第33話:俺と、式典終了(1)
そして時は流れ……みたいな気分に非常になってしまうのでした。
広い放牧地が夕暮れの橙に染まっているのですが、その光景はいつも通りのものではありませんでした。少しばかり、先日の集まりを思い出します。壮麗な装身具で飾られた騎竜たちに、立派な衣装に身を包んだ騎手たち。彼ら主従が、夕暮れなずむ光景の中で一息をついていて。
やれやれ、と。
役目を果たした、と。
それぞれ安堵の笑みを浮かべながらに談笑を続けています。
えーと、つまりですね。
ここは城壁の内側でして。王宮に付属する放牧地の一画でして。
式典がね、無事終わりましたーって、そういうことなのでした。
俺もです。ラウ家の騎竜として参加することなりましたが。いやー良かった良かった、って。式典が無事に終わって良かった、って。そんなことを思ったりとかには、さすがに縁もゆかりも無かったりしました。
だって……ねぇ?
俺の隣には、アルベールさんが立っていらっしゃいますが。その表情はすぐれません。悩ましげで苦しげで、夕日照らされて何とも哀愁が深くて。
「ノーラ……終わったなぁ」
「えー、はい。終わりましたねぇ」
「何事も無く……終わったなぁ」
アルベールさんの視線を追うとです。そこでは、安堵の笑みでアルバから鞍を外している娘さんの姿がありましたが。
結局です。
なーんも進展しなかったんですよねぇ。
色々とがんばってはみたんですが。娘さんに結婚する気になってもらおうということで、アルベールさん、アレクシアさんと共に色々と策を弄してはみて。
ただですね、うん。
今では要注意人物となったテレンスさんが相変わらず毎日いらっしゃってですね。そして、要注意人物であることは娘さんを始めとして、皆さんにはお伝えさせて頂いておりましたので。
そもそも予定を崩されてしまうし、警戒をしなければで色々と忙しくて。
さらにはケーラさんもたびたび訪れて来られまして。次は式典で会おうなんておっしゃったのですがねぇ。とにかくいらっしゃって、その度には娘さんを警戒してアルベールさんやテレンスさんどころでは無くなって。
まぁ、はい。
ぶっちゃけ無理でした。こんなのね、もう無理。どうしようも無く今日という日を迎えることになってしまいました。
「……まぁ、そんな悪いことばっかでも無かったけどさ」
しかし、アルベールさんでした。物悲しげな表情ながらにそんなことをおっしゃって。俺は思わず首をかしげます。
「でしょうか? なかなかこう、上手くいったことは無かったような……」
「それは確かになぁ。でも、サーリャ殿とは告白後よりは話せるようになったし。それに、ノーラにアレクシアさんだよ。仲良くなれたしさ、良いこともあったよ、うん」
アルベールさんは哀愁を残しながらも、わずかに笑顔を浮かべられていました。ふーむ。確かに、得られたものはゼロでは無かったでしょうか。
もちろん望んだ成果とはほど遠いのですが……アルベールさんがそうおっしゃってくれたのは、俺にとってありがたいことでした。
「そうですね。良かったこともありましたよね」
「そうさ、あったさ。それに何よりだけど、サーリャ殿に何事も無く式典が終わって。これが一番だろ?」
これには俺はすかさず頷くのでした。
「ですね。無事に終わって良かったです」
ギュネイ派が色々動いているみたいで、テレンスさんなども要注意らしかったのですが。
でも、表面上は式典は無事にすんで、娘さんも一騎手として役割を全うすることが出来て。そしての今です。娘さんは充実感のある笑みで、アルバやラナの世話をされていて。
この点については、掛け値なしに良かったと思うのでした。娘さんが幸せそうで本当何よりで。
アルベールさんはしょうがないといった感じで、苦笑の頷きを見せられます。
「これで満足しておくことにするよ。忙しい中、短い期間で色々がんばった方さ。式典が終わったら、ノーラたちはすぐに所領の帰るのか?」
「らしいです。式典の延長で、かなりラウの地を留守にしておりますので」
「そっか。最後にアレクシアさんも一緒に集まって、食事でもと思ったんだけどな。まぁ、これからいくらでも機会はあるか。じゃ、俺は式典の後始末に戻るよ。見送りには行くから、またその時な」
そうしてアルベールさんは去っていかれました。
娘さんに挨拶を残されなかったのは、式典の余韻を壊すまいとした配慮でしょうかね? 本当、ナイスガイだよなぁ。アルベールさんのためになる成果が残せなかったことが心残りですが、まぁ、娘さんもアルベールさんもまだまだお若いですし。
この先、機会はいくらでもということで。今後もね、機会があればということで。親父さんのためでもあれば、協力は必ずさせて頂くとしましょう。
そう決意しまして、俺は娘さんの元に戻ることにします。こうして夕日の下、一体でポツンとしているのもちょいと寂しいですし。
「あ、ノーラ。何だったの? 急に用事だとか言ってたけど?」
これが笑顔で出迎えてくれた娘さんの第一声でした。アルベールさんがですね、こっそり会いに来られたので。俺もひっそり出迎えに行きまして、こんな娘さんの認識になっているわけですね。
「いえまぁ、知り合いが見えたような気がしまして。探しに行ってみたのですが、残念ながら」
「これだけ人もドラゴンもいればねぇ。それは残念だったね」
あまり俺の探し人には興味の無さそうな娘さんでした。俺の知り合いなんて、ほぼほぼ娘さんの知り合いみたいなものですし、興味を持たれるのが自然のような気がするのですけどね。
それでも娘さんが興味を持てないのは、式典の余韻でしょうか。俺ですら、若干引きずっているところがありましたから。
荘厳かつ勇壮な空気の中でです。娘さんと俺は、クライゼさんのような練達の騎手たちや、アルベールさんのような新進気鋭の騎手たちと肩を並べて式典に臨んで。
何でしょうかねぇ。俺なんて、娘さんの手綱に従ってトテトテしていただけなのですが。それでも、何とも言えない高揚感と充足感に包まれることになって。
娘さんはなおさらでしょうね。ラウ家の騎手としての誇りを胸に参加されたわけですし。
「すごかったよね、式典。そのすごいところに私たち参加してたんだよなぁ。ラウ家の騎手として。お父さんどうだったろうね? 喜んでくれたよね、きっと」
顔を紅潮させて、そうおっしゃられて。口調も弾んでいて、やっぱりまだまだ興奮されているみたいですねー。
で、おそらくです。忘れてますね、これは。自身と親父さんの間に、どんないさかいが起こっているのか? 式典の感動があって、さっぱり頭から飛んでるのでしょうね。
まぁ、良いと俺は思うのですが。