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俺と、クライゼさんの嫁取り(2)

「会話が出来るのは当分先になりそうだな? ラナのようにはいかんか?」


 俺はそれはまぁと頷くことになります。


「ラナはもとから人間の言葉にそば耳を立てていたみたいでして。あとは、ドラゴンながらに会話って文化にも親しんでいましたので」


「ふむ。お前という妙なドラゴンと過ごしてきたからこその習熟の早さか?」


「おそらくは。ですが、サーバスさんも一、二年の内には話せるようになられると思います。熱意がありますから。クライゼさんと、是非とも言葉を交わされたいようで」


 クライゼさんは今日一番の笑みを見せられるのでした。


「そうか、サーバス。お前はそう思ってくれているか」


 そう言って、サーバスさんの鼻先にポンと手を置かれて。スキンシップを受けたサーバスさんでした。俺に尋ねかける目つきを向けて来られます。


『クライゼは何て言ってるの?』


 言葉の解説をしろって意味じゃなくて、クライゼさんがどんな気持ちを表明しているのか説明してくれってことですよね、多分。


『自分と話そうとしてくれているのが嬉しいって、そんな感じです』


『……そう。良かった』


 淡々とした反応で、しかし喜びは隠しきれない様子でした。このドラゴンさんにしては珍しく、尾っぽがゆらりゆらりと揺らめいていて。


 いやぁ、良い光景ですね。


 主従がそろって、お互いの信頼関係に喜びを露わにされていて。この一幕に俺も一応寄与はしているのかな? そう思うと、何やら誇らしい気持ちになりますが。


「今日はどうされました? サーバスさんの様子をご覧に?」


 常ならず体調が優れないご様子で、何かあったのかしらんとちょっと心配になりましたからね。


 こんな入り方で、その辺りについて訪ねてみようかなと思ったのでした。しかし、いらん気の回し方をしてしまったような。クライゼさんの表情から見事に喜びの表情は消え、心労の気配が浮かび上がってきました。


「……まぁ、そうだな。サーバスの様子を見に来たというのもあるのだが、逃げてきたというのが一番だな」


「はい? 逃げ?」


「あぁ。どうにもご当主がしつこくてな」


 ご当主。


 この方のおっしゃるご当主は当然ハイゼさんのことでしょうが、そのハイゼさんがしつこい。クライゼさんは逃げているとおっしゃったので、ハイゼさんにしつこく追いかけられているということなのでしょうが。


「えーと、ラナでも無ければ、当然遊びってわけでは?」


「無いな」


「ですよね。だとすると……あの、けっこう深刻だったりで?」


 ちょっと不安になるのでした。大の大人二人が追って、追われてとなりますとねぇ。咄嗟に頭に思いついたのは借金取りと債務者だったり、警察と逮捕状取られた人だったり。まぁ、クライゼさんとハイゼさんなので。んな関係はありえませんが、しかし何かしら深い事情がありそうで。


 実際はどうなのか。クライゼさんは難しげな顔をして、しかし首を左右にされました。


「いや、深刻なというほどのことはな。そこまで大した話では無いのだが……む?」


 それはサーバスさんが始まりでした。サーバスさんが不意に屋敷の方向に目を向けられて、クライゼさんも釣られて視線を向けられてのひと唸りで。


 どなたか来てます? 疑問を抱きつつ、俺も屋敷の方を見つめます。ふむ? 何かキラリとしたような気がって、あぁ、うん、なるほど。


 くだんの方でした。春の日差しの下、一部非常に目を見張るところのあるハイゼさんです。足早に、タッタとこちらに向かって来ておられました。


 で、クライゼさんです。うっとうしそうに「ちっ」と舌打ちをもらされて。


「俺の向かう先などお見通しか。ではな、ノーラ。また来る」


 そう口にされて、こちらもパッパと竜舎を後にされて。


 サーバスさんが小さく首をかしげられます。


『クライゼ、どうしたの?』


『さ、さぁて?』


 肝心の所を聞く前に去られてしまったので、分からないと言う他ありませんが。でも、真相を知る機会はすぐに訪れてくれそうかな?


 ハイゼさんが竜舎にまでいらっしゃったのです。クライゼさんを探されているのでしょうか? 一度ぐるりと竜舎を見渡されて、ついで軽くため息を吐かれました。


「はぁ、やれやれ。どうにもおらんようだな」


 その表情は非常に嘆かわしげでしたが、すぐに明るいものへと変わりまして。いつも通りのニヤリとした笑みを俺に向けて来られます。


「少し久しぶりな気がするがな、ノーラ。サーバスが世話になっているそうだな?」


 ご挨拶という感じでした。確かに久しぶりのような。王都の市街で、一緒に戦った時以来でしょうか?


「あ、はい。どうにもお久しぶりです」


「ははは、やはりそうだ、久しぶりだな。サーバスはどうだ? 言葉の学習は順調か?」


「えぇと、はい。着実に一歩ずつって感じです」


「そうか、それは良かったが、クライゼは来なかったか? ここにいるものだと思ったのだがな」


 俺はちょっと悩むのでした。クライゼさんはハイゼさんから逃げておられるみたいですので。娘さんの師でもあるクライゼさんのために、逃走を助ける手助けをしたくなるような。


 でも、口止めはされてませんし、ハイゼさんも娘さんにとっては大事な方ですし。もちろん俺にとってもであれば……ここは素直にですかね、はい。


「はい。さきほどまで」


「そうか。一歩遅かったようだが……ふーむ。面倒事からは逃げて、愛竜とのたわむれに心の癒やしを求めたか。やれやれ。アイツはサーリャ殿をドラゴン狂いなどと揶揄するが、どの口がという話だな。まったく」


 心底呆れ果てたようなハイゼさんでしたが、えーと? 面倒事から逃げてですか。クライゼさんは大したことでは無いとおっしゃっていましたが、そんな軽い話でもないご様子? クライゼさんが面倒に思うぐらいには重たい話で?


「えー、どうされたのですか? クライゼさんと追いかけっこをされているようですが」


 関心しか無ければ、尋ねかけてしまいます。


 ハイゼさんは腕組みで悩ましげに答えられました。


「まったく、追いかけっこになってしまっているな。あやつめ、せっかくの機会だからと、嫁取りをさせてやろうというのに。こそこそと逃げ回りよって」


 俺は「え?」となるのでした。


 クライゼさんが嫁取り。お嫁さんを迎えるって、そういうことで。


 俺は思わずサーバスさんを見つめます。


 いや、サーバスさんがうんぬんって訳では無いのですが。ただ、俺が自分の騎手様にアレな感じで、サーバスさんも俺とは質が違うでしょうが、自らの騎手さんに好意を抱いておられて。その関係で思わず注視してしまったのですが。


 サーバスさんはハイゼさんに目を向けてすらいませんでした。


 興味の無いハイゼさんに対して、言葉を聞き取る努力をするつもりは無いようで。クライゼさんの去って行かれた方向を、何ともなしに見つめておられました。



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