俺と、クライゼさんの嫁取り(5)
「あの、クライゼさんは、どうにも嫌そうにされていたような」
ハイゼさんのクライゼさんへの愛情は疑いようもありません。ですが、愛情を受ける当の本人はです。なんだかありがた迷惑のような顔をされていたような。
で、そのことはハイゼさんも十分にご存知のようでした。またまた渋い顔をして頷かれます。
「そうだな。前々から、アイツはそうでな。まぁ、アイツなりの考えがあるらしいが、まったく困ったものだ」
そうハイゼさんはおっしゃられましたが、前世の価値観を引きずる俺はです。嫌がる人に、無理に結婚をさせる必要は無いんじゃないかって思えまして。
「それでもクライゼさんにご結婚を?」
あるいは非難がましく聞こえてしまったのかもしれません。ハイゼさんは苦笑を深められました。
「最近のドラゴンは情緒が豊かだな。独善的に思えて仕方なかったか?」
「い、いえいえ! そんなつもりはまったく……」
「いや、気にするな。独善的である自覚はあるのだ。ただ、それでも私はあやつに嫁を取らせたいのだが」
「えー、その、何か事情などがおありで?」
ハイゼさんは苦笑のままで首を左右に振られました。
「言ったろ? 独善的な自覚があると。私はな、ヤツをポッと出の存在で終わらせたくないのだ」
「ポッと出……ですか?」
「そうだ。一代の奉公では嫌でな。嫁を取り、子供を作り、家名を立ててな。我がハイゼ家の歴史と、これからも共にあってくれる。あやつにはな、そうあって欲しいのだ」
正直、理解は出来ませんでした。
多分、親父さんやカミールさんなら分かることなのでしょうが。個人の命よりもはるかに長い、家というものに向き合われてきた方々特有の価値観なのかと、俺は推測するしか出来ませんでした。
ただ、理解出来ることもあって。
それはハイゼさんのクライゼさんへの愛情は、並の恋人、夫婦などよりも、きっと深いのだろうということです。
「そろそろ行くぞ、ノーラ。ヤツを探さねばならんのでな。もし、またここに来たら私に顔を見せろと伝えておいてくれ」
そうおっしゃって、ハイゼさんは去っていかれました。
俺はそんなハイゼさんの背中を見送りつつ、ふーむ、で。
期せずして、クライゼさんとハイゼさんの出会いやらを耳にすることになりまして。クライゼさんが嫁取りなんて聞いて驚いたものですが、なるほど。ハイゼさんがクライゼさんにそれを求める理由についてはよく分かったような気がするのでした。
もっとも、なんでクライゼさんが嫁取りを嫌がっておられるのかは不明ですが。女性嫌いって感じの方ではありませんが、何か理由でもあるんでしょうかね。
『ノーラ』
ちょっとビックリしました。
ハイゼさんに欠片も興味を抱けなくて、クライゼさんの去られた後をぼんやり眺めておられたサーバスさんだったのですが。いつの間にか俺を見つめておられて。
『ど、どうしました?』
『クライゼの名前が出てた気がするけど。関係あった?』
ハイゼさんに興味は無くとも、ハイゼさんの語るクライゼさんの話には興味がおありのようで。
……うーむ。
俺は鎌首をもたげてちょっとためらいます。いやね? サーバスさんは俺とは違うんだけどね? 俺がアルベールさんの娘さんへの好意を目の当たりにした時のようなことにはならないと思うんですけどね? それでも何かこう、自分とかいう参考資料が判断にすごい影響を及ぼしていて。
いや、やっぱり俺とサーバスさんは違いますし。
クライゼさんに嫁取りの話が出てるってことを話したところで、何の問題も無いはずです、多分。
『けっこう関係ありました。えーとですね。クライゼさんが……あー、結婚するかもしれないって話で』
俺の意識では、意味は十分に通じたと思ったのですが。そんな言葉はドラゴンのボキャブラリーにはなかったようで。
『……けっこん?』
不思議そうに尋ねられてしまいましたが、う、うむ。これはどう説明したら良いのやら。非常にアニマルチックに説明するのなら、交尾だとかツガイだとか、そういうワードになるのですが。でも、俺も当のドラゴンで、あんまりそういうワードは使いたく無いし、そもそもそんなワードが通じるかは分からないですし、人間の結婚を表現するのに適切なワードだとは思えませんし。
『あー、そのー……人間的には好きな相手と一緒に生きる的な感じなんですが……』
『好きな相手? ……好きな相手?』
予想外でした。
サーバスさんは意外なほど敏感な反応を見せてこられました。
『好きな相手って、ノーラ? クライゼにはいるの? そういうの』
『へ? い、いえいえ、そういうわけじゃないんですけど』
『……でも、けっこん? 好きな相手と一緒に生きるって、クライゼはするんじゃないの?』
なんかこう、ぬおーってなりました。
ムズい。めちゃくちゃ説明もムズいし、サーバスさんには妙な迫力があってかなり気圧されてしまっていて。
『あーと、えー、何と言いますか……す、すいません。俺の能力じゃ説明しきれません。ただ……クライゼさんはですね、誰かとその一緒になって、一緒に暮らして、あと子供を作ってって感じで、そんな話があるみたいで』
これでどうにか伝わってはくれないものか?
そう願う俺の視線の先で、サーバスさんは繰り返されました。『一緒になって、一緒に暮らして、子供を作って』と。その上で、何故か寝こけているラナに視線を向けて。
『……うん。何となく分かった』
果たして、ラナを見つめた上での結論にどれほどの信頼性があるのか。正直どうかなぁとは思いますが、かなり説明に窮していましたので。分かったと言って下さるのでしたら、はい。
『そうですか。分かって下さいましたか』
『うん。クライゼにそういう相手が出来たかもってこと? 一緒に生きる感じの?』
想像を超えて、めちゃくちゃ分かって下さっていそうでした。ただ、出来たかもって話では無いので、そこは訂正させてもらいます。
『出来たかもでは無く、出来るかもってことですが』
『そうなんだ。えーと、ノーラ?』
『私、ちょっと寝るね』
え? と思った時には、サーバスさんはぐるりとその場で丸くなられたのでした。
意表を突かれたのはもちろんですが、かなり気にもなったのでした。
サーバスさんの様子です。
眠たそうな雰囲気は欠片も無いのですが、どうでしょう。がっくり来たというか、落胆しているというか。そんな空気が、とぐろを巻くサーバスさんにはあったのでした。




