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俺と、クライゼさんの嫁取り(8)

「……なぁ? どうしたんだ、サーバスは?」


 心底不思議そうなクライゼさんでした。俺は素直に現状について告げさせて頂きます。


「クライゼさんに相談相手に選んでもらえたって、そう喜んでおられるみたいです」


「そんなことを喜んでいるのか? まったく、可愛らしいヤツだな」


 苦笑交じりのクライゼさんの感慨でしたが、まったく、はい。その点についてはまったく同感で。


『相談。なに? まだ?』


 サーバスさんはウキウキとして待っておられて。しかし……うーむ。よく考えれば、これ、けっこんの話題なんですよね。このウキウキ感がいつまで保ってくれるかって、そんな心配が湧いてきますが。


「サーバスはまだ、話すのも聞くのも達者では無いのだろう? 悪いが、伝えてくれるか?」


 必然的に、俺が通訳の役割を担うようです。どう伝えれば、サーバスさんが意欲を保ったままでいて下さるのか? 悩ましいところでしたが、もとより俺にはそんな話術は無く。努力はしつつも、当たって砕けろの精神でいくしかないですかねぇ。


『えー、サーバスさん。クライゼさんの相談の中身なのですが』


『うん、何?』


『あー、えー、けっこんのですね? 話だったりしまして……』


『え?』


 サーバスさんからはウキウキした気配が見事に消え去るのでした。


『……なんか眠たく』


『ならないで下さいっ! クライゼさんはですね、けっこんする気はありませんからっ!』


『え?』


『けっこんする気は無いんですけど、クライゼさんの大事な人からそれを求められていまして! クライゼさんはどうすべきかって悩んでおられて! それが相談です!』


 ゆっくりと俺の言葉を胸中で咀嚼(そしゃく)しておられる感じでした。


 サーバスさんは少しばかり間を置いてから口を開かれます。


『……そっか。けっこんする気はなくて、でもクライゼは悩んでて。じゃあ、うん。聞かせて、ノーラ。詳しく』


 クライゼさんにその気が無いことに安心された上で、クライゼさんの力になりたいって強く思われているようで。


 なので、言われた通りにでした。


 俺は耳にすることになった、クライゼさんとハイゼさんの思いのようなものをサーバスさんに伝えさせてもらいました。ハイゼさんが何を思ってクライゼさんに嫁取りを望まれているのかを。何を思ってクライゼさんはそれを否とされて、しかし否を押し通すことになっていないのかを。


『……正直、よく分からないけど』


 そうおっしゃって、サーバスさんは黙り込まれました。ドラゴンの感性では理解出来ない部分が大きかったようなのですがね。ともあれ相談にどう答えるかと考え込んでおられているようで。


 しかし……気になるなぁ。


 俺はサーバスさんの真剣な表情を見つめることになります。この方はどう答えられるんでしょうねぇ。


 俺が娘さんからです。男になんぞ興味は無いが、親父さんが婿を求めてきてどうしようか迷っている。みたいな話を受けたとしたらです。

 

 ……いやまぁ、現実もこれに近いような気はしますが、それはともかく。俺だったらどう答えるでしょうかね、これ。


 俺の娘さんへの思いもあれば。簡単には多分答えられないでしょうねぇ。自分に都合が良いからって、んなの無視しましょう! とはなれませんし、かと言って望まれてるんですからっていうのもねぇ。男になんぞ興味がないってことを考えますと、うーん。大事な人の意向は尊重したくありますし。


 サーバスさんはおそらくクライゼさんのことがす……きかどうかは分かりませんが。相当の好意を向けておられるのは間違いなくて。


 そんなサーバスさんは、クライゼさんにどう応えられるのか? めちゃくちゃ悩ましげでした。『うーん』としばらく唸られて、そして、


『……はぁ』


 何故かため息を吐かれました。その上で、俺を見つめてこられます。


『じゃ、ノーラ。伝えてもらってもいい?』


 どうやら自分でお伝えされる気は無いようでしたが、その理由を俺はすぐに察することになりました。クライゼさんへの返答をお聞きしたのですがね、これはまぁ……うん。俺がサーバスさんの立場であれば、これを伝えるのにはちょっとエネルギーが必要だろうなぁ。


『よろしく。お休み』


 そうして、サーバスさんは再び丸くなられて。じっと待っておられたクライゼさんは首をかしげられます。


「なんだ? 何か答えてくれるものと思っていたが」


 ドラゴン同士のやりとりに取り残されておられたクライゼさんですので。少しばかりがっかりされたような雰囲気でしたが、俺は首を横に振って応じます。


「サーバスさんはまだ人間の言葉に慣れておられませんので。なので、私が代わりにということで」


「なるほど、そういうことか。だが、だったら寝るまでの必要はあるのか?」


「へ? え、えーと、まぁ、もう夕方ですし?」


 寝ててもおかしくないんじゃないですかね? 俺たちって、日が昇ると共に起きて、日が沈むと共に眠る生き物ですし? みたいなノリでの返答でした。サーバスさんがあまり口にしたくないだろうからって答えちゃうのは、ちょっと踏み込みすぎな気がしまして。俺の想像に過ぎないわけで。


「確かに、おかしくは無いか。何やら寝すぎのような気はするがな」


 一応、納得して頂けたようなので。


 俺はサーバスさんから伝えて頂いた内容を、早速伝えさせてもらいます。


「サーバスさんはですが……クライゼさんはお嫁さんを迎えられたらどうかとおっしゃっていました」


 この回答は、クライゼさんにとって予想の内であったのか、はたまた好ましいものであったのかどうか。無表情に無精ヒゲをさすられます。


「ふむ。嫁取りをしろとか。それは何故だ? サーバスは何を思って、そんな結論になったんだ?」


「サーバスさんはクライゼさんに苦しんでは欲しくはないそうで」


「苦しむ?」


「私が良く悩んだりしていますけど、そうはなって欲しくないと思われたみたいでして」


「……ふむ」


「サーバスさんにとっては、とにかくそれが一番であるようでした。クライゼさんが苦しい思いをされないことが、何よりも大事であるようで」


 サーバスさんには葛藤があったようなんですけどね。


 実際、けっこんなんてして欲しくはなかったみたいなんです。それでも、けっこんするなとは口に出来なかったようで。クライゼさんのことを考えた時に、それを口にする選択肢は無かったようで。


 クライゼさんはたぬき寝入りをするサーバスさんを真剣な表情で見つめられます。


「……苦しんで欲しくはないか。確かに、受け入れない限りはご当主に気兼ねすることにはなるが」


 クライゼさんは一つ頷かれました。


「そうか。苦しんで欲しくはないか、ふむ」


 サーバスさんのお言葉は、クライゼさんに少なくない影響があったのではないでしょうか。


 クライゼさんは日が完全に落ちきっても、しばらくサーバスさんを見つめ続けられました

 


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