第7話:俺と、ドラゴン相談会
集落にたどり着いて一晩が経ちました。
朝日を迎える。俺は眠たい目で、山の稜線から登る黄色っぽい太陽を見上げるのだった。
やっぱねぇ、環境が違うとねぇ。
周囲に見知らぬドラゴンが大勢いる。これだけでも正直緊張するというか寝づらいところがあった。
それに、俺が何故ここにいるのかと言えば、それは戦争なわけで。娘さんが招集された戦争なわけで。
思うところは多かった。だから、どうにも眠りは浅くならざるを得なかったのだ。
ただ、俺はいいよね。問題は娘さんだ。娘さんの方が、俺より思うところは十倍多いだろうしね。
俺の強奪問題。娘さん自身の婿取り問題。それらを解決するために、この戦で活躍しなければならないと思い悩んでいたりして……
本当辛いと思うし、心配だった。ただ、ちょっとホッと出来ることもありしまして。
『なぁ、ノーラ』
生来の肝の太さを発揮して、ぐっすり熟睡の寝起きすっきりなアルバが声をかけてくる。
『どうしたのさ、アルバ』
疑問を返しつつも、俺は大体アルバの言いたいことは分かっていた。そりゃまあね。アルバにしたって、そりゃ気になるよね。
『なんでコイツがここにいるんだ?』
ですよねー。納得の疑問の声でした。
俺のすぐ側だった。そこには毛布にくるまって熟睡する人影があった。細い金の髪に寝癖をつけながら、「すーすー」と健やかな寝息を立てている。
はい、娘さんです。娘さんがここで寝ているのです。
このことがですね、俺がホッとした理由だったりする。
集落でどう過ごすんだろうというのが心配の種だったのだ。
クライゼさんがついてくれていると言っても、あそこ男ばっかりだしね。あそこで過ごすのは気苦労が多いだろうなと、そこを心配していたのだ。
だが、娘さんはここを選んでくれたわけでして。
『ここの方が居心地が良いからだってさ』
アルバへの返答は、昨夜に娘さんが言っていたことだ。
実際、娘さんは気持ちよく寝入ってくれているようだった。秋だし野外なのだけど、それでも気持ちよさそうに快眠してくれている。
少しでも気の休まる時間が出来たのなら、それは良かったなと俺は思うのだ。
ただ、一方で……ちょっと辛いところはあったりするんだけど。
娘さんはこれだけ俺を信頼してくれている。
それなのに俺は娘さんのために出来ることをしていない。そんな気分にさせられるのだ。
『……うわ、ウザイやつがまだいるじゃん』
ラナが起き出してきた。ラナは俺に似て神経の細いところがある。かなり眠りが浅かったと見えて、とても不機嫌そうに見えるが……ウザイやつって、キミねぇ。
『ラナさ。それ、そろそろ止めない? ウザイやつは失礼でしょ』
『なんでさ。前なんていきなり叫びだしたし、それにこんな所に連れてくるし。どう考えてもウザイやつじゃない』
前者はともかく、後者は娘さんの責任じゃないんだけど……まぁ、ドラゴンからすれば判別は難しいことか。
『とにかく止めなさいね。なんか聞こえが悪いし』
『そんなの気にしてるのアンタだけじゃないのさ』
まぁ、その通りではあるけれど。でも俺は個人的な好みとして、ラナへのこの訴えを続けていこうと思います。娘さんへの罵倒は許さないのであります。
『しかし腹立つなぁ。私はロクに寝られてないのに』
娘さんを見下ろしながら、ラナがそんな性格の悪いことを言いやがりました。
『別に良いでしょ。それでラナに迷惑がかかってるわけじゃないんだし』
『でもさぁ、腹立たない? アンタも昨日はけっこう長い間起きてたでしょ?』
『確かに起きてたけどさ。なんでそれで娘さんにイラつかなきゃならないんだよ』
本当に分かんないんだよなぁ。幼い時に多少遊ぶのを邪魔されたとはいえ、ラナは何でここまで娘さんを嫌っているのかねぇ。
『……お前、ずっと悩んでるよな』
まったくもって不意打ちだった。
俺はびっくりしてアルバの顔を見つめた。あるいは、これは以前の続きなのだろうか。アルバは真剣な目をして、俺の目を見返してくる。
『前も言ったけどさ、悩みがあったら言えよ。長いこと起きてたのも、多分そのことだよな? 正直、俺も気になってる。一体、お前は何を悩んでるんだ?』
先日より、一層心配をしてくれているということか。踏み込みは以前よりも鋭かった。ラナもまた同調して声を上げてくる。
『あ、それ私も思ってた。なんか妙にうじうじしてるしさ。なにさ、悩み事なの? いいじゃん一回聞かせてみなさいよ』
二体のドラゴンが俺の顔をじっと見つめてくる。アルバは本当に親身な視線を俺に向けてきている。ラナも意外なほど真剣な目をして俺を見てきている。
そんな二体の視線を受けて、俺は……
『あ、ありがとう……』
思わずお礼を言っていた。前も思ったが、前世じゃこんな風に俺を思ってくれる人なんて誰もいなかった。それなのに、この二体はこんなにも真剣に俺の悩みを聞いてくれようとしている。
こんなことを聞かされても、この二体は困るだけかもしれない。
だが、それでも打ち明けてみたいと俺は思った。
『……娘さんとさ、話そうかどうかって、それでちょっとね』
打ち明ける。ラナは『ん?』と頭をかしげてくる。
『このウザイやつと? 話す? どうやって?』
納得の疑問の声。俺は慌てて言葉を付け加える。
『い、いや、話すってそりゃ無理なんだけど……俺って、人間の言葉が分かるでしょ?』
『そうらしいわね』
『だから、何とかすれば意思の疎通が出来るかなって。そう思ってるんだけど』
『なんとかねぇ?』
ラナはパッときていないようだったが、俺には人間としての知識がある。筆談や手話なんて方法も知っている。言葉が話せなくても、交流する手段はあるはずだった。
『しかし、何で今さら話そうなんて思ったんだ? 今までは話そうなんてしてこなかったよな?』
今度はアルバが頭をかしげてきた。この疑問ももっともなものだった。
『いやさ、最近、娘さんってけっこう暗いっていうか、悩んでる感じでしょ?』
『まぁ、そんな感じはするな』
『それで、俺は何で娘さんが悩んでいるのか、推測だけど分かってるような感じで』
『ふむ。それでか?』
『うん。その悩みを少しでも軽くして上げられればって。意思の疎通が出来れば、それも出来るかなって』
その結果として、娘さんが活躍出来れば、娘さんは婿を取れと言われるようなことはなくなるだろう。俺もハルベイユ候に取られずにすむかもしれない。
そうなれば、それが俺と娘さんにとって、最良の結果になるはずだった。
アルバは納得したように頷いた。そして、ラナは何故かイヤそうな顔をした。
『ええー、何で? 何でこんなヤツのために? コイツなんて、ただのウザイやつじゃん』
え、えーと、キミにとってはそうかもしれませんが……俺にとっては大切な人なわけで。
そのことを説明しようとしたが、その必要は無かった。アルバがラナに一言申してくれた。
『ラナ、別にいいだろう。ノーラにとってはウザイやつじゃないって、それだけのことなんだから』
『別にいいけどさー。でもなー。えー?』
『とにかく、ノーラはこの小さいのを助けてやりたいんだな?』
コイツ、人間に生まれたら絶対にモテモテだったろうな。そんなことを思いつつ、俺は頷きを返す。
『分不相応かもしれないけど、そう思ってる。なんか信用してもらっているみたいだし、それに応えて上げたいなって』
『ふーむ、信用か。まぁ、されているだろうな。この小さいのは、いつもお前と一緒にいたがる。それは今もそうか』
娘さんはまだ寝ていた。俺の側で丸くなるようにして、ぐっすり寝入っている。
『じゃあさ、さっさと話しかけてやればいいじゃん』
ラナが何故か不機嫌そうに、そんなことを言ってきた。
『あのウザイのが大切なら、そうしてやればいいじゃん。それですむ話じゃないの、これってさ?』
『ふむ。俺もそう思う。話を聞いて思ったが、お前は何を悩んでいるんだ? この小さいのを助けたいのなら、さっさとすればいいだろうに』
二体のドラゴンが、じっと俺に疑問の目を向けてきている。
そうなのである。
助けたいのなら、意思の疎通をしたいのなら、さっさとそうすればいい。その通りである。
でも、俺はためらっている。
その理由はと言えば……
『……怖いから』
二体はそろって首をかしげた。
『怖いって、は?』
『すまん。推測も出来ん。お前は何が怖いって言ってるんだ?』
これまた納得の疑問だった。
俺が何を怖いと言っているのか。最初は俺も自分でよく分からなかった。だが、悩んでいる内にだんだんと把握出来るようになってきた。
俺が何を怖いと言っているのか。それは本当、情けないというか俺らしいことなのだが……
『あ』
ラナの声だった。ラナは地面の方へと視線を下ろしている。俺は口を開こうとしていたところだったが、つられて視線を地面に落とす。
そこにいたのは娘さんだった。娘さんが「んー」と伸びをしている。あー、うるさかったかな? 娘さんがどうやら起きられたようで。
「あー、よく寝た。久しぶりかもこんなに熟睡したの」
すっきりお目々で、上半身を起こしていた。熟睡が出来たのは良かったですけど……とりあえず、話は終わりってことになるだろうか。
『やっぱり、こいつウザイ。間違いない』
『まぁ、次の落ち着ける時ってことになるか』
とりあえずお開きということになりました。
すっきり打ち明けることが出来なかった。そんな残念な思いはある。だが一方で、俺はちょっとホッとしていた。自分の恥ずかしい部分を公にせずにすんだ。そんな安堵の思いも確かにあったのだ。
「みんなももう起きてたんだ。ラナもアルバもおはようね。ノーラもおはよう。今日もよろしくね」
娘さんは花が開くような笑顔で俺を仰いでいるが……これが理由なんだよなぁ。
何で、俺が娘さんとの意思の疎通を怖いと思っているのか。
この笑顔が俺に向くことが無くなるかもしれない。
それが俺はひたすらに怖いのだ。