第10話:俺と、やべぇのとの遭遇(2)
二度見ならぬ二度聞きの気分だった。鼓膜に残った朗々とした響きを、思わず再生しようと試みてしまったり。
これはあー、歌? いや歌って言うよりは詩? なんかの間違いかと俺は思うわけだった。だってほら。音源は間違いなくあの追われている騎手さんなわけで。四対一の絶体絶命の窮地なわけで。こんな状況でまさかうん、余裕気取って詩を郎じるような変態じみた騎手なんてそんなねぇ?
「天が望むはこの蒼穹の底に沈む哀れな騎手の姿か? しかしその騎手の手綱さばきには微塵の迷いは無く、その槍は果ての勝利へと英気をもって突きつけられる。自らの愛する主のため騎手は飛び続ける! どこまでも高邁な決意を胸に!」
……やべぇ、どうしよう。
多分、あの人が謳う騎手とやらはご自身のことだと思うのだけど。戦いながらに自分の活躍を詩に歌う騎手かぁ。なんかこう、そっと距離を置いておくのが正解な人物である感じが濃厚にぷんぷん漂ってくるような。
ただ、娘さんの耳にはこの珍事は入っていないようです。俺みたいなためらいは無く、颯爽とした手綱さばきで攻勢に打って出られました。
敵さんも三体の接近にさすがに気付いたようです。
慌てて俺たちに応じようと騎竜の頭を向けてくるけど、ちょっと遅かったかもね。娘さんの指示の下、俺はすでに敵さんの一体にするりと身を寄せています。娘さんの釣り槍が閃くと、あとには悲鳴ばかりが残されましたとさ。
「おぉ!? その美しき金色のきらめきは、果たして騎士にとって吉兆なるやいなや!?」
不意の事態にも詩の調子で応じられるのはすごいと思ったけど、それはともあれ。
続いての空戦とはならなかった。一人堕ちて、向こうは三人、こちらは詩人的な騎手さん含めて四人。数で言えばそこまで差は無いけど、いきなり数的不利に陥ったっていうのが精神に響いたのかどうか。
一目散に逃げ出してくれて、これで目的は達成。娘さんは釣り槍の穂先を下ろした上で、俺を例の騎手さんに寄せられます。
「私はサーリャ・ラウ! アルヴィルがハルベイユ候の使者として参りました! そちらはカルバ王家が旗下の勇士と見て間違いは!?」
騎手さんは手綱を握りつつ、快活な笑みを見せられました。
「おお! アルヴィル王国の騎手殿であったか! 我が名はレオニール! 王家に仕える名誉に浴する騎士だ! 異国の騎手よ、ご助力に感謝する!」
挨拶もまた詩の調子で行われるのかと思ったけど、これは普通の挨拶だった。常識のアウトサイドで生きている人なのだろうかって心配だったけど、どうやらそれは杞憂だったのかな。
とにかく、狙いの相手に無事巡り会えたみたいで、では早速道案内をってなるはずだった。しかし、レオニールさんはにわかに疑問の声を上げられました。
「しかし、サーリャ・ラウ殿……もしやあのサーリャ・ラウ殿か!?」
その場で旋回を続けながらに、俺は目を丸くすることになった。あのサーリャ・ラウ殿。なんだかカルバにもその名の轟いたって感じっぽいんですが。当然と言うか、娘さんも俺の背で驚きの声を上げられました。
「え? 私の名前をご存知なのですか?」
「カルバの目も曇ってはおりませんからな! ドラゴンの寵妃殿についてはもちろん!」
ほへぇ、となるのでした。
俺の生まれ故郷の中世にも忍なんてものが存在していたらしいけどね。この世界にも当然のものとして同類がいるんだろうねぇ。で、アルヴィル王都でのアレコレはしっかりカルバにも伝わっていたと。
しかしあの、ちょっと嫌な予感が。レオニールさんの発言に引っかかるところがありましてですね。寵妃。寵愛するお妃様ってことだろうけど、この言葉が娘さんにどう響くのかって、ちょっと嫌な予感しか覚えようがなくてですね。
「……ちょうひ……ちょ、寵妃っ!?」
案の定すぎますけど、娘さんは驚きかつ不満の叫びを上げられるのでした。
「みょ、妙なことをおっしゃらないで下さいっ! 寵妃ってあの寵妃ってっ!」
「あははは。恥じらう寵妃殿もお可愛らしく素敵ですなぁ」
「恥じらってませんっ!」
「またまた。んん? となると、これが例のドラゴン殿で? これはまた挨拶もせずに申し訳なく……」
「不要です! 挨拶なんてほらっ! この子、ただのドラゴンですから! 妙なことを口走ったりしないただのドラゴンですから!」
そうして娘さんは俺の頭を釣り槍の先でガンガンされて。もちろんお優しい娘さんですので痛いなんてこと欠片も無いのですが……や、やっぱりなぁ。娘さんが俺に騎竜らしさを求めておられるのは例のアレのせいだよなぁ。本当、あらためて悔恨の思いで一杯だけど、それはひとまず置いておいた方がいいかな。
こんな呑気なやりとりをしていられる局面かどうかってことです。なんか俺の正体は割れちゃってるみたいだし、ここは娘さんの騎竜として一言ですね。
「あ、あのー、そろそろ本題に入られた方が」
一応娘さんだけに伝わるように言葉を発します。背後からは若干ムッとした雰囲気が伝わってきました。ただ、俺に思うところはあっても騎手として割り切って仕事を共にして下さっている娘さんなのです。今回も割り切ることにされたようでした。
「レオニール殿。使者として此度の戦場での本陣への案内を頼みたいのですが」
「承知しました。では早速先導させて頂こう」
旋回が崩れ、レオニールさんは速度を上げながらに高度を下げていきます。俺たちはそれに付き従い、ほどなくして目的地にたどり着くことになりました。
眼下には小山に敷かれた陣があるけど、そこが目的地らしかった。レオニールさんが背後の俺たちに大声で呼びかけてきます。
「時間が無ければふもとでは無く早速中心へ!! 出来ますかな!?」
狭い場所への着陸は、地上で速度を殺すことが難しければなかなか難易度の高いものだったりするのだけどさ。もちろん娘さんにその心配は皆無なわけです。守り手のお二人方はふもとの開けた場所に向かわれることになりましたが、娘さんは当然レオニールさんの後に続かれます。
しかし、ちょっと緊張かなぁ。手綱の指示どおりに自身を制動しながら、そんなことを俺は思ったりした。今から降りるところは体制派の本陣。しかもどうやら、アルヴィル王国におけるハルベイユ候みたいな人じゃなくて、カルバ王家の親玉当人がいらっしゃるみたいだし。
権威主義者な俺にはかなーり響くところが。まぁ、やりとりされるのは娘さんなので。俺のことは知られているようなので二言三言求められるかもしれないけど、とにかく行儀よくお澄まししていればそれでいっかね。
ともあれ娘さんの手綱さばきで軽やかに地に降りることになります。そこで目の当たりにしたのは、立ち並ぶ軍旗と居並ぶ歴戦と思わしき鎧姿の武人たち。そして、瀟洒な鎧に見を包んだ凛々しい眼差しをしたご婦人でした。