第3話:俺と、竜舎でのひと時(1)
いざ、在りし日を再び。
って気分で俺はいたりしました。娘さんが俺を騎竜として信頼してくれて、俺は騎竜としてその信頼に応えていく。これが俺の理想だよね、理想。この日々を取り戻さんと、俺は無い頭を枯れるぐらいに絞りました。それはもう変な液体が出るぐらいに絞りました。そして、
『あ、アルバさーん』
なんかいつも通りになったのでした。
ラウ家の素朴ながらに心が落ち着く竜舎においてでした。俺は隣の房のアルバに、情けなくもすがらさせていただいているのです。
もうね、困ったらこの方よ。このドラゴン様よ。俺の唯一無二の頼れるご友人であるアルバ様よ。今回もきっと俺の悩みにズバリの回答を寄せて下さるはず。そう思って、呼びかけさせて頂いているのですが……あ、あの、アルバさーん?
寝ておられました。
これまたいつも通りではあるのだけど、アルバは丸くなっていた。いや、いつも以上か? 屋敷に帰ってからだけど、アルバの寝ている姿しか見えていないような。
『あのー、アルバ? ちょっと寝過ぎじゃない? 大丈夫? 体調悪い?』
相談は置いておいて、心配になって尋ねてみる。体力の保全のために丸くなっているんじゃないかって、それが心配になるし。
首を伸ばして覗き込む俺を、アルバは薄目を開いて見返してきた。
『……寝溜めだ』
『は?』
『せっかく安心出来る場所に帰ってこれたからな。またどこぞへ行かされるか分からんし、今の内にってことだ』
そして、そんな言い分だった。寝られる内に寝ておこうって感じなのかな? どう考えても、リャナスの屋敷でも終始寝こけていたような気がするけど……質? 睡眠の質とかこだわっちゃう系ドラゴン? すごい。前世の俺よりも健康的な感じが。
『まぁ、うん。元気なら良いけどさ。でも、寝溜めとか出来るの?』
そんなことがちょっと気になった。人間にはそんな能力が無いわけで、ドラゴンとしての俺もそんな能力を実感したことは無かったけど。アルバはしばし虚空を見つめた上で応じてきた。
『……どうだ? どうなんだ?』
『いや、正直聞かれても』
『まぁ、寝たいんだ。寝てなんか問題が?』
『もちろんどうぞだけど……あのー? 出来れば相談の方をですね、聞いて頂けたらですね?』
ありがたいなって俺は思うんですけど、あ、ダメ? アルバはあっさりと再び目を閉じた。
『悪いが却下だ。あの小さいヤツのことだよな?』
『そ、そうそう! 娘さんとの仲がさ、ちょっと色々とアレで……』
『だから、却下だ。人間のことはさっぱり興味も無ければ、何かしら言えることがあるとは思えん』
『そ、それはまぁ、そうかもだけど……』
『まぁ、聞くだけなら出来るが今は眠いんだ。あっちにしてくれ。あっちであれば人間に関しても言えることがあるだろうさ』
あっちなんてこの場では心当たりは1つしかあり得ない。俺は『うっ』と言葉を詰まらせることになった。
『あ、あっちかぁ』
『あっちとも色々あるのは理解しているがな。あっちの方が俺よりはるかに適任だろう』
それだけ言って、アルバは寝息を立て始めた。なので俺は仕方なくアルバの言うところのあっちに目を向けることになったけど……あっちかぁ。
そこには当然ラナがいて、今は丸くなって午睡を楽しんでいた。こ、こっちかぁ。こっちねー、うーん。
頼れる相手であることは間違いないのだ。もとから頼れる幼なじみであって、今では人の言葉にも通じている。人間のことを相談するんだったら、むしろアルバよりも適任かもしれなかった。
でもなぁ、本当なぁ。こっちはこっちでさ、気まずかったりするんだよなぁ。
こっちも式典からだけど、なんか妙に苛立っているのだ。俺に対して不満があるって感じで、妙にとげとげしい感じを見せてきていた。
理由はさっぱりなんだけど、とにかくそうね。ラナが俺の相談に乗ってくれるかって言ったら、正直ひじょーに怪しかった。
でも、頼れそうなのはラナぐらいしかいないんだよなー。どうしょう、本当どうしよう。
そうして、ラナを見つめて首をゆらゆらしていると……あ。気づかれたっぽい。ラナはじろりと俺を上目遣いににらみつけてきた。
『なにさ、じろじろ見てきてうっとうしい』
や、やっぱりだよなー。
睡眠を邪魔されたためなのかはイマイチ判然としないけど、ラナの目つきは平穏さとは無縁のものだった。
そ、相談ねぇ?
アルバの提案だけどこれはなぁ。相談出来るような感じじゃないよなぁ。
『ご、ごめん。邪魔するつもりは無いから、どうぞその睡眠の方を』
相談は諦めて引き下がることにしました。ただ、あら? ラナは丸くなったままだけど、再び目を閉じることは無かった。
『どうせさ、サーリャについての話でしょ?』
とにかく頷くことになりました。ま、まぁその、はい。俺の悩みなんて、どうせ娘さんにまつわるアレコレ程度でございます。しかし、これ大丈夫? ぶっちゃけ怖い。本当、目つきがね。殺気に似たものがなんかにじんでいるような。
『あ、あの、ラナ? 眠たいんだったら気にしてくれなくてもいいんだけど』
『なんかサーリャとの関係がアレなんでしょ? いいから聞かせなさいよ』
『い、いやでも、ラナさんがおやすみされたいのでしたら……』
『さっさと言え。いいから』
そうしてラナはじろりと俺の顔をねめつけてきた。だからあの、怖いです。相談って言うより、尋問されてるって感じです。で、これ以上遠慮したら、言葉じゃなくってラナ得意のもぐもぐばぎばぎの餌食になりそうな予感が。
こ、これはうん。恐ろしくもありがたくです。おすがりさせていただきましょうか。
『じゃ、じゃあ、ちょっといいかな? 俺がさ、娘さんに好きだなんて思わずもらしちゃったの覚えてるよね?』
『そうだったわね……絶対言わないって言ったクセに』
俺はその語気にちょっとひるむのだった。明らかに怒気が籠もっていて、この辺りにラナが不機嫌な理由があるのかどうか。いや、それでなんでラナが不機嫌にならなければいけないのか意味不明だけど。
『あ、あー、うん。俺も言うつもりは無かったけど言っちゃったんだよね。それであの、話しかけるのも怒られるような感じになっちゃって。騎竜としての分をわきまえろって感じで』
『ふーん。まぁ、アイツも似たようなこと言ってたからね』
『へ?』
『ノーラは私にとって騎竜だから。だったかしらね?』
俺は『へぇ』となりました。
そう言えば、俺が好きって伝えてしまった時に、娘さんはラナをさらってどこぞへ走り去られましたっけ。そっか。その時にそんなやりとりが……う、うーむ。
『がっかりした?』
ラナが不意にそんな妙なことを聞いてきたけど、い、いやいや! 俺はぶるんぶるんと首を左右にすることになった。
『んなのまさかっ!! 俺はんなの求めてないしっ!! そんな分不相応なねっ!! ないからっ!!』
まぁ、そのね?
実際のところは、ちょっと胸がうずくところはありました。でも、そりゃそうだってなるしかないし。
そんなことを思う俺の姿がラナにはどう映ったのか。『ふーん』と小さく声を上げてきた。
『そういうところはアンタ徹底してるわよね』
『まぁ、そりゃあね。俺はドラゴンで、娘さんは人間なんだから』
『せっかく思いを伝えたから、その先へとかは?』
『だから無いってば。そんなことを望んだら、全てを失いかねないし』
『そ。まぁ、アンタらしいか』
『そうだよ。で、相談なんだけどさ。俺は娘さんと元の関係に戻りたくて、そのために何をすれば……って、ちょっと?』
思わず問いかけることになった。
俺の相談を存外優しく受け入れてくれていたラナさんなんですけどね。不意に目を閉じられました。その様子はどう見ても、これ以上の相談は知らんって感じです。
『あ、あのー、ラナさん? もしもーし?』
『私は満足した。だから寝る』
『え、え?』
『サーリャのヤツはよく分からなくて、アンタにその気は無くて。分かった。私は満足』
『よく分からないんですけど、あのー? 俺はさっぱり満足していないのですが?』
『んなこと知ったことか。でも……』
『でも?』
『……このままじゃあダメよねぇ』
そうして、ラナは良くわからないため息を吐いて俺を再び見上げてきた。
『アンタさ、私にして欲しいこととかある?』
そしてまた、妙なことを聞いてきた。えーあー、し、して欲しいこと? それはもう、直近で1つはもちろんあるけれど。
『ご助言を頂けたら私としては幸いなのですが……』
『ぶっ殺すぞ』
『え、えぇ?』
『それ以外。それ以外でなんかして欲しいことあるの? いいから言ってみなさいよ』
俺は首をかしげてラナを見つめることになった。お、俺がラナにして欲しいこと?
一昔前だったら即答出来た。噛まないで下さい、大人しくしていて下さい。これに尽きて、実際に何度もお願いしたような。しかし、うーむ。今か。邪竜感が薄味になったラナさんにして欲しいこと。そんなものはなぁ。
『……一緒にいてくれたら十分だけどねぇ』
それが俺の返答になるけど、ラナはその内容に不満であるらしい。
『はぁ? 一緒にいてくれたらって、そんなの今まで通りでしょ?』
本当、その通りなんだけどね。手のひらちょっとのトカゲの時代から、今まで見事に一緒の時間を過ごしてきたのだ。でも、それは俺にとっては普通のことではあり得ないし。
『今まで通りだけど、それが俺にとっては大切なことだから。ラナがそばにいてくれることが何よりもありがたいから』
なんとも青臭いと言うか、けっこう気取ったような言い回しになったけどさ。これが素直なところだよなぁ。気心の知れた友人と一緒にいられる贅沢。分不相応な願いの感じがすごいけど、これはね、望んじゃうよななぁ。ラナともアルバとも。末永く友人として一緒あれたらって。
しかし、コミュ障の感傷にまみれたこの発言はドラゴンさんにはどう響いたのかね。
ラナはぐっと眉間にしわを寄せていた。表情筋なんて皆無のドラゴンだけど、これは数少ないドラゴンの分かりやすい表情だよね。
状況によっては不快だとかそういう感情の発露なんだろうけど、今はおそらく理解に苦しんでいるって感じかな?
まぁ、その思いはなんとなく理解出来るのだった。さっきも不思議の声を上げていたけど、ラナにとっては俺やアルバが一緒にいることは当然のことだし。そして、俺みたいに友人がいないなんて経験も無いわけで。俺の友人というものへの思い入れや、失うことへの恐怖みたいなのはそりゃ理解出来ないよなぁ。
とか俺はラナの胸中を推測したわけだけど、実際のところラナは何を思っていたのか。けっこうな間をおいて口を開いてきた。
『……私と一緒にいたいって、そういうことよね?』
何を考えていたのかは知らないけど、出てきたのはこんな疑問の声だった。んで、その疑問が何を意味するかは分からないけど、まぁ、そういうことだし。貴女と一緒にいたいですってちょっと気恥ずかしいところはあるけれど、返事はもちろん肯定だった。