎないからな。軍勢の集結は終わった。次は、敵勢に肉薄していく段階だ」
「いよいよってことですね……よし。バンバン落としてやりますからね、バンバン!」
意気込む娘さん。手には釣り槍が握られていたが、それは一騎討ちで使われていたようなかわいいものじゃない。
なんて言うかな。ハルバード? 槍と鎌と斧が一緒くたになったようなアレ。それを小さくしたような穂先が、白木の柄の先で物騒な光を放っている。先々代から受け継いだ、自慢の釣り槍だとか何とか。
俺は犬のように座りながら、不安の思いで娘さんを見つめていた。
バンバン落とすかぁ。釣り槍を使って、敵の騎手を地面にさよならさせてやるってことだろうけど……逆にならなければいいんだけどね。
ただでさえ調子は悪いし、ここに来てさらに意気込んでしまっている。敵を落とせないぐらいだったらいいけど、落とされるようなことになっては目も当てられないどころの騒ぎじゃない。
クライゼさんもきっと心配で胸がいっぱいだろうなぁ……と思いきや。一体どんな心境なのか。クライゼさんはいぶかしげに首をひねっている。
「サーリャ。何故お前が、相手の騎手を落とすことになっているんだ?」
「へ?」
娘さんはきょとんとして首をかしげたが、俺も同じ気持ちだった。あのー、騎手って、そういう仕事じゃなかったですっけ?
「私、あの、落とさないんですか?」
「まず落とさんな。お前は知らないのか? 騎手の仕事は主に三つあるのだが」
はて、三つの仕事。俺にとってはなんじゃらほいだったが、娘さんは当然といった感じで頷きを返す。
「もちろんそのぐらいのことは分かってますよ」
「ふむ。では言ってみろ」
催促されて、娘さんは律儀に指を立てながらの説明を始める。
「えーと、一つ目は伝え手です。ようするに伝令ですよね。本陣と諸部隊の間を行き来して、指示と報告のやりとりをします」
「その通りだ。次」
「次は守り手です。伝え手の護衛です。相手の騎竜の妨害から、仲間の騎竜を守ります」
「で、最後だな」
「はい。最後は攻め手です。相手の伝え手の行動を妨害して、敵勢の指揮を乱します」
教科書にあるような娘さんの説明でした。
うーん、なるほどねー。一騎討ちの件が頭にあるから、騎手は相手の騎手とガンガンやりあうものだと思ってたけど、そんな単純な話じゃないわけだ。
むしろ話を聞いていると、騎手の仕事の中心は伝え手であるような感じもする。俺としては納得だった。騎竜の機動力は、メッセンジャーにはうってつけだろうしね。こんな山中ではなおさらそうなるだろう。
「しっかり覚えているようだな。うむ」
「それはもちろん覚えています。でも、あれ? もしかしてですけど……」
娘さんは不安そうにクライゼさんの顔を見つめる。
「もしかして私……攻め手じゃなかったりするんですか?」
「むしろ、何故攻め手だと思いこんでいたのか気になるところだが」
「え、えぇ!? 攻め手じゃないんですかっ!? それじゃあ活躍出来ないじゃないですかっ!!」
大いに不満あり。そんな感じで娘さんは叫びかけたが、クライゼさんは微動だにしなかった。
「当たり前だろうが。何故初心者に敵勢に深く食い込むことになる攻め手が任せられると思ったのだ?」
「それはあの、そうかもしれませんけど……じゃ、じゃあ私は守り手ってことですか?」
「何故そうなるのか分からん」
「……伝え手ってことですか?」
「当然そうなる」
娘さんは呆然としていたが、俺はちょっと一安心だった。
俺の強奪問題も娘さんの婿取り問題もある。もちろん娘さんが活躍してくれるのならそれに越したことはなかった。ただ、現状を考えると、娘さんがとにかく無事であればいいって、そう思えるわけで。
伝え手は攻め手に狙われるということで、完全に安全なわけではもちろん無いだろう。ただ、他の役割と比べれば、戦う機会もそんな多くは無いのではないだろうか。
でも、娘さんはねぇ、そりゃ不満だろうなぁ。
「……クライゼさん。あの、どうにかなったりはしないでしょうか?」
娘さんはすがるような目でクライゼさんを見上げている。ただ、クライゼさんは困ったように目をそらしているけど。
「ならん。新入りはまず伝え手から入る。それが慣習であり、実際一番安全だからな」
「……ちなみに、クライゼさんの役割は何ですか? 攻め手ですか?」
「いや守り手だ。カミール閣下の言葉もあったからな。大した戦でもなければ、願い出て許可も出た」
これって、娘さんのためにってことだよね?
本当に優しいよなぁ、クライゼさん。あまり余裕が無さそうな娘さんだったが、この善意には当然気づいたようだった。
「そ、それはあの……ありがとうございます」
「気にするな。先輩が後輩の面倒を見るのはこれも慣習だ。俺はお前の先輩ではないが、その代わりのようなものだな」
「本当にありがとうございます。すごく嬉しいです。ただ……」
「ただ?」
「守り手を代わってもらったりとか、そういうことは?」
クライゼさんに感謝の念を覚えつつも諦めきれない。そんな娘さんでありました。
「サーリャ、諦めろ。大した戦ではないが、すぐに終わるとも限らん。まずは伝え手として努力しろ。そうしていれば、そのうち好機が巡ってくるかもしれん」
娘さんはそれでも諦めきれていないようだったが……まぁ、どうしようもないもんね。クライゼさんに小さく頷いた。
「……分かりました。そうします」
「うむ。では、早く準備をするといい」
言われて、娘さんは動き出す。がっくりと肩を落としながら、俺たちを木につないでいた縄を外しにかかる。
……ちょっとかわいそうだけどね。
これで良いんじゃないだろうか。俺はそう思うのだった。