俺と、クライゼさんの嫁取り(4)
父親に付き従って、カルバとの戦に出向いたハイゼさんの目の前にです。その少年……五、六の年にも満たないクライゼさんは突如として現れたそうで。
「アレはな、面食らったぞ」
そう口にされたハイゼさんは楽しげに笑っておられました。ハイゼさんが最大の信頼を置く、稀代の騎手との出会いの瞬間なのですから。もちろんそれは、楽しい思い出なのでしょうねぇ。
ともあれ、二十そこそこのハイゼさんは、幼きクライゼさんと出会ったそうです。戦火の農村にて、薄汚れた顔をしてボロボロの布切れをまとったクライゼさんと。
そのクライゼさんは、ハイゼさんにいきなり告げてきたそうでした。
俺を連れてけ、と。
本当、前触れも無く突然要求してきたようで。
どうやら両親を失い、食うに困ってのことだったようなのですが。とりあえず目についたハイゼさんに声をかけられたようで。それに対するハイゼさんはと言えば。
「気の毒だとは思ったがな。かと言って、戦場のみなし子にいちいちかかずらってもいられん。少し食うものをやって、追い払ってやったのだ。ところがまぁ、あの時のクライゼだ。しつこいと言って、アレほどのものは無くってな」
なんか、どこまでも付きまとわれたそうなのでした。
その村を去っても、戦場を渡り歩く間も。クライゼさんはどこまでもハイゼさんを追いかけられたようで。どこまでも幼い両足で、ただただひたすらに。その結果です。ハイゼさんは根負けすることに……ということでは無いそうでした。
「ただ者では無いと思ったのだ」
その時の感情を思い出されたのか、ハイゼさんは何度も感心の頷きを見せられました。
「どこにも行き場が無いにしてもだ。常人の体力でも、精神力でも無かった。だからな、これはきっと戦場で役に立つに違いないと思ったのだ。ハイゼ家を支えうる人間になるかもしれんとも思った。だからな、父にお願いして、私の責任で引き取ることになったわけだ」
これがハイゼさんとクライゼさんの馴れ初めであるそうでした。
なるほどねぇ、と俺でした。思わず頷いちゃいます。さすがはクライゼさんって感じでしょうか。この世界は、俺のいた世界と比べればはるかに過酷な環境でして。同情なんかを見込めるわけも無ければ、持ち前の非凡さで、生きる道筋を勝ち取られたのですねー。
しかし、感心すべきはハイゼさんもですよね。こちらも本当さすがです。目利きがすごいって言って、これ以上のものは無いと言いますか。
「それで、ハイゼさんはこの国最高の騎手を得ることになったのですねぇ」
感心を思わず声にさせてもらったのですが。ハイゼさんは頷きを見せられて、しかし何故か苦笑を浮かべられました。
「結果としてはそうだな。そこまでは決して順調では無かったが」
「へ? そうなのですか?」
「クライゼはな、最初から騎手であったわけではないのだ。戦場で拾った素性も知れない男児をだ。大事な騎竜に乗せようだなどと、私だって欠片も思ってはおらなんだ。それでまぁ……」
ハイゼさんは苦笑を深められて、続きを語られました。
最初は、人並みにと言いますか、槍やら剣やらをハイゼさんはクライゼさんに教えられたそうです。しかし、これは本当意外なのですが、クライゼさんはその手のことにはまったく才覚を見せられなかったようで。
「何をさせてもダメでな。驚くぐらい何も出来なかった。農村上がりの小童であることを差し引いても、まったくものになる気配を見せなかった。あの時はなぁ、参ったぞ。父に頼み込んでハイゼ家で引き取ったわけだが、捨ててしまえと父はカンカンでな」
「そ、それはなんとも大変な感じですが。それでも現状を考えますと、何とかなったのですよね?」
「うむ、なった。私も困り果ててな。拾った手前捨てるのも忍びなく、何とかクライゼの役に立つところを見せようとして。最後の最後にだ。騎竜に乗せてみようということになったわけだ」
それが転機だったということらしく。
ハイゼさんは楽しげにほほ笑まれました。
「一人では無いぞ。騎手の介添えがあってのことだが、とにかく乗せてみたのだ。もしかしたら、何か才覚があるところを見せてくれはしないか。そう思って……いや、願ってだな。空に上がるクライゼを見送ったものだが」
「そこで才覚を?」
「見せてくれたな。父はションベンを漏らして降りてくるだろうと嘲笑っていたが、何をか言わんやだ。クライゼは平然と降りてきた。騎手がからかって、存分に空中で大げさな軌道をとってくれたのだがな。クライゼは顔色も変えずに降りてきた」
ハイゼさんは目を細めた笑みを見せられて。
「人は空を飛ぶ生き物では無い。大の男であっても、初めて騎竜に乗せられれば正体を失うものだがな。面白かったぞ。周囲の評価がきれいにひっくり返った。父も、尋常の男児では無いとクライゼを見直した。あとは、とんとん拍子だ。クライゼは騎手としての教育を受けるようになり、見事にその実力を開花させて。今では、アルヴィル第一等の地位を得ている」
これがハイゼさんとクライゼさんの出会いの物語のようでした。
そして、これを耳することになった俺でした。うーむ、なんとも。仲の良い主従だなぁと思ってはいましたが、それはまぁ、こんな経緯を辿られたらですよねぇ。
「お互いに特別な存在なのでしょうね」
ハイゼさんは優しい笑みをして頷かれました。
「そうだな。まぁ、あやつが私をどう思っているかは分からんが、私にとっては間違いなくそうだ。自慢の家臣でもあるのだが、一方で手のかかる年の離れた弟のようでもあってな」
「昔のこともあればですか?」
「それもあればな。だからまぁ、世話を焼いてやらねばと思っているのだ。嫁の方の世話もな。してやらねば、やつは一生独り身で過ごしかねん」
笑顔は消えて、若干呆れたようなハイゼさんでした。えーと、なるほど。手のかかる弟のようだとおっしゃっていましたが、本当にそんな感じのようで。弟の世話をしてやらねばと、ハイゼさんは呆れと愛情のないまぜになった心情で思われているのでしょう。
ただ、思い出されるのはクライゼさんの顔です。あの人、舌打ちをして心から嫌そうな顔をされていましたが。