第32話:俺と、王女様とデート(保護者付き)(6)
俺の安全を案じられて、かなり気疲れされているようで。安堵の息を吐かれて、肩を落とされて。
……俺のことを心から案じて下さっていたんですよねぇ。嬉しかったです。それはもう、心の底から嬉しかったです。ただ……違うはずだよなぁ。
娘さんは、あくまで騎竜として俺を心配されているはずで。まさか、アルベールさんやケーラさんがおっしゃったようなことは……ねぇ?
あり得ないでしょう。
んな気持ち悪い妄想みたいな展開はね、無いです。俺はあくまでドラゴンで、娘さんは人間で。人間として、素敵な人を見つけて、人として素敵な人生を歩まれるに決まっています。
「娘さん、一つ質問しても良いですか?」
へ? と、娘さんでした。疲れのにじんだ顔を、こくりと傾けられます。
「良いけど、何? なんかノーラに尋ねられるようなことって、あったっけ?」
「えー、そういった必要不可欠な感じのものでは無いのですが。サーリャさんの好きな男性の好みとかお聞きしても?」
気持ちは大いに分かりました。
娘さんどころかラナもです。「ん?」って不審の目を俺に向けてきます。
疑問の声を上げられたのは娘さんでした。
「……えーと、ノーラ? やぶから棒に何?」
「本当にやぶから棒で恐縮なのですが、サーリャさんの男性の好みが知りたいなぁと」
「は、はぁっ!? ノーラが私のっ!? って、あ。アレか? 前に打ち明けてきたあの陰謀の続き? そういうことか、ノーラっ!!」
同じ赤くなるでも、恥ずかしがったり怒ったり忙しい娘さんでした。しかし、確かに親父さんとの企みに通じる話題ですねー。ただ、そんな意図は無いので。俺は左右に首を振ります。
「そういうわけじゃないですね」
「へ? じゃ、じゃあ……どういう意図?」
俺は即答は出来ませんでした。
素直に告げるなら確認なんですけどね。娘さんが好きになるのは人間の男性であるっていう確認です。
ただ、そのことを素直に告げるのはなぁ。下手したら俺の頭の出来が疑われちゃいますし。人間の男性が好きかって? そんなの当たり前でしょ? 何意味わかんないこと聞いてるの? 頭の中身は大丈夫なの? って。
もちろん心優しい娘さんは、そんなことを口にされないでしょうが。しかし、内心ではそう思わざるを得ないでしょうし、俺はこれからも娘さんに頼ってもらえるノーラでいたいわけで。
「まぁその、私の都合ですけど。良かったらです。お聞かせ下さい」
是非のということで、催促の意味も込めてじっと見つめさせてもらいます。
娘さんは顔を真っ赤にされて、わたわたと挙動をおかしくされて。
「わ、私の男性の好み? そ、そんなの、それは……それは……」
不意にです。
娘さんはじっと俺の顔を見つめられて。そして、これまた不意にでした。
「な、なんでノーラにそんなこと言わなきゃいけないのよっ!! バーカっ!!」
正直、びっくりしました。
ば、バーカ。まさかの罵声に目を丸くしていると、娘さんは俺に背を向けて走り出されて。あっという間にです。娘さんの後ろ姿は、王都の人並みに紛れて見えなくなりました。
『……うーむ』
で、見送っての俺ですが。
……バカって言われちゃった、辛い。っていうのが半分です。そして残り半分は、大体望む回答を得られたかなぁという満足感でした。
最近のアレコレで、娘さんが案外年頃の娘さんだということが分かりましたけど。顔を真っ赤にされて逃げ出されたということは、そういうことなんでしょう。笑って「そんなの無いよ」なんて口にされなかったということは、男性に……人間の男性について色々と望むところなんかがおありでということで。
しっかりと人間の男性に、恋愛的な興味を持っておられるようですねぇ。その点に関して、妙な疎外感を覚えないでも無かったですが、ともあれです。良い結果でしたね、えぇ。
『……しっかし、妙なことを聞いたもんね。男の好みって。聞いて、それにすり寄るつもりでもあったわけ?』
もちろんのこと俺の内心なんて知る由もないラナでした。一方で俺の気持ち悪い恋心も知っていれば、わりと納得出来る問いかけを向けてきて。返事はもちろん否となるけど。
『んなわけないでしょ。確認だよ、確認』
『は? なんのさ?』
『あの人、ドラゴンが好きすぎて、人間よりもドラゴンに恋愛感情を向けてるんじゃ? って疑われてるから。そんなわけ無いのにねぇ』
実際、そうでは無い手応えを得られましたし。やっぱり皆さんの考え過ぎだったようだけど……えーと? 俺はラナの様子を思わず注視します。ラナは軽くだけど、首をかしげていて。
『ラナ? 何か考え中?』
『まぁ、そうね。どうなんだろうって、思ってただけ。実際のところはさ』
今度は俺が首をかしげる番でした。実際のところ。それってつまりは?
『まさか、ラナも? ラナも娘さんがドラゴンの方が好きだとか思ってるわけ?』
『そうは言ってないでしょ。どうなんだろうって思ってるだけだって』
『考える必要もなくない? そんなの、普通に考えてあり得ないし』
『普通……ねぇ? アイツのことが好きな誰かが口にすると本当説得力があるわよね?』
俺はむぐっと黙り込まざるを得なくなりました。そ、そこを突かれるとなぁ。痛いと言うか、返す言葉が無くなるけど。
『な、無いと思うけどなぁ。そんな雰囲気は俺は感じないし。ラナもそうだろ?』
『知らん。私に聞くな。人間って、よく分からないし。私の周りじゃ、アンタが一番感情豊かなぐらいだったけどさ。人間はその比じゃなくて。正直、ついていけないし、理解なんて遠い話よ』
圧倒されてますって感じのラナのコメントでした。確かにそうかもなぁ。俺ですら感情豊かな方なのがドラゴンの世界で。娘さんなんか、異文化の存在の極みみたいに感じちゃってるかもね。まぁ、ラナご本人は、非常に人間よりの感情豊かな存在である感じがしますけれども。
『しかし、どうなのさ?』
『へ?』
『もし、アイツがアンタのことが好きで、そう伝えてきたら。アンタも好きだって返す?』
単純な興味なのか何なのか。しかし、妙に真剣な目をしてラナは問いかけてきたけど。
俺の答えなんかは決まっていました。苦笑の思いを言葉に表します。
『んなの、あり得ないから。あり得ないことを考えても仕方ないだろ?』
実際には、考えても仕方ないというか、考えたくもないというか。娘さんに告白されたらさぁ、俺どうしよっかなー? なーんて、ウキウキ考えている自分がいれば、それは果てしなく気持ち悪いですし。
俺の返答を受けてです。ラナは何故か呆れ調子で口を開いてきました。
『アンタは本当ねぇ? あったま固いわよねぇ』
『そ、そう? ケーラさんにも言われたけど、そうかなぁ? そこまで頭は固くないと思うけど』
『そこらの岩より固いから自覚しときなさい。でも……まぁ、良いわよ。アンタがアイツとどうこうなろうってわけじゃないならさ』
俺は首をかしげる思いでした。
どうこうなろうなんて、ドラゴンにあるまじきことは微塵も考えてないけどさ。しかし、そのことが何でラナの利益につながったりするのか。しかもです。ラナの妙な発言には続きがあって。
『しかし、アイツがアンタをねぇ? 気には……正直なるわね、うん』
ぶっちゃけです。
さっぱり分からん。ラナが何を思ってこんな独り言めいたことを口にしているのか。
『あの……ラナさん? 理解出来なくて、俺がどうにも取り残されているのですが……』
『頭の固いアンタには一生分からないから。考えなくてけっこう』
『え、えぇ?』
『それよりも、早く戻りましょうよ。こんなうっさいところにいつまでもいたく無いし』
相変わらずおいてけぼり感が半端ないですが、えぇと、はい、そうですね。ラナはうんざりとした雰囲気を全身にまとっていて。用事は終わりましたし、ラナのためにもさっさと帰るとしましょうか。
そう思って、俺は帰り道を辿ろうとして。
『あ』
俺は思わず呟きます。それにラナが怪訝そう目をしてきて。
『どったのよ? 帰り道が分からないとか?』
『いや、そこは。最悪、俺たちは飛べばすむし。でも……娘さん。あの人、道分かるのかなって』
いずこかへ走り去っていかれましたが。無事に帰れるんですかね?
ラナは『ふーん』と気の無い返事をしてきます。
『ま、何とかするんじゃないの? 良いじゃん、放っておけば』
『い、いや、そういうわけには。なんか娘さんの周りがきな臭いっぽいし』
『じゃあ、探すわけ?』
当然そうなるわけで、俺は頷きを見せて歩き始めます。目指すは娘さんの去っていった方向です。どこまで行かれたのかは知りませんが、自慢の耳とそこそこの鼻、そして道行く人に証言を求められる程度の社交性があれば何とか出来るはずで。
どうやらラナも付き合ってくれるようでした。ため息混じりに俺の隣に並んできます。
『心配のしすぎだと思うけどねぇ。まぁ、そんだけアイツのことが大事ってことなんだろうけどさ』
当たり前の話すぎて、反応することを忘れてしまうほどでした。
何の嘘偽りも無く、俺の世界の中心は娘さんなわけで。だからこそ、娘さんが娘さんの大事な人たちと一緒に幸せになって欲しいからって、最近大きなお節介を焼いたりもしているわけで。
……一体どうなるかねぇ?
式典まであと何日あるのやら。確か、一週間を切っていたと思いますが。その間に、状況が動いたり何かが変わったりするのかどうか。
まぁ、ともあれです。
ドラゴン二体で注目を集めながらにです。
俺は娘さんの姿を気張って探すのでした。