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第4話:俺と、竜舎でのひと時(2)

『う、うん。そういうことになるよ』


『そうよね。でも……好きなのは、あのウザいヤツなのよね?』


 俺をじっと見つめながらのラナだった。何故ここで娘さんの話が出てくるのか。それもまた分からないけど、これも気恥ずかしいながらそういうことだし。


『声高には言えなけど、えーと、まぁ』


『……なんでよ』


『はい?』


『なんでそれでそうなるって言うのよっ! んがぁっ!』


 よー分からんけど吠えた。


 なんて淡々と思っちゃったところに俺の平和ボケがにじんでいるような、そうでも無いような。いや、実際久しぶりだしさ。王都でのいつぞやぶりってよく覚えてないぐらいなのだ。


 だから、ラナに向けて伸ばしていた俺の首がぱっくんちょされたところで、それは俺の油断ということにはならないかな? まぁ、うん。別に、油断がどうとかってどうでもいい話なんだけどね。だってほら、死ぬほど痛いし。ぎりぎりぎり、って粉砕音するし。


『ぎ、ぎゃあああっ!? ちょっと油断したところにちょっと痛いってばっ!』


『ちょっとかっ!? まだ足りんかっ!』


『んな話はって、い、いだだだだ!』


 久しぶりの激痛だなぁって太平楽を気取るにはちょっと、いや、だいぶ? なんか、ヤバくない? 痛くない? アギトに出どころ不明の憎悪の念がこもってない? なくなくない?


『とにかく止めてって! あ、して欲しいこと! 噛むのを止めて欲しいなって、今の俺は切実に欲しているのですが!』


『それは私の欲しているところでは無いっ!!』


 じゃあなんですかね。俺の命でも望んでおられるので?


 その場合はもう命乞いに意味は無いけれど、いやいやさすがにそれは無い……よね? きっと無いはずだと信じるとして、じゃあどうやってラナの殺意をしぼませることが出来るのか? アルバはぐーすかぴーだし、本当にもうどうすれば……って、ん?


 首をもぎゅもぎゅされながらも、俺は耳をそばだてることになった。なんか聞こえる音が空からあり、それはどうにもドラゴンの羽音のように思えた。一体どこのどなた? って感じではあるけど、なんにせよこれはチャンスか?


『ら、ラナさんっ! ドラゴンです! ドラゴンのお客さんみたいですよ!』


『あぁっ!? 注意をそらそうたってそうは……って、あら?』


 ラナのあごの力が弱まるのだった。意識が空に奪われたようで、ほどなくしてアギトが離れる。んで、二体をして空を見上げることになる。


 嘘を言ったわけではないので、俺の言葉通りにドラゴンがやってくるのだった。放牧地の方から人を乗せた騎竜としてのドラゴンが飛んできて、それは竜舎の上に腹を見せたかと思えば、あっという間にお屋敷の方に羽音を残して去っていった。


『……へぇ。本当に来たわね。どっかで見たような、そうでも無いような』


 ラナの言うことは俺にも分かるのだった。本当、どっかで見たような気も。黒竜の騒動の時に一度顔を合わせたことがあったっけ?


『多分、ハルベイユ侯領のドラゴンだよなぁ。親父さんに急ぎの伝言かね?』


『んなこた知らないけど、とにかく行ったわね』


『まぁ、行ったね』


『じゃあ、もういいわよね』


 何が? って、そんな間抜けな疑問はさすがに浮かばなかった。慌てて首をひっこめると、そこを赤い暴力が横切ることになる。ガツンなんて牙の噛み合う音が響いて、獣の眼が俺をにらみつけてきて。


『こ、怖っ! 危なっ! も、もう良くない? ラナの気もすんだよね? ね?』


『すんでたら寝てるっての! 良いから首をよこせ! 今日こそは噛み切ってやるから!』


『い、いやいやいやいや!』


 さすがにドラゴンの頭の置物とかに成り下がるつもりは無いし。大人しく首筋を差し出せるわけも無ければラナと攻防を繰り広げることになった。まぁ、繰り広げてないけど。一方的だけど。首を引っ込めたままで、ラナの猛攻に怯え続けるしかないんだけど。


 だれかたすけて。


 ホラー映画の被害者一歩手前みたいな気分で祈ることしばし。


 助けが来たっぽい? 怯えすくむ俺の耳に、人間様のバタバタとした足音が聞こえたような気が。


「ノーラっ! 大変っ! 今、ハルベイユ侯からの使者が……って」


 そんなことを叫びながらに現れたのは、何を隠そう我らが娘さんだった。けっこう慌てておられるのかな? 久しぶりにいつも通りの娘さんって感じで俺の名前を呼んでもらえて、それが何とも嬉しかったりしたものだけど。


 ともあれ娘さんは首をかしげておられました。その疑問の様子は、ラナの凶行とそれにさらされる俺に向けられているようでした。


「えーと、何? 遊んでるの?」


 まぁ、ドラゴンって感情が見えにくいもんね。表情筋なんてさっぱり無いし。犬や猫同士の他愛ないたわむれに見えたところで、何も不思議しかありません。いやいや。これはさすがに遊びには見えないでしょ、絶対。


「お、お助け下さいっ! 邪竜に狙われているんですっ!」


 普段の気まずさを一旦忘れることにして、とにかく助けを叫ばせて頂くのでした。何はともあれ、俺の命は娘さんの命の次ぐらいには大事にしたいものですし。まだまだ、このドラゴンライフの終焉を迎えるつもりはありませんし。


 で、俺に助けを求められた娘さんです。


 眉尻で困惑を示しつつ、攻勢を続けるラナに目を向けられます。


「じゃ、邪竜? えーと、それってラナのこと言ってるんだよね?」


「もちろん! 私の命がなんとも危機でして!」


「そ、そうなの? ラナ? ノーラはこう言っているけど……」


 一方的な主張のみを鵜呑みにしようとしない、何とも知的な娘さんなのでした。正直、現行犯逮捕で良い状況な気はするんだけどさ。まぁ、俺とラナが愉快な遊び(ラナ基準)をするのは今日に始まったことじゃないし。遊びに見えてるのかねぇ。どうかなぁ。そうは見えないと思うんだけどなぁ。


 そして、娘さんから発言を求められたイビルドラゴンです。『ふん』なんて鼻を鳴らした上で、人間の言葉を作ります。


「別に遊んでるだけよ。いいから口とかはさまないでくれる?」


 昔からラナは賢かったけどね。


 テメェのタマ取ったるぐらいの発言をしていたクセに、遊びとか虚言をろうしてくれるのだった。この子、そこまでして俺の命を取りたいのだろうか。本当、マジのマジで俺の命を狙ってんの? え、怖い。心の底から怖い。


 娘さんや、どうかこんな虚言に騙されないで下され。


 そう願う俺だけど、ラナの虚飾にまみれた証言が娘さんにどう響いたのか。娘さんは唐突に表情を固いものにされました。


「……そうだよね。ノーラと私は騎手と騎竜なんだから。騎竜同士のアレコレに、わざわざ口をはさむのはおかしいよね」


 なんか、普段の感じがここでよみがえってきたのでした


 そして普段であれば、俺もそこに口になんてはさまないんだけどね。娘さんと俺がただの騎手と騎竜にすぎないのは間違いないのだから。


 でもですよ? この俺がピンチな状況はですね? そのですね?


「い、いやいや! 口をはさまれて良いかと! むしろ騎手として仲裁された方が良いかと!」


 手持ちの騎竜の一体が残酷に始末されそうな状況ですし。この俺の提言は、娘さんも頷けるものであったようでした。


「え、えーと、そう……かな? 遊びかどうか良くわかんないけど、ラナ。ごめん、ちょっと大人しくしていてもらっていい?」


 元来ドラゴンは人に従順で、ラナもご多分に漏れずその通りなのだ。不満たらたらって様子だけど、自らの竜舎に首を引っ込めた。


 俺はホッと一息だった。これでなんとか俺の寿命はここで尽きることが無くなったようだ。そして、ようやく関心を娘さんの用事に向けられるらしい。


「どうされました? ハルベイユ侯から急ぎの伝言なんですよね?」


 ちょっと記憶が薄いけど、娘さんはそうおっしゃっておられたような。娘さんはすかさず頷きを見せられました。


「そう! 緊急の用件だからって、急ぎの騎竜をハルベイユ侯が送ってこられたみたいで……って、む」


 唐突に、仏頂面になられる娘さんでした。なんか、次の展開は予想出来るような。娘さんは「ごほん」とせきばらいをされた上で、再び口を開かれます。


「まぁ、勘違いはしないでね? ノーラはあくまでも騎竜だから。それでもこうして伝えに来ているのは、伝令の人がノーラにもってそうおっしゃっただけ。ここ大事だからね? ほんと重要」


 若干ツンデレ風味を感じないでも無いけど、そこはともかく。ハルベイユ侯からの用件っていうのが気になるところでした。内憂って言うか、この国は2つに割れているようなものみたいだし。その辺りで、マズめの伝令でもあったのかどうか。


「え、えぇ、もちろん。その辺りについては重々。それであの、内容の方は?」


「ラウ家に対する招集だって」


「招集。となると、戦争? 相手はギュネイですか?」


 最近の脈絡的にそうとしか思えなかったのだけど、娘さんは首を横に振られるのだった。


「私もそう思ったけどギュネイじゃ無いって」


「へぇ。それじゃあ……カルバ? お隣さんなのでしょうか」


 ギュネイが相手では無ければ、思い当たるのはこれしか無かった。この国、アルヴィルのお隣さんである大国だ。以前に一度俺と娘さんもカルバとの戦に参加したことはあったけど、今回もってことなのかどうか。


 案の定と言いますか、娘さんは頷きを見せられます。となると、以前のことをより思い出すことになりました。アレはカルバがアルヴィルの国境を超えてきたために発生したものだったらしいですが。


「侵攻を受けたということなのでしょうか?」


「違うみたい。防衛戦ってわけじゃ無いみたいで」


「え? じゃあ、攻め込むので?」


 この状況で? って話になるのでした。内憂抱えてなかなかチャレンジングな話だよなぁ。現状この国の実権を握っているのは、娘さんも懇意にされているカミールさんらしいけど、あの人がねぇ。奔放な人に見えて、けっこう堅実な人であるように俺は思っていたけれどさ。何か理由でもあるのかしら? 最近のストレス発散とか、まさかそんな?


 しかし、これは無駄な勘ぐりだったようです。娘さんは再び首を左右にされました。


「そうでも無いらしくて。救援って、そうなるらしいけど」


「救援? ……え、どなたへの救援で?」


「だからカルバ。カルバを救援するんだって。私もまだ全然理解してないけどそうらしいの」


 へぇ、としか返すことは出来ませんでした。


 救援。カルバを助ける? 敵国を? そして、その敵国を一体誰から?


 娘さんも本当にそれが疑問みたいです。1人と1体をして、お互いに首をかしげ合う時間が続きました。




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