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第31話:俺と、王女様とデート(保護者付き)(5)

「でしょうね。だからこそ、多くのギュネイ派の騎手共がサーリャ殿を口説き落とそうなんて、迂遠な手段に訴えかけて。でも、テレンス以外の連中はしつこさも強引さも見せてくることは無かった。それは何故だと思う?」


「それはまぁ……私がサーリャさんに興味の無いそぶりも見せましたし。それに、そもそもサーリャさんに興味が持てなかったとか……」


「ふふ。その程度で諦められるほど、貴方の利用価値は低くないでしょ? だから、理由はそれじゃない。理由はもっと理知的な話」


「理知的ですか?」


「そう。広場にて、異常な実力を披露して見せた始祖竜。その大切な人に、邪な思いで近づいて、それがバレた時にどれほどの怒りを買うことになるのか? そのぐらいのことを考えられる想像力が、テレンス以外の連中にはあるってこと。つけ加えると、私もその口だから、こうして直訴させてもらっているわけだけど」


 俺は思わず頷いていました。そういうことだったのかもですねぇ。


 一応のところ、俺は広場で派手な活躍を見せましたし。畏怖は間違いなくされていることでしょう。俺が興味が無いそぶりを見せたことで皆さん手を引かれたと思っていたのですが、畏怖の心があって何かしら察して頂けたのかもで。


 しかしまぁ、ともあれ。


「テレンスさんは違いますか?」


「あの子にはかなり無神経なところがあってね。人の気持ちを考えないようなところが。だからこそ、誰彼かまわず美人を口説いて、女たらしなんて浮名を流しているのだけど」


「は、はぁ。なるほど、無神経で」


「無神経で、なおかつ女たらしであることに自信を持っている。これで上手くはいっていないようだからね。貴方の気持ちも考えずに、いら立ち紛れに何か無謀なことをしでかす可能性は大いにある」


「……無謀なことですか」


「昨日は、その点についてクギを刺しておいてやろうと思ったのだけど、リャナス派ってことで逃げられちゃったから。私もカミールもそれなりに忙しいし、サーリャ殿の一番の守護者と言えば貴方でしょ? だから、忠告しようと思っていたの。これが今日の本題ね」


 ケーラさんの顔からは、いつしか笑顔は消えていました。本題っておっしゃりましたが、言葉通りの真剣味がそこにはあり。


「ありがとうございます。サーリャさんのために、わざわざ」


 俺は深く頭を下げます。


 わざわざこの部屋で二人きりになる必要があったのは、カミールさんを裏切るうんぬんの話題のためでしょうが。とにかく、娘さんのためにご足労を頂いたようなのでして。


 ケーラさんは苦笑を浮かべて、首を左右にされます。


「お礼なんてけっこうよ。万が一にも、式典でノーラ殿に妙なことをされては困るっていうのが一つ。そして、始祖竜殿に少しでも恩を売っておきたいというのが一つ。全部、下心よ? そんな無邪気にお礼を言われると、こっちがむずがゆいわよ」


 多分、実際そうなのでしょう。


 ケーラさんは娘さんと親交を結んでおられるわけではありませんし。実益あっての行動であって、それは下心と呼べるものなのでしょう。ただ、俺にとってはねぇ? ありがたいことには、何も変わりは無いわけで。


「下心であっても大歓迎です。心しておきます」


 テレンスさんがねぇ。無謀なことですか。俺はドラゴンで、耳も良ければ魔術も扱え。危機対処能力はそれなりにはあります。皆さんに手伝って貰って、娘さん自身にも気をつけてもらってで何とかしていくとしましょうか。


 そう俺は決意するのですが、ふーむ? ケーラさんです。俺の顔を見つめて何やらニヤニヤとされていて。


「あのー……どうされました?」


「んー? そりゃあれよ。始祖竜殿はその騎手殿を心から大切にされているのですねって、そんなことを思っていただけよ?」


 むぐ、っと反応に困ることになりました。これ、からかわれてるよね? こそばゆいと言うか、恥ずかしい心地にならざる得ませんでしたが、いや、俺ドラゴンだしね。体面としては、ペットが飼い主を好きであるようなものなのだから、恥ずかしがる必要は無いのですが。


「えーと、はい。そうですね。大切な人ですから」


「良いわねぇ。なんか純真な感じで。しかも、良かったわね? 向こうも貴方のことが大好きみたいで」


 それはまったくその通りですね。


 ドラゴンよりも人間に興味をもって欲しいと思う最近ではありますが、個人的には非常にありがたいことでした。


「はい。ドラゴンとして大切にして頂いておりまして」


 娘さんと仲良くいられる。


 これに勝る幸福なんて、俺にはありえないわけで。そうだよなぁ。今の俺ってすっごく幸せだよなぁ。現状に対する満足感をあらためて噛み締めたりしますが、えーと、何ですかね?


 ケーラさんは引き続きニヤニヤと俺の顔を見つめられていて。


「ドラゴンとして……ねぇ?」


 なんか意味深でしたが、あのー? 見つめ返していると、ケーラさんは目を細めた笑みを見せられます。


「私にはだけれどね。サーリャ殿は、ドラゴンに向けるもの以上の感情を貴方に向けているような気がするけど?」


 何となく分かってきたのでした。この方はカミールさんと仲がよろしいようなのですが、類は友を呼ぶというものなのでしょうね。人をからかって楽しむクセがこの方にもあるようで。


「あのー、当たり前の話ですが、サーリャさんは人間ですよ?」


 俺とは違うんですからと、呆れ半分告げさせて頂きまして。ただ、うーん。ケーラさんは変わらず楽しそうにニヤニヤされています。


「そうね。サーリャ殿はドラゴンでは無く人間ね。でも、貴方は何? 普通のドラゴンなの?」

 

 もちろん、と即答することは出来なくて。


 俺は間をおいて返答することになります。


「……それはまぁ、多少おかしなところはありますが」


「ふふふ。そうでしょう? 言葉を話し、人間も顔負けに愛情を返してくれる。難しいわよねぇ。貴方をただのドラゴンと捉えるのは、少なくとも私に難しい。あの子もそうなんじゃないのかしらね?」


 確かにでした。俺をただのドラゴンと受け入れるのは難しいかもですよね。ただ、それとこれとは話が違うような気がして。


「だからといって、それはちょっと飛躍しているかと思いますが」


 素直に、思ったことを口します。すると、ケーラさんは露骨に首をかしげられて。


「そう? サーリャ殿を見ていたら、そこまでおかしくはないように私には思えたけど?」


 何やら勘違いが発生しているようでした。


 娘さんは、心底ドラゴンが好きな方で、本当それだけなのですがね。その一面を知らないケーラさんは、妙な解釈をされてしまっているようで。


 いずれ目の当たりにされれば誤解も解けることでしょう。反対に言えば、それまでは誤解の解きようが無いと言うことで。


 そうですかねぇ、と俺は曖昧な反応に終始することになり。ケーラさんもそれ以上は意見を押し通されることも無くて。


 室内デートは、ここで終わりとなったのでした。


 屋外に出ると、真っ先に娘さんとラナが視界に入ってきました。


 どうやらです。ずっと心配して、俺が戻ることを待っておられたようで。安堵の表情が、娘さんの顔に浮かびます。一方のラナは、俺の話し声なりが多少は聞こえてたんだろうね。心配なんてどこにもなくて、『……やっとか』とあくび混じりに呟いてます。


「ほら。なかなかね、人間あそこまで安堵したり出来ないものよ?」


 いたずらっぽくケーラさんでした。


 もちろん娘さんの態度についてでしょうが、まぁはい。俺、愛されてますからねぇ。


「ラウ家のドラゴンが無事に戻ってきた。それに勝る喜びは、娘さんにはありませんので」


「あら、頑なね。まぁ、いいけど。これ以上、あの子を心配させるのも申し訳ないから、ここでお開きとしましょう。またね、ノーラ殿。次は式典で」


 そうおっしゃって、優雅に俺と娘さんに頭を下げられて。


 ケーラさんは従者さんたちを引き連れて去っていかれました。後には、ラウ家の騎手に騎竜ばかりが残されます。


「……えー、すみません。なんともご心配をおかけしたようで」


 ひとまずでした。


 娘さんを心配させてしまっていたようなので、その点について頭を下げさせてもらいました。

 

 そして娘さんです。神経質な目つきでジトリと見つめてこられます。


「……えーと、あのー?」


 不思議に思って問いかけると、娘さんは「ふむ」と目を細められて。


「籠絡されたとか……そんな感じはないかな?」


「……そう言えば、そんな心配されてましたね」


 そんな突飛な心配のもとに、今日はこんな行動に走られていたのですよね、そうでした。


「あらためて申しますが、杞憂です。籠絡だとか、んな妙なことはありませんでしたから」


「……本当? なんか閉じ込められてたよね?」


「ちょっと人に聞かせられない話をしていただけです。あの方は、そういう難しい立場の人なんですから」


「……聞かせられない話。あやしい」


「あやしか無いです。ちゃんと詳細に話しますから。とにかく、サーリャさんの心配されたようなことは何も無かったですので。だからこうして、何事も無く戻ってこられたわけで」


 これに反応してきたのはラナでした。呆れ調子で、娘さんをにらみつけて。


「ほら、見なさいよ。結局何も無かったじゃないのさ」


「か、可能性っ! 可能性の問題だったから! 警戒する価値はあったの! そうなの!」


 抗弁されたものの、警戒しすぎだったのではという思いはよぎったようで。娘さんはバツの悪そうな表情をして、一つ頭をかかれます。


「まぁ、その……アルベールさんのおっしゃったことが正しかったのかもしれないけど。とにかく、良かったよ。ノーラに何も無くってさ」


 その言葉には、まったく偽りは無いようでした。


 

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