俺と、クライゼさんの嫁取り(7)
「クライゼさんとハイゼさんは、やはり特別って感じがしますね」
ハイゼさんは年の離れた弟のようなんて、クライゼさんについておっしゃっていましたが。主従を超えた絆が、このお二人にはあるようで。
珍しくです。
クライゼさんは実にわかりやすい嬉しそうな笑顔を見せられました。
「そうだな。俺にとってもあの方は特別だ。年の離れた兄のようにも思っている。だからこそ……はぁ。頼まれると、どうにも断りがたいのだが」
そのため息がどんな理由があって吐かれたのか。さすがに俺でも分かるのでした。
「お嫁さんですか?」
「そうだ。どうにもまったく断り難い」
本当、鬱々とされている感じでした。俺の竜舎の木柵にすがって、「はぁ」と再びのため息で。
兄弟のようなハイゼさんの頼みを断らなければならない。そのことへの苦しさがにじみ出ているようでしたが、えーと? 俺は疑問を抱いていまして、それを尋ねさせて頂くことにします。
「クライゼさんは、お嫁さんは迎えられたくないので?」
「迎えたくは無いな。まったく無い」
「それはまた、あの何故でしょうか?」
そこが気になるところでしたが、クライゼさんはこの人らしく淡々と語られました。
「有り体に言えば、そこに時間はかけたくないという話だな」
「じ、時間ですか?」
「そうだ。嫁を取ったら、それで終わりとはいくまい? ある程度時間を割く必要があれば、子供などが出来ればなおさらだ。時間を奪われる。それが何とも嫌でな」
正直です。無味乾燥なものを感じると言いますか、う、うーむ。
「あの、本気の本気で、結婚に興味が無いんですね?」
「だな。無い。欠片も無い」
「それはあの、何故で? 時間というものを気にされていましたが、それが理由で?」
クライゼさんは「うむ」と頷かれます。
「そういうことだ。騎手としてご当主のために貢献する時間がなくなる。それが理由だ」
「騎手としてですか?」
「そうだ。俺にはそれ以外の価値はあるまい? 騎手としての実力を磨き、そこで得られたモノを後進たちに伝授していく。ご当主の要望もあれば、サーリャとの時間もその一環だな。まぁ、アイツとの時間は、今では俺の訓練としての側面の方がはるかに大きいが」
「えー、サーリャさんの騎竜として、ありがとうございますですが……騎手としてハイゼさんに尽くすためにあー、お嫁さんはお邪魔だと?」
「言ってしまえばな。一族など作ったところで、俺がご当主のために貢献出来るとは思えん。騎手として鍛錬し、そこで得たものを伝えていく。これが俺に出来る最大の貢献だろうさ」
納得出来るような気はしました。
クライゼさんは稀代の騎手であって。だからこそ騎手として活躍し、そのノウハウを伝えていく。そこに時間を割くことで、ハイゼさんへの貢献としたいというのは非常に合理的であるように俺には思えました。
ただまぁ、はい。
ハイゼさんがクライゼさんへと求めることは、それとは少し違いまして。
「ハイゼさんはえー、家族ぐるみの付き合いみたいなものを望んでおられるようですが」
この言い方が正しいのかは分かりませんが、ハイゼさんはクライゼさんと子孫代々の付き合いを望んでおられるような感じでして。
クライゼさんは悩ましげに頷かれます。
「そうらしいな。俺としては、そんなものにさしたる意味があるとは思えんのだが。だが、ご当主の思いであればな。無下にはしにくく、だからこそ困っているのだが」
兄弟のようなお二人でも価値観はかなり違うってことのようですねー。クライゼさんは不意に俺の竜舎から離れられまして。サーバスさんの竜舎へと、体の正面を向けられました。
「なぁ、ノーラ? サーバスはどう思うだろうか?」
「へ? サーバスさんですか?」
「あぁ、興味が無いとは思うがな。それでも聞いてみたいと思うのだ。俺の悩みについて、コイツが何を思うのかを」
サーバスさんはいぜんとしてとぐろを巻いておられますが。そんなサーバスさんを見つめられるクライゼさんの目には、ハイゼさんについて語られた時に負けないほどに親愛の情がにじんでいるようで。
「クライゼさんは、サーバスさんのことを大事にされているんですね」
ちょっと流れを遮っちゃいますけど、思わず言葉にしちゃいます。クライゼさんは穏やかな顔のままで頷かれます。
「あぁ、そうだな。コイツは俺が初めて出会った怖がらずにすむドラゴンだったからな」
「怖がらずにすむですか?」
「初めて乗った時からな、俺にとってドラゴンは怖いものだった。正確には、空を飛ぶことがな。ドラゴン次第で、自分はすぐにでも地面に落とされる。そんな恐怖は正直ぬぐいさることが出来なかった」
俺は頷きを返していました。
なんか、それは非常に理解出来るような。前世の俺も、飛行機に乗る機会があれば、これが落ちたらもう俺はどうしようもないなって怯えたりしていましたが。
「サーバスさんは違いましたか?」
「あぁ。不思議な安心感があったな。コイツだったら問題ない。いつでもどんな状況でも、サーバスであれば俺を支えて飛んでくれる。そう信じられたのだ。俺が信頼を置けた、最初で最高のドラゴンだな」
最初で最高のドラゴンかぁ。文字通り最高の褒め言葉であり、でしょうねーって感じでしたが、それはともかくです。
俺は慌ててサーバスさんに顔を向けます。なんかですね。今のクライゼさんのお言葉は、是非ともサーバスさんにお伝えしたような気持ちになりまして。
『さ、サーバスさん! 起きてますよね? 実はちゃんと起きてますよね!』
『……そうでもないよ?』
『そうでもあるでしょ! あのですね、クライゼさんが、サーバスさんを最高のドラゴンですって! そうおっしゃっていましたよ!』
パチリとサーバスさんは目を開かれました。喜ばれるとは思っていましたが、やはりですねー。なんて思ったのもつかの間でした。
『……でも、クライゼけっこんするし』
そこがやはり引っかかっておられるようで。再び『ぐー』なんて口にされての狸寝入りでした。う、うーむ。なんかこう、これはえー……勘違いじゃないかもしんない。サーバスさんは、やはりクライゼさんのことを……
「ノーラ。どうしたんだ、サーバスは?」
不思議そうなクライゼさんでしたが、憶測を元に妙なことを口にするのもアレですし。
「さ、さぁ? えー、とにかく、サーバスさんにお伝えしますね」
自身の嫁取りについての意見をクライゼさんは求められていたわけですので。俺が通訳役となりお伝えさせて頂きましょう。
『あのー、サーバスさん。ちょっといいですか?』
『……寝てるよ?』
『どこがですか。クライゼさんがですね、サーバスさんに大事なご相談があるそうで』
あるいはタヌキ寝入りが続くのかと思いましたが。
サーバスさんは『え?』と頭を上げられるのでした。
『相談? 相談って、あの相談? ノーラがよく、ラナやアルバにする?』
『そうです。まさにそれで』
『信頼する相手にする、例のあの?』
『えぇ、その点もまさしく。信頼するサーバスさんに是非にということらしくて』
『……へぇ、そっか。相談なんて初めてだ』
スタっと。
スラリとされながらも俺以上の巨体のサーバスさんなのですが。華麗に軽やかに立ち上がられました。尻尾はゆーらゆらしていますが、もう胸中なんて察する必要も無いぐらいで。
『相談。聞こっかな、相談』
けっこんの衝撃はとりあえず忘れることにされたらしく。クライゼさんをふんふん鼻を鳴らしながらに見つめられるのでした。