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第6話:俺と、王国の重鎮

 集落の方向から、複数の人影がやってくる。


 目立ったのはやはり先頭の男性だろう。


 緋色の外套を着こんだ、親父さんぐらいの年だろう壮年の男性。背はそれほど高くないが、横幅がありがっしりとして見える。


 顔つきはといえば、ややクセがあるというなんというか。ただ歩いているだけのはずなのだが、唇は何故か皮肉げに歪んでおり、そこが妙に印象に残る。


「……もしかして、あの方がハルベイユ候ですか?」


 やや剣呑な口調で娘さんがクライゼさんに尋ねかける。


 俺も同じことを思った。なんか偉そうな男の人だし、偉そうな男の人といえば、ハルベイユ候って名前しか浮かばないし。いや、ハルベイユ候が女の人の可能性もあるけれど。


「ふん。ハルベイユ候がこのような場所に来るものか」


 クライゼさんは皮肉げに鼻を鳴らした。


「あの方は、良いドラゴンを所持している自分が好きなだけであって、ドラゴンが好きなわけでは無い。このような場所には間違っても来たりはしない」


 さ、左様なのですか。クライゼさんがハルベイユ候を好いていないことは何となく分かったような気がしますが、ではあの男性は誰なのか?


「礼儀には気をつけるように。あの方はな、ハルベイユ候などよりはるかに大物だからな」


 具体名は言ってくれなかったが、すごいお偉いさんだということは分かった。な、なんかちょっと緊張するような。娘さんもぎゅっと口元を引き締める。


「よぉ、クライゼ。久しぶりだな」


 イメージ通りといいますか、どこか皮肉な味わいのある低くかすれた声音。


 武装した取り巻きを連れて近づいてきたお偉いさんは、クライゼさんに片手を上げての挨拶をしてきた。お知り合いっていう感じですかね? クライゼさんは深く頭を下げて、挨拶に応じる。


「お久しぶりです、閣下。またお会い出来たことは私にとって至上の喜びです」


「はん。どこまで本気で言っているかだがな。騎手ってのはこれだから嫌なんだ。飛べるもんが偉いと思っていやがる。飛べないヤツはナメクジとでも思ってるのか? あぁ?」


「いえ、そのようなことは思っておりませんが……」


 う、うわ、この人絶対俺の苦手な人種だ。そんなことを思ったけど、はて。意外とそういう人ではなかったりするのか。イチャモンとしか言いようがない発言だったけど、クライゼさんは苦笑するばかりで不快に思っているような感じはまるでない。


「しかし、閣下はいかがされたのですか? ここは閣下が来るような場所とは思えませんが」


 クライゼさんの疑問の声に、お偉いさんは「あぁ?」とガラを悪くしてすごんだ。


「ドラゴンが集まるここがこのような場所か? まさかお前がドラゴンを軽視することになるとはな」


「いえ、そのようなつもりはありませんでしたが」


「冗談だ。ここに来たのはな、お前がここに向かったと聞いていたからだ。ハルベイユの老人も、お前がいればそこそこ一人前に戦える。今回も頼んだぞ」


 どうやら、このお偉いさんはクライゼさんのことをとても高く買っているらしい。やっぱりクライゼさんって、本当に一流の騎手なんだなぁ。


 クライゼさんは苦笑のままで、お偉いさんに頷きを返す。


「は。閣下の期待に沿えるように全力を尽くします」


「是非、そうしてくれると助かる。しかし、なんだ? 何者だ? その横にいるちっこいのは」


 失礼かどうかと言えば、間違いなく失礼な物言いだった。それはもちろん、我らが娘さんに向けたものであるわけで。


 本人もすぐにそのことに気づいたらしい。緊張して立ちつくしていたのだが、「え?」と驚きの声を上げた。


「ち、ちっこいのって、わ、私ですか?」


「他に誰がいる? クライゼの従者か? 女みたいな顔をしているが、こんな者が戦場で役に立つのか? ん?」


 失礼かどうかと言えば、とんでもなく失礼だし、今度は娘さんも驚きではなく不満の声で応じることになった。


「ち、違いますっ! 私はクライゼさんの従者じゃありませんし、女みたいって本当に女ですっ! それに騎手ですっ! 私はラウ家の騎手としてここに参上しましたっ!」


「……ほう?」


 お偉いさんは疑い深そうな目をして、クライゼさんに首をかしげて見せる。


「クライゼ。このちっこいのはこんなことを言っているが?」


「本当です。彼女はラウ家の騎手として此度(こたび)の招集に応じております」


「……ラウ家と言えば、勇猛で鳴らした騎手の名門。そんな記憶があるのだが?」


「その見解で相違(そうい)ないかと」


「その名門が出してきたのが、こんなちんちくりんか。はん、やれやれだな。ラウ家もよっぽど騎手に困っていると見える」


 失礼かどうかと言えば、もはや語るに及ばずと言うか。


 娘さんは声も出ない感じだった。わなわなと怒りに打ち震えている。


 クライゼさんの態度を見るに、失礼なだけの人ってわけじゃないんだろうけど……これはちょっとヒドくないでしょうかね?


「閣下。少しそれは言い過ぎではありませんかな?」


 クライゼさんがそう取りなしてくれたが、お偉いさんの態度は相変わらずだった。


「はん。そうは言ってもな、コイツがロクに活躍出来るように見えるか? こんな線が細くて、ドラゴンを(ぎょ)することが出来るのか? 戦争の長丁場に耐えることが出来るのか?」


「確かに一見するとそう見えますが……」


「クライゼ、コイツがお前の知り合いというのなら、多少は面倒を見てやれよ。こんな半人前に戦場を乱されれば、いい迷惑だからな」


「いえ、半人前には見えますが、見かけほどでは……」


「では、俺は行くぞ。また機会があれば会おう」


 お偉いさんは、またたく間に身をひるがえした。そして、足早に集落へと戻っていった。


 う、うーむ、分からないわけではないけどね? 娘さんの可憐な容姿を目の当たりにして「む? コイツは戦場慣れした一流の騎手だな?」なんて思うのはちょっと無理があるだろうし。あと、実際のところ戦場ビギナーであることだし。


 でも、やっぱり失礼だよなぁ。


 クライゼさんとは仲良くしているみたいだけど、俺が好意を抱くのはちょっとばっかり難しそうだ。


 で、その失礼な物言いにさらされた当人ですが……意外と冷静? むしろ余裕? 顔には微笑を浮かべている。娘さんは近くにいる俺の頭をゆっくりとなでてきた。そして、ささやきかけてくる。


「……ノーラ? 次来たら燃やしちゃっていいからね? こうボーって、もう本当ボボーって」


 やっぱり冷静ではありませんでした。


 まぁね、以前にはクライゼさんに半人前と揶揄(やゆ)されたようなことはありましたが、今回はそれの比じゃないもんね。


 騎手として受けた、生まれて初めての最大の侮辱。娘さんはどうにも耐えようが無かったようで。


「……サーリャ。あまり問題になりそうなことを言ってくれるな」


 クライゼさんが小声で注意したが、注意されて収まるような怒りでは無かったらしい。


 あっという間に微笑の仮面がはがれ、顔は真っ赤に染まった。


「問題はあの男ですよっ!! 何ですかあの失礼な男はっ!!」


「だから口には気をつけておけ。誰かに聞かれたら問題になるぞ」


「偉い人だからですか? 偉い人だったらあんな失礼な物言いも許されるんですかっ!?」


「いや、そうは言っていないが……」


 クライゼさんは困ったような顔をして頭をかく。


「ふむ。とにかく落ち着け。お前はカミール・リャナスという名前を知っているか?」


「知りませんけど、それが? それがあの男の名前ですか?」


「そうだ。王家の近縁にあたるリャナス家、その当主の名前だ」


 お、王家? 耳馴染みの無い言葉が出てきたけど。えーと、ラウ家よりも上のハルベイユ候よりも偉い存在。そんな理解でいいのだろうか? クライゼさんはハルベイユ候などよりも上と言っていたし、それで間違いはないと思うけど。


「お、王家ですか?」


 王家という言葉に、怒り心頭の娘さんもさすがにひるんだようだった。まぁ、ひるんでばっかりじゃないみたいだけど。


「あの男がですか? 王家の近縁なんですか? あの品の欠片も無い男が?」


「だから、そういうことは口にするものではないが、まぁそうだ」


「……ふーむ」


 突然だった。娘さんがあごに指を置いて、考え込むように間を置いた。一体なんぞ? クライゼさんも不思議そうに首をかしげている。


「サーリャ。どうした? 何を考えている?」


「クライゼさんは、活躍するならおあつらえ向きの方が来たって、そう言いましたよね?」


「言ったな」


「それはあの人が王家の近縁だからってことですよね?」


 クライゼさんは静かに頷きを見せた。


「そういうことだ。カミール閣下に認められさえすれば、ハルベイユ候などものの数ではない。ドラゴンを奪うような横暴がまかり通ることはあり得ない」


「……なるほど。じゃあ私はあの男をぎゃふんと言わせてやればいいんですよね?」


「言い方だが……まぁ、そうなるかもしれんな」


「分かりました。ぎゃふんと言わせてやりますよ。大活躍して見せて、あの男に無礼をわびさせてやります。絶対。そう絶対に」


 娘さん、燃えておられます。


 正直あまり意気込んで欲しくはないのですけど……今回は仕方がないかな。本当怒ってらっしゃるし。


 クライゼさんも仕方がないといった感じで、あきらめの表情をしている。


「まぁ、がんばれ。しかし、驚いたな。まさかあの方がこのような戦に顔を出すとは」


 娘さんはクライゼさんの発言に首をかしげる。


「あの、どういう意味なんですか? あの人、戦には滅多に出ないような人だということですか?」


「いや、あの方は名うての戦巧者だ。一部では軍神とすら呼ばれるほどのな」


「へぇ。最近の軍神はあんなに品がないんですか、へぇ」


「……とにかく、あの方は実力者なのだ。だからこそ、このような小さな戦にあの方が出向かれたのが驚きなのだ」


「軍神って、戦をより好み出来るんですね、へぇ……って、え? 小さな戦?」


 娘さんが驚きの声を上げる。


 俺もちょっと驚いた。小さな戦。え、これそんな戦だったんですかね?


「ふむ? そうだが」


「私はてっきり王国の存亡を賭けた戦ぐらいのつもりだったんですけど……」


 娘さんほどではないが、俺にしてももっと大きな戦争だと思いこんでいた。侵攻を受けたとか何とかだから、必死に国土を守りに行くとか、そういう話だと思っていたのだが。


 クライゼさんは平然として首を横にふる。


「そんな大層な戦ではない。いやがらせにきた無法者共を追い出す。それだけの話だ」


「いやがらせですか?」


「そうだ。我らがアルディリア王国と、カルバ王国の間には色々と問題があるようでな。とにかく、いやがらせだ。向こうはいやがらせで、こちらの領土を荒らしにきた。それだけだ」


 聞き慣れない言葉がまた出てきたけど、アルディリア王国とカルバ王国。前者が俺たちで、後者が敵。簡単だけど、そんな認識でいいのかな。


 しかし、いやがらせかぁ。それで戦争。正直戸惑いを感じざるを得ないけど、娘さんもそんな感じだったりするのだろうか。


「いやがらせで戦争になるんですね……」


 娘さんの呟きは俺の思うところそのままだった。


 クライゼさんは「ふむ」と頷いた。


「なるということなのだろうな。まぁ、実際はそこまで単純じゃないらしいが。詳しく知りたいのなら、カミール閣下にでも尋ねてみるがいい」


「それは絶対にイヤです」


「だったら、気にしないことだな。我々はハルベイユ候旗下の騎手としてその責務をはたす。それだけなのだから」


 娘さんは頷きを見せる。ただ、気になることはまだあるようで。


「しかし、小さな戦なんですよね?」


「そうだ」


「だったらその……活躍する機会って、そんなにあるものなのでしょうか?」


 娘さんが気になるのはそこのようだった。


 クライゼさんは難しい顔をして「うむ」とうなった。


「難しいだろうな。今回は西方ハーゲンビルから侵入した敵勢をまた西へ追い返す。それだけだ。相手もいやがらせに来ただけであって、たいして抵抗はすまい。機会はあるか無しかといったところだろう」


「……そうですか。だったら……がんばらないとダメですね」


 娘さんは硬い顔をして頷いている。


 小さな戦と聞いて、俺はちょっとばかり安心したものだけど……どうなんだろうな。娘さん。余計意気込んじゃったりしているように見えるけど。


 娘さんじゃないけど、頭がぐちゃぐちゃになっている。


 娘さんはどうこの戦を乗り越えるのか。手柄を立てられるのかどうか。そして、その後、俺はどうなるのか。娘さんはどうなるのか。


 そして何より……俺は娘さんにこれからどう接していけばいいのか。


 俺は表情を強ばらせる娘さんをじっと見つめるのだった。


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