第37話:俺と、ちょっとした対峙(3)
「え、えー、あのー?」
意図が分からず問いかけます。すると、娘さんは笑顔でポンと俺の鼻先に手を置かれて。
「いやー、しかし、ノーラはさすがだね!」
「は、はい?」
「さっきの人とは違うなって。紳士! 本物だよね、やっぱりノーラが一番だね、うん」
なんか褒めてもらえたのでした。
これはまったく嬉しいこと……か? 正直、テレンスと比べられるのはちょっとって思いもあり。
あとはそうですね、一番って評価がちょっと気になって。娘さんを口説こうとしていたテレンスと比べての一番。人間と比べての一番。
この人、ちゃんと人間とドラゴンの区別が出来てますかね?
ちょっと辛辣ですが、今までの流れもあって、そんなことを思ったりも。いや、考えすぎだと思いますが。ちゃんと人間の男性が好きであるはずなんですが。
「あぁ、良かったわ。しっかりと無事みたいね」
不意の声に、娘さんはびくりと肩をすくませられます。
なぜ貴女がここに? って感じでしたが、俺にとっては予想の範疇であって。俺は従者さんたちと共に現れたケーラさんに頭を下げます。
「はい。おかげ様でありがとうございます」
「あっはっは。私は何もしていないじゃないの。一応、細作はつけておいてたんだけどね。ごめんなさいね、サーリャ殿。危険な目に合わせてしまって」
若干敵対心を抱いていようが、娘さん礼儀知らずではありません。慌ててケーラさんに頭を下げられます。
「い、いえ、何も危険なことはありませんでしたので。気にかけて頂きありがとうございます」
「あはは。お礼は良いけど、本当、怪我が無くてなによりね。貴方のノーラが守ってくれた?」
ケーラさんは、妙に意味深な笑みを浮かべておられました。貴方のノーラ。事実そのままだけど、何とも含みがある言い方だよなぁ。
この方、娘さんについて妙な憶測をされていましたし。そのつながりで、娘さんをからかってやろうってことですかね?
まぁ、さすがにです。これで娘さんが動揺するとか無いと思いますけどねー。
そう思って、俺が娘さんの表情をうかがいますと。
「……え、えぇ? わ、私の? 私のですか?」
ケーラさんと共に、多く松明が運ばれてきましたので。その明かりが強くて、顔色まで判別は難しいのですが。
……動揺されてます? なんか、ひきつった笑みを浮かべておられますが。え、えぇ? 娘さん? その動揺はあの、どういう意味で?
なんにせよ、ケーラさんは娘さんの反応に満足されたのかな? 娘さんから目線を外し、ついで何故か俺に目を向けて来られます。
「貴方も良かったわね? 愛しのサーリャ殿が無事で」
あ、ついでとばかりに俺にも魔の手を伸ばしてきましたね。まぁ、俺は動揺なんて、その、しなくても、ね、ねねね、ねぇ? いや、俺は図星なので慌ててもおかしくはなく……じゃあ、アレ? 娘さんが動揺しているのは? うわ、我ながら妄想キモって、それはえーともかくです、本当ともかくです。
「本当、無事で何よりで」
澄まして答えて見せます。がんばりました。なかなかけっこうがんばりました。
で、この反応はケーラさんのお気に召さなかったようです。興醒めといった様子で真顔になられましたが、すぐにニマリでした。
「い、愛しのっ!? ケーラ様っ!! 何をおっしゃりますかっ!!」
娘さんの反応に満足しておられるようでした。ケーラさんは満足げな笑みで、しかし娘さんの奇態には触れず。
「テレンスについては任せておきなさい。じゃあね、いずれまたお会いしましょう」
多分、けっこう忙しいのでしょうね。そう口にされて、ケーラさんはさっさとこの場を後にされたのでした。
「……あの人って、ちょっとカミール閣下に似ているような」
そして、残された娘さんがそんなことを呟かれて。そのご意見には賛同しかありませんでしたが、気になるのは先ほどの態度ですよね。
ケーラさんにからかわれて妙な態度を見せておられましたが。そこにある感情は何なのか。それが何とも気になっているのです。俺はドラゴンで、娘さんは人間で。ケーラさんの非常識な言動にビックリされたとか、それに違いないのですが。
そうです。違いないのですが……実際はですね。実際はどうなのか。そこがなんともかんとも気になって。
娘さんは不意にです。不意に俺に笑いかけられました。
「はは。しかし、ケーラ様も変な感じだったよね」
「はい? 変なですか?」
「そうだよ。貴方のとか、愛しのとか。なんか思わせぶりで変な感じの言い回しだったよね? 私は人間で、ノーラはドラゴンなのに」
娘さんは苦笑を浮かべられていて。
……ようやくでした。
ここ数日、求めていた答えがようやく得られた感じでした。
娘さんの俺への好きは、あくまでドラゴン対するものだって。周囲は妙な邪推をしてきましたが、俺はそう確信していて。
やっぱりね、そうだったじゃないか。
娘さんの意識にあるのは間違いなく人間で。俺がいるから、人間の人たちに恋愛感情を抱けないとか、そんなバカげたことは無くて。
良かった良かった。
皆さんが危惧したような変なことが無くって、本当に良かった。
そうは確かに思いました。理屈としてはそう思えました。ただ、何故かです。何故か俺の理性に反して、胸にあるものを形にしたい欲求が強烈に胸を突いてきて。
「……俺は娘さんのことが好きですけどね」
我ながら、何を考えてるんだか分かりませんでした。
それでも、そんな内容を言葉にしてしまって。娘さんは「へ?」と目を丸くされて。今まで、黙って様子をうかがっていたラナが『は?』なんて驚きを口にして。
やっぱおかしいことしてるよなぁ。その証拠にと言いますか、娘さんは驚きについで困ったように苦笑いを浮かべられます。
「あ、あはは。ありがとう。ドラゴンとして、私を信頼してくれてるってことだよね?」
返答としては、まさしくと返すべきだったと思います。
ただ、俺はそうは返事をしたくなくて。困惑する娘さんとただただ見つめ合うことになり、そして、
「……ふぇ?」
娘さんは妙な声を上げられました。そして、いきなりラナの首にガシリと腕を回され、勢いよく俺に背を向けられて。
ラナを連れて、猛然と駆け出されます。
「ちょ、ちょっとっ!! なんで、私まで一緒なのさっ!! ねぇ、おい、こらっ!!」
ラナの不満の叫びが尾を引いた後、この場にはアルバの寝息ばかりが耳に響くことになりました。
そんな状況で、俺はしばし立ち尽くし。
で、一つ呟くことに。
『……や、やってもうた』
正直、自分が何をしでかしてしまったのかは理解しきれていませんでした。それでも、何かやらかしてしまった自覚だけは十二分にあって。
俺はしばらく、その場で後悔の念と共にうめき続けるのでした。