第30話:俺と、王女様とデート(保護者付き)(4)
ラウ家は今、ほとんどカミールさん旗下にあって。娘さんも親父さんも、カミールさんを信頼されていて。これはですね、答えは決まってるかなぁ。
「その……すいません。ご提案の件ですが、正直頷きかねます」
ちょっと惹かれるところはあったのですが、俺の答えはこうなるのでした。相手の顔色をうかがいまくる俺ですが、これには色良い返事はちょっとね。
しかしまぁ、顔色はうかがってしまう俺ですので。ケーラさんを不快にさせてしまったのかどうか。そこが気になるところでしたが。
「そう。それは残念ね」
それだけでした。
ケーラさんは口の端に笑みをたたえたままでそうおっしゃって。俺はもちろん拍子抜けでした。
「あの……なんともあっさりされてますね?」
「それはそうよ。カミールほどに、私に貴方への影響力は無いもの。これで頼みが聞いてもらえると思っていたら、私もなかなかの頭の出来よね」
「は、はぁ。まぁ、そうですかね」
「だから、この話はおしまい。二つ目の本題の方にいこうかしら」
そう言えばです。ケーラさんは題目は二つあるとおっしゃってはいましたが。俺は「え?」と声を上げることになります。
「次が本題なのですか? 今までではなく?」
今まで、けっこう王国の今後に影響しそうな話をしていた気がするのですが。これ以上の話が次に待っているってことですかね?
俺がビビっていると、ケーラさんは意味深に笑みを深められて。
「そう。ここからが本題。それで尋ねたいことがあるけど、良いかしら?」
「は、はい。どうぞ」
「では遠慮なく。ノーラだけど、サーリャ殿がお好きよね?」
とりあえず『ぶふぅ!』とならざるを得ませんでした。
い、いかん。なんか唾液が変なところに入ったかも。ゲホゲホとしばらくせき込むことになり、
「……あ、あのー、いきなり何ですか?」
呼吸が落ち着いたところで尋ねかけます。いや本当にもう、いきなり妙な変化球をぶちこんでくるのは勘弁して頂きたいのですが。
まぁ、何かしらの冗談として口にされたのでしょう。俺はそう思ったのですが、はてさて。ケーラさんはほほ笑まれながらも、澄ました目つきをして口を開かれます。
「何ですかも何も無いけど。これが本題。いや、本題の重要な前提かしら? 好きよね? 素直におっしゃいなさいな」
どうやら冗談では無い……のか? 少なくとも、たわむれに俺をからかうと思われたわけでは無いのでしょうか。
何か本題があって、そのために俺にそんなことを尋ねられたようで。う、うーむ。これは素直に答えるべきですかね? でも、素直に答えるとなぁ。俺が娘さんと仲が良いからって、不純な結婚希望者が娘さんに殺到したぐらいですし。
俺はまだケーラさんをそこまで信用しているわけじゃないですし。ここはそうね。素直になる必要はひとまずね。
「本題について、先にお尋ねしても?」
俺の疑問に、ケーラさんは穏やかな笑みで応じられます。
「慎重ね。まぁ、気持ちは分かるし、それが正解だと思うけど」
「そう言って下さるとありがたいです」
「じゃあ、本題ね。テレンスには気をつけておきなさい」
本題について、欠片も予想は出来ていなかったのですが。まさかその名前が出てくるとは思っていなくて、俺はすかさず問い返します。
「テレンスさんですか?」
「そう。テレンス・エフォード。貴方のサーリャ殿につきまとっている女たらしね」
貴方のなんてフレーズにツッコミを入れたいところですが、そこは本筋ではないでしょうし。掘り下げるべきはいくつかありますが、まぁ、とりあえず、
「よくご存知ですね。サーリャさんの周りのことについてですが」
まず気になったことを尋ねます。
お貴族様関係で、テレンスさんを知っておられることに疑問は無いのですが。なんで縁もゆかりも無い娘さんにまつわることをご存知なのか。おそらく調べられたのでしょうが、それは何故なのか……って、いや、これも俺か。
「始祖竜の騎手殿よ? なんで私が気にしないと思ったのよ?」
からかうような口調でしたが、それはまったくその通りなのでしょう。王女様として、俺を気にすれば、その周囲もということで。
「それはあの失礼しました。ではあの、テレンスさんに気をつけろというのはどういう意味で?」
女たらしだと、テレンスさんについておっしゃっていましたが。ひっかからないように気をつけろだとか、そんな優しいご忠告なのでしょうか? いやしかし、先ほど政治的な話をされたケーラさんですし。
「貴方は、アルベールやアレクシア殿と仲が良いんでしょ? テレンスの狙いなんてものについて、もう聞いたりしてる?」
尋ねかけから察するに、やはり政治的な話なのですかね? 俺は頷きを見せます。
「はい。サーリャさんに気に入られることで、私に影響を及ぼしたいとか」
「そう。そこはその通り。じゃあ、何で貴方に影響力を及ぼしたいと思っているのか。その点については?」
俺は首をひねることになります。
はて? その点については、えーと。
「……始祖竜の威を借りられればってことなんでしょうけど、その威を借りて何をしたいのかってことですよね?」
「そういうこと。そこまでは考えていない感じかしら?」
「えぇと、はい。そこまで深堀りは」
「まぁ、単純な話だけれどね。式典をぶち壊そうとしているの。彼、ギュネイ派の急先鋒だから」
淡々とそうおっしゃられて。
俺は当然の「はい?」でした。
「ギュネイ派? テレンスさん、アルフォンソ・ギュネイの味方なので?」
「そう。そんな雰囲気してなかった?」
「確かにその、貴族らしい方かもなぁとは思いましたが……」
「あの連中は、カミールの胸中なんて知らないから。式典で貴方を有効活用してくると思い込んで、どうにかしようとがんばってるのよね。上手く操って、カミールへの否定的なことでも口にさせることが出来れば、王都の状況を変えられるかもしれないこともあれば」
「あー、はい。なるほど」
それだけ始祖竜の名には力があるということなのでしょうね。テレンスさんと言うかギュネイ派がその気になってがんばるぐらいには。ただ、
「しかし、ギュネイ派では無くて、テレンスさんなんですね」
気をつけるべきはという話です。利用されないように気をつけろということならば、テレンスさんでは無くギュネイ派ということになるはずですが。
ケーラさんは笑顔で応じられます。
「いい質問ね。これも単純な話。あの子、ちょっとバカだから」
「ば、バカ? テレンスさんがですか?」
「そりゃテレンスのことよ。式典を前にして、ギュネイ派の大小が色々と暗躍していて、私もカミールもその対処に忙しかったりするんだけど。その大小の中でも、あの子はちょっと……ね?」
「え、えーその、頭の方が……と?」
「そういうこと。女たらしにばかり精を出してきた成果かしら? ということでなんだけど、貴方、サーリャ殿のこと好きよね? 好きっていう言い方が嫌いなら、大事な人よね? 隠さないでいいわよ。広場のあの一幕を知っている者なら、そんなことは察せないわけが無いのだから」
何故、不意にこんなことをまた尋ねられたのか? そこは分かりませんでしたが、そ、そうですか。周知の事実ですか。確かに、だからこそ先日の集まりにあれだけの騎手さんたちが集まられたのでしょうし。
「……まぁ、その……大事な人ではありますが」
ドキドキしながら打ち明けたのですが、本当周知の事実だったのでしょうね。ケーラさんは当然と頷きを見せられます。