第9話:俺と、やべぇのとの遭遇(1)
本当、やる気はあったんだけど、こうもいきなりなのはちょっと予想してなかったよなぁ。
と言うことで戦争ですね、はい。
俺は今、娘さんを背に見慣れぬ空を全力で飛行していました。目的はと言えば体制派の陣営を見つけ、そこと連絡を取ることです。
それがハルベイユ候の指示なのでした。斥候の騎手さんが遠くの空に空戦中の騎竜の陰を見つけましたので、戦時下だというのは分かっています。そこでハルベイユ侯はまずは、体制派との連絡を確保しようとされているみたいで。
騎手の戦場での仕事は、伝令を担う伝え手、伝え手の護衛を担当する守り手、敵の伝え手を襲撃する攻め手というのがあるんだけど、ひっさしぶりにその伝え手としての活躍を俺たちに期待されているわけです。
ぶっちゃけ、最初にその役割を耳にした時は不満を覚えたりしたっけなぁ。いやね、伝え手ってビギナー騎手さんの仕事って以前に聞いていましたので。年数は浅くとも、濃密な戦歴を過ごした上でクライゼさんとも比肩する娘さんなのです。その名手に対して、伝え手は無いでしょってちょっと正直なところね。
ただ、どうやら今回の仕事は娘さんがビギナーと甘く見られた結果のものでは無いらしいのでした。
敵地にて、まだ位置も分からない友軍との連絡を担う。それも戦場の混乱の最中で。これはけっこうな大事らしく、これを任されるのは能力の高さを見込まれてのこととかなんとか。
だから、娘さんもやる気満々でした。娘さんはコツンと釣り槍で俺の背中を軽く叩かれます。
「さっさと連絡をつけないとね。頼りにしてるよ、ノーラ」
本当、空は良いよなぁ。
娘さんが今まで通りの信頼を俺に向けてくれる唯一の場ですから。
では、期待に応えて見せましょうぞ。そう思って、俺は視界全体に意識を凝らします。人と意思疎通出来るドラゴンとしてね、体制派の本陣探しに一役買おうってわけで。ドラゴンの視力であれば、それに貢献出来る余地は大いにあるはずでした。
ただ……う、うーむ。なんか唸っちゃう。これさ、友軍の本陣なんて見つけられる状況なんですかね?
あるいは小競り合い程度かもしれないってハルベイユ候は言っていたけどさ。どうにもそんな雰囲気じゃなかった。大戦場だ。軍勢という規模にも多少慣れ親しんできたけど、眼下で繰り広げられている争いはおそらく数千の規模じゃない。広い領域にまたがって、下手したら万の単位での争いが繰り広げられている。
使い勝手の良い小山に陣を敷く集団なんかは、それはもう無数にあった。もう目移りしちゃって言うか、いや本当にもうねぇ?
「……う、うーん。ダメだ、分かんない」
娘さんもそう軽くギブアップ宣言でした。で、娘さんは左右に目を配られたようです。伝え手には守り手がつくものだけど、今回は二人の騎手さんがその任についてくれてまして。で、娘さんの目線は「分かります?」って感じなんだろうけど、返ってきたのは二つの否定の身振りでした。
まぁ、うん。人間の目には、この状況けっこう厳しいよね。いや、ドラゴンの感覚であっても厳しいなんてもんじゃないんだけど。クライゼさんであっても、この状況はなかなかいかんともしがたいんじゃないかなぁ。
背中からは娘さんの焦燥が伝わってくるようで、俺も当然焦りを覚えるわけだけど……これって、ある意味チャンスだよね?
俺がね、活躍するちゃーんすなのでありまして。ここで体制派の本陣を見つけるなり、その糸口をつかんだりすれば、分かりやすい活躍になったりしませんかね? かね?
ただ、う、うーむ。どないすればいいのか。奇策、名案を思いつこうにも、俺の脳みそは残念ながらのがっかりクオリティ。娘さんや守り手の騎手さんたちが思いつけないことを思いつけるような見込みはちり紙一枚ほどにも無い。
となるとアレだよなぁ。あとはドラゴンであるっていう事実に頼るのみ。優れた聴力、視覚、嗅覚にがんばってもらいしょう。
そして集中することしばし。なんかあった。意識に引っかかるものが。それはフル稼働していた視力では無く、聴覚に響いてくるものだった。
ちょいと違和感があって気になったのだ。怒声や悲鳴だったら良くも悪くも聞き慣れちゃってるんだけど、それらとはどうにも違っていて。なんでしょうかね? 声なんだけどさ。それにはどうにも妙な拍子がついていると言うか、歌っているような調子があって。
ドラゴンの視力にものを言わせる。その声の主はもちろん騎手さんでした。若い男性の騎手さんらしいけど、けっこうピンチ? 数差のある状況だった。四対一かな? これで堕とされずにすんでいるんだから、かなりの腕前のようだけど……んん?
あらかじめだけど、俺や娘さんを始めとする騎手さんたちは体制派有力者の家紋を教え込まれていた。それはもちろん、戦場で敵味方の区別がつかなかったら困るからなのだけど、問題は俺の視界にある騎手の背中だ。その羽織った外套にある紋章だ。
ひっじょーに見覚えがありました。アルヴィル王家のものと似たドラゴンをモチーフにした紋章はどうにもカルバ王家のものであるように思えまして。
「娘さん! 右手です! 無勢の騎手の背中が見えますか?」
思わず叫びます。
賢明なる娘さんは、すぐに俺の訴えるところを理解してくれました。
「あれは……カルバ王家の?」
「はい! 道案内役なんかがですね!」
「期待できるか。よし!」
娘さんはすぐさま左右の守り手に釣り槍でくだんの騎手を示されました。そして手綱からの指示が来ます。王家の紋章を背負った騎手の救出へと向かうことになります。
では、空戦の時間です。そう思わず気負うことになるのだけど、しかしうーむ。ちょっと気になるのだった。アレ、何だったんだろうね。妙な調子の声が聞こえたような気がしたんだけど、アレは本当に何だったのか。
どうやら気のせいでは無かったらしい。
接近と共に、その妙な声は如実に耳に響いてきた。
「おぉ! このアルベニーの空のなんと蒼きこと! その蒼さのなんたる残酷なことか!」
……えーと、うん?