第36話:俺と、ちょっとした対峙(1)
発見すること自体はさして難しくもありませんでした。
松明が盛んに焚かれていますので、完全な暗がりというのはどこにも無かったですし。上空からというアドバンテージもあれば、集団から離れてコソコソしている少人数はけっこう目立ったこともありまして。
「く、来るなっ!! コイツらが目に入らないのかっ!!」
で、地上に降りた俺を出迎えたのは、全国行脚しているご老体の用心棒さん的な雰囲気の叫びでした。
まぁ、発言の主は、世直しを考えているかもしれないお貴族様でしたが。テレンスさんです。いや、今さらさん付けとか必要ないか。ともあれ王都の女たらしは、長剣の切っ先をとある方向へ向けています。
俺はちょっと呆れた心地でした。そんな親切に視線誘導してくれなくても分かってますって。テレンスの長剣の先にいらっしゃったのは、もちろん娘さんとその騎竜二体でした。
「……ノーラ」
俺は一安心でした。俺の名を呟く娘さんですが、その表情はけっこう余裕そうで。はぁ、やれやれ程度のゆるい安堵感が漂っていまして。
「ノーラ。遅い」
ラナの一言も遅刻を咎め立てる程度で。アルバはと言えば、もういいよな? と言わんばかりに、その場で丸くなり始めて。
うーむ、余裕。娘さんもいくつもの修羅場をくぐってきた手練で、そこにラナとアルバがついているもんだから。予想はしてたけど、やっぱり何とも無かったですねー。
一方で、余裕が無いのはギュネイ派の女たらしでした。
「き、聞いているかっ!! こちらには魔術師がいるっ!! 迂闊に動けば皆殺しだぞっ!!」
そんな叫び声を浴びせられて、俺はなんとも納得でした。ちょっと疑問に思ってたんですよね。ドラゴンが人間を害するのをためらうとは言え、ラナとアルバが尻尾でベシベシやれば、この程度の人数は簡単に鎮圧出来そうなものですが。
どうやら、こういうわけだったようで。
多分、娘さんがためらわれたんでしょうか。相手に魔術師がいれば、ラナやアルバが負傷しちゃうかもしれませんし。
そこで俺の到着を待たれたと。なんかドラゴンにしては色々出来る俺に期待して下さったと。
ふーむ、そうなるです。この期待には是非とも応えないとですね。で、俺が娘さんの期待に応えるべく取った方策はと言えば。
「私は何も見てませんよ」
は? と、王都の女たらしだった。
「み、見ていない? お前は一体何を言って……」
「えー、見ていませんので、私は誰にも何も言うつもりはありません。当然、貴方がたがどこへ行こうと私はかまいません。追いかけるつもりなんて、もうさらっさらです」
端的に言ってです。見逃して上げようってことでした。本当は、この女たらしに頭突きの一発はかましてやりたい気分でしたが、娘さんたちの安全が一番ですからね。仕方なし。どつくのは別の誰かにお任せしましょう。俺が見逃しても、どこぞの王女様はご存知ですからねー。
「て、テレンス様……」
とりあえずのところ、俺の甘言は取り巻き連中には刺さるものだったようで。何人かが、おずおずとテレンスの顔色をうかがっているけど、さぁて?
本丸の反応やいかに。
テレンスは何故か真顔になって俺を見つめてきた。そして、
「……なめるなよ」
「へ、へ?」
「人間をなめるなよ、このドラゴン風情がっ! お前のせいでカミールなどが幅を利かせることになったが、断じてお前の思い通りになどさせるものかっ!」
血相を変えての叫びでしたが、俺はなんとも戸惑うしかなく。え、えぇ? な、なめてなんかないと思うけど、ともあれリャナス派の俺の言うことは聞きたくないって、そういうことですかね?
「やれっ! この始祖竜を騙る悪竜を消し炭にしろっ!」
この罵声には一定の理解が示せるのでした。確かに、始祖竜のネーミングパワーには随分お世話になりましたし。ただ、消し炭にされるわけにはねぇ。
取り巻きの二人に動きがありました。
恐る恐ると言った感じですが。ボスの命令を実現すべく、俺を凝視して、呼吸を整え始めた感じで。
俺に危機感はありませんでした。
だって、その、遅いですし。前回の騒動で出会った本職の人たちと比べるべくも無ければ、アレクシアさんよりも断然遅くて。これが娘さんたちへの脅威であれば、多少は慌てたでしょうが、俺へのものであればねぇ。慌てようがちょっと無くて。
軽く風を吹かせるのでした。
取り巻き二人の顔に当たるようにちょちょいと。「うわっ!」と二人はそろって目をつぶって。魔術は視界が大事です。これで二人はもう魔術を編むことが出来ないわけで。
「て、テレンス様っ!」
無理っす、出来ないっすと取り巻きに訴えられたテレンスでした。
なんか堪忍袋の緒が切れたっぽい? まなじりを吊り上げて、ついでに長剣も振り上げて。そして、いきなり突撃してきて。
今回も俺には危機感はゼロでした。
いやぁ、だって、それは無理でしょ。そんな薄い刃の長剣じゃ、どんな達人であってもねぇ。狙いが腹側ならともかく、頭っぽいですし。ちょっとドラゴンのウロコの方にはねー。
ガツン、と。
良い音はしました。ただ、それだけでしたが。暗闇の中、間近に迫ったテレンスの顔に絶望の色が浮かびます。
うーん、ちょっと気の毒。どついてやろうかと思っていましたが、人間にドラゴンの頭突きは命の問題でもあれば。ここは、ほどほどにですかね。
鼻先で、軽くテレンスの胸元を突いてやって。
思った以上に軽い手応え、もとい鼻応えでした。テレンスはたたらを踏んで、べたりと尻もちを突いて。
「あの、どうします?」
まだやるかい? って言うよりは、もういいんじゃないですか? みたいな気分でした。
テレンスもどうやらそんな気分だったようで。
「ば、化物がっ! ひ、退けっ! 今はひとまず退けっ!」
今日はここまでみたいな感じでした。手下たちを引き連れて、慌てふためいて逃げ出していって。しかし、ふーむ。次回あるんですかね? それを許してくれるカミールさんやケーラさんなのかは非常に疑問でしたが。良い未来はちょっと見えないよなぁ。
まぁ、女たらしさんの今後のご活躍はともかくとしまして。
「えーと、はい。終わりました」
俺は娘さんにそう告げるのでした。
娘さんは苦笑で応えられます。
「本当にありがとう。ごめんね、ノーラに頼りきりで」
いやいやいや、でした。謝られるようなことはもちろん皆無で。
「とんでもないです。頼って下さって、私はむしろ嬉しいですし」
娘さんに頼られるノーラであれるっていうのはね、これ以上の喜びはもちろん無いのでした。
しかしまぁ、良かったです。娘さんの期待通りの働きは出来たかな?
「どうです、娘さん。怪我なんかの方は?」
ここがやっぱり重要なところですが。ありがたいことに、娘さんは首を左右にされました。
「大丈夫。私もラナもアルバも何とも無いよ」
「そうですか。それは良かった」
ほっと一安心でした。この返答の内容いかんでは、テレンスに本気の追撃をかます必要がありましたが。これなら、あとはケーラさんにでもお任せって出来ますね、良かった良かった。
そんな安堵に浸る俺にです。
娘さんは何故か、ニコニコされながらに近づいて来られました。