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俺と、クライゼさんの嫁取り(6)

 その日の夕方でした。


 また来るなんてクライゼさんはおっしゃっていましたが。早速、いらっしゃったのでした。ハイゼさんを警戒されてなのでしょう。周囲をうかがいながらに、竜舎までの道を辿っておられます。


 で、本来はです。今日の例に漏れず、クライゼさんがいらっしゃったらまず反応するのはサーバスさんなのですがね。ただ、今回はその例外となりまして。


『えーと? サーバスに乗ってるヤツよね? 珍しいわね、こんな時間に』


 けっこう鋭敏だったりするラナがまず首を伸ばし、ついで反応したのはアルバで。


『だな。あのうるさいヤツとは違うはずなんだが』


 眠たそうにそう口にしたのですが、肝心のサーバスさんはです。


 寝てます。いや、寝てるフリかな? とぐろを巻いておられるのですが、薄目を開けて、クライゼさんが歩いてこられる様子をちらりとうかがわれて。でも、それだけでした。 


 間違いなく、昼間のことを引きずっておられる様子で。それを見つめて、俺は何とも複雑な思いだったりしました。


 な、なんか、すごい親近感湧くなぁ。


 いやね、勘違いだと思うのですが。なんかもう親近感が。ショックを受けておられるように俺には思えて。俺が、娘さんとアルベールさんが仲良くされていたことに割とショックを受けていたことと、けっこう重なるところがあるような。


 まぁ、もちろん勘違い……なのでしょうか? 気になるなぁ、めっちゃ気になるなぁ。でも、今気にすべきはお客様の方ですかね。


「約束通り、また来たぞ」


 竜舎にたどり着かれたクライゼさんがそうおっしゃられましたので。俺は頭を下げて応じることになります。


「え、えぇと、はい。お昼ぶりです」


「あぁ。今はラナもアルバも起きているのだな」


 これにアルバは反応せずともラナでした。なかなか以上にこの子はです。勉強意欲が高くてですね。


「こんばんは。あってる?」


 サーバスさんが相手では無くても、この方もドラゴンがお好きですので。軽くほほえんで頷かれます。


「あぁ。あってる。こんばんはだな、ラナ」


 俺はサーバスさんに目を向けるのでした。いつもだったらです。ラナが先鞭をつけてくれたのを幸いにして、自らも試しに声を上げられたりするのですが。


 今日はそれも無しです。


 とぐろを巻いたままでチラリとクライゼさんの様子をうかがうだけでした。


「サーバスはどうした? 体調でも悪いのか?」


 当然、クライゼさんはサーバスさんの異変に気づかれましたが、うーん。俺はこれを何と説明したら良いのやら。


「体調が悪いと言いますか、えー……何やら気分が悪いと言いますか」


「気分?」


「はい。えーとですね、ハイゼさんからクライゼさんにお嫁さんをという話を聞きまして。それをお伝えしましたところ」


 とにかく、俺が妙な親近感を覚えていることなどを除いて、事実を事実として伝えさせて頂くことにしました。クライゼさんはやはりと言いますか首をかしげられます。


「そうか、ご当主からその話を聞いて……なんだ? 何故サーバスがそれで気分を悪くする?」


 正直、何となく思うところはあったりするのですが。でも、ひどい下衆の勘ぐりかもですし。ここは、俺も首をかしげておくことにします。


「さ、さぁて? その点はまだサーバスさんに尋ねさせてもらって無いので」


「ふぅむ。まぁ、サーバスが体調を悪くしていないのであればそれで良いが」


 サーバスさんは、引き続き気だるげに丸くなられていて。クライゼさんはその様子を心配そうに見つめられていましたが、問題は無さそうだと判断されたのか。俺へと視線を向けられました。


「お前がいればな。さしたる心配も無いか」


 どうやらです。クライゼさんは何かあれば俺が知らしてくれるって期待されているようで。


「はい。何かありましたらもちろん」


「よろしく頼む。それでだが、お前はご当主から俺についての話を聞いたわけだな? 話が早い。今回はな、お前に愚痴でも聞いてもらおうかと思って来たのだが」


 へぇ、ってなりました。


 クライゼさんが愚痴ですか。それはまた珍しいですが、でしたら是非とも是非ともでした。相談とか言われたら、別の窓口にお願いしますって感じですが、ただの壁としてなら俺もなかなか役に立ちますし。


 しかし、あ。そうでした、そうでした。


 ハイゼさんから嫁取りの話は聞きましたが、その時にクライゼさんの身の上の話も聞きましたので。その辺りのことをお伝えさせて頂いた方が良いでしょうか。


「あのー、クライゼさん。実はですね、クライゼさんの身の上についてもお聞きしまして」


 そう告げさせてもらいますと、クライゼさんは「ふむ」と軽く無精のアゴをさすられまして。


「お前はまったく面白いやつだな。そういうことを聞いたら、当人に伝えておかなければいけないわけか?」


「えーと、はい。かなりクライゼさんの個人的な話でしたので」


「律儀なヤツだな。まぁ、お前らしくてけっこうだが……ふむ」


 にわかに顔をしかめられたクライゼさんでした。や、やっぱり個人的な話を勝手にバラされて不愉快だったでしょうか? 


「あ、あのー、すいません。私も興味津々にうかがったりしまして」


「ん? いや、お前に対して唸っていたわけではない。問題はあの方だ。アレだな、俺が初めて騎竜に乗った時の話などは聞いたか?」


 クライゼさんが初めて騎竜に乗った話。アレですよね? ハイゼさんが最後の最後に騎手としての道を試して、クライゼさんが見事に応えられたヤツで。くそ度胸を示して、騎手としての才覚を示されたとか。


「へ? あ、はい。さすがクライゼさんだなぁと感心させて頂きましたが」


「……はぁ。あの方はまったく。真に受けるなよ。あんなものは盛りに盛った与太話だからな?」


「よ、与太話?」


 呆気に取られる俺を前にして、クライゼさんは深々とした頷きを見せられました。


「そういうことだ。初めて騎竜に乗せられて、俺は平然として降りてきたという話になっていたと思うがな」


「えー、それが盛られた話だと?」


「本当はな、真っ青な顔で降りることになった。地面ではフラフラでへたり込んで、後はゲロの嵐だった」


「え、え? あの捨てられる直前で、クソ度胸を見せられてハイゼさんのお父上に認めて頂いたって話だったのでは?」


「そこはあながち間違ってはいない。ただ、俺が見せたのはクソ度胸では無くて、やせ我慢だが。空中でも地上でも俺は一言も泣き言は口にしなかった。ゲロを吐いている時も当然だ。大丈夫です、大丈夫です、とそれしか口にはしなかった。大丈夫で無ければ捨てられると、それは分かりきっていたからな」


 俺は「へ、へぇ」と思わず呟いて。無能だと思われていた少年が、颯爽とその才能を示したって。ハイゼさんが語られたのはそんなサクセスストーリーな感じでしたが。


「なかなか、はい。泥臭い感じですね?」


「ベッタベタに泥まみれだな。あの時の俺は、必死も必死だった。だが、そこをご隠居様に気に入られたのだ。役立たずの無愛想なクソガキだと思っていただが、意外と面白いところもあるじゃないかとな。やせ我慢を買われたわけだ。決して俺が騎手の才覚を見せただとか、そんな話では無い」


「な、なるほど。しかし、でしたらハイゼさんはあの、何であんな話を?」


「血統自慢共にバカにされないようにということだ。ご当主は色々と配慮して下さっていて、これもその一環だ。血統自慢に対する来歴自慢というわけだな。盛りに盛って下さっているのだ。俺としては恥ずかしくもあれば、控えて頂きたいところだがな」


 なんかもう、なるほどばかりでした。血統主義のお貴族様が色々言ってきたとは、ハイゼさんもおっしゃっていましたが。血筋は変えられずとも来歴はって感じですかね? クライゼ伝説を作ることで、批判を軽くしようという作戦のようです。


 しかしハイゼさんとクライゼさんですよねぇ。俺はあらためて思うのでした。


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