第7話:俺と、やる気は高め(1)
娘さんの信頼を取り戻すため騎竜として活躍してやるぞ、オラァ!
なんて、俺はカルバ体制派救援の遠征に対して意気込んでいたわけですけどね。その意気込みを発揮する機会なんて、もうまったくことに欠きませんでした。邪魔など許さぬとする反体制派の猛攻につぐ猛攻。俺は娘さんの騎竜として、カルバの空を縦横無尽に駆け回ることになり、敵の騎竜をちぎっては投げちぎっては投げの大活躍。信頼は無事に回復され、娘さんは一流の騎手としての名声をカルバにも轟かせ。ノーラこそ、最高の相棒だってね。そんな賛辞を娘さんから受けながら、俺は意気揚々とラウの屋敷に凱旋し……
『ふあぁ……ヒマねぇ』
ラナの呟きで、俺は『おぉっと』って感じでした。とぐろを巻いていましたが、頭を持ち上げることになります。半分ぐらい寝ていたような。なんだかなぁ。なんか恥ずかしくも、期待値高めの妄想を繰り広げていたような気がするけど。まぁ、気のせいでしょ、気のせい。そういうことにしておきましょう。
と言うことで、ヒマです。
俺の現在地は、カルバ領内のどこぞの村でした。時は、真夏の盛り。うっとうしいほどに暑い日が続いていたわけだけど、今日は風の涼しさが嬉しい好天でした。ですので、郊外の木陰で、こうしてハルベイユ候領の騎竜たちとゆるやかな午後の一息を過ごしていたんですよねぇ。しみじみ。
本当、予定とまるで違うでやんの。
俺の予定だと、すでにハルベイユ候領の軍勢は激戦の渦中だったんですけどね。領内に救援を踏み込ませまいとする反体制派と、骨身を削る争いをしている予定だったんですけどね。そこで俺はもちろん、騎竜として娘さんに貢献している予定だったんですけどね。やっぱりノーラは信頼出来る騎竜だったねって、すでにかつての関係を回復しているはずだったんだけどね。
おかしいなぁ、なんでかなぁ?
疑問に思うけど、さすがにここにその疑問に答えてくれる存在はいなかった。深慮のあるアルバにしろ、鋭敏なラナにしろ、人間の事情に興味は無ければ知るすべも無いし。
なのでこうして、俺はとぐろを巻きながらにウトウトしているしか無いんだけどさ。でも、気になるよなぁ。ちゃんとあるんだよね? 活躍する機会はちゃんと残されているんだよね? なんとも、かなり不安だなぁ。
誰か、事情通の方がいらっしゃってくれませんかねぇ?
そう思いまして、どうやらです。幸運の前借りか後払いか分からないけど、どうやら願いは叶ったっぽい? 見知った人影が一つ、このドラゴンの避暑地を訪れて下さいました。
「おぉ、ノーラ。どうだ、調子の方は?」
笑顔で俺の名を呼んで下さったのは、いつもおなじみ金髪碧眼のナイスミドルかつ、王都ですご腕なところを発揮されて、さらには今では手勢を率いて戦場に復帰されたあのお方でした。
つまるところ親父さんと言うことです。親父さんは戦装束なんかとは縁もゆかりもなく、気軽で涼しげな半袖ルックをされていました。本当ねぇ。『戦の気配はどこ?』って、そんな気分になるしかないけど、それはともかく。大切なお客人に、俺は首を下げての挨拶をさせていただきます。
「こんにちはです、ご当主。ご覧の通り、ドラゴン一同昼寝を楽しめるぐらいに涼んでいますけど、私に何かご用で?」
「いや、挨拶通りの用件だな。お前たちドラゴンはこの夏の暑さでかなり参っていただろう? 体調の方が何とも気になってな」
さすがは娘さんの親父さん。ラウ家のドラゴンの持ち主ということもあるのだろうけど、俺たちのことを気遣って様子を見に来て下さったようだった。ありがたや、ありがたや。最近、娘さんとの仲が微妙だからこそ余計に心に染み入るような。
ともあれ、親父さんの優しいご用件はこれで達成ということでよろしいのかしらん。尋ねかけをさせてもらっても、ここはオッケーということでよろしくて?
「ご当主、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「質問か? もちろん何を聞いてくれてもかまわんが」
「ありがとうございます。あの、ここって、もうカルバ領内なんですよね?」
「ん? もちろんそうなるが」
「戦の気配が全然しないのですが……これって、そういうものなんでしょうか?」
何分、戦争経験は王都を除けばこれで二度目。もう戦いがあってもおかしくないだろうっていうのは、そんなルーキードラゴンの感想に過ぎないのです。もしかしたらこれが普通なのでしょうか? って、そんな問いかけをさせてもらったのでした。
で、やはりそうっぽい? 親父さんは平然と頷かれました。
「まぁ、そういうものだろうな。どうにもこの内乱、体制派の方が追い詰められているようでな。だとすれば、こうなるのが自然だろう」
ふーむ、なるほど。なんて理解を示すのはちょっとばっかし以上に難しくて。そもそも、体制派が追い詰められているのは寝耳に水だったけど、それがどうしてこの状況につながるのかって。
「えー、体制派が追い詰められていると、私たちは戦をしないことになるのですか?」
「なるだろう。我らが目的は現体制の救援だ。であれば、その現体制の軍勢が撃破されたとなれば、我らはどうなる?」
「それはまぁ、目的が無くなるわけですし。引き上げることに……って、あ」
「そういうことだな。反体制派は、もはや現体制の撃破は目前と見ているのだろう。我々に戦力を割くよりは、戦力を注力し、体制派を撃滅することが一番の方策とな」
「なるほど……本当、向こうからすれば、わざわざこちらを相手にする必要は無いわけで」
「まぁ、反体制派の戦力もぎりぎりという可能性はあるが。こちらに戦力は割けず、乾坤一擲の勝負を体制派と繰り広げざるを得ないとな。いずれにせよ、我々のこの平穏さは何の不思議でも無いわけだ」
と、親父さんでしたけど、うーん、なるほど。ハルベイユ候領からの軍勢は決して反体制からすれば本丸じゃないわけです。放置されていたとしても、あまり不思議は無いのかもねぇ。
ただ、うーむ。この平穏の理由には合点がいったけど、だとしたら別の疑問が湧いて出るような。集落側では、炊事の煙がもくもくと穏やかに空にたなびいていたりするけれど。