第27話:俺と、王女様とデート(保護者付き)(1)
よくよく考えてみるとでした。
これ、初デートじゃね?
そう思うと、ちょいとワクワクするような、別にそうでも無いような。人間の時だったらともかく、俺ドラゴンじゃんね。実質えーと散歩?
と言うことで、晴天の王都、その市中でした。
「さて、どこへご案内いたしましょうか」
隣にあるのは晴れの日差しに負けない、華やかな笑顔です。
もちろんケーラさんでした。今日もまた、紺地のドレスに身を包まれて、栗色の長髪が日の光に鮮やかで。市中のざわめきの中であっても、一際目立つお方でありました。
ともかくデートなのです。
今日の朝に従者さんたちと共にやってこられて、そしての今なのでした。にぎやかな市中を、俺は『ほへぇ』とケーラさんに案内されながらに歩いています。
なかなかね、楽しいのでした。港に近いエリアを歩いているそうなのですが。景色と匂いがこう興味しかもてない感じで。
市場なのかねぇ? 船から荷揚げされた、雑多な品物が通りの左右に軒を連ねていて。よー分からん匂いのする、麻袋に詰められた何かだとか、広げられた正体不明の毛皮だとか。なんか色々あるんですよね。それらを見て、かいでいるだけでも心が踊る感じで。
本当、観光客気分ですねぇ。一応ね、俺は謀略の渦中にいるらしいのですが。
王家が俺を欲していて、ケーラさんはその尖兵という感じで。ただ、アルベールさんは、それはただの仕事をしていますアピールに過ぎないとおっしゃられて。王家として、ちゃんと権威と権力を保つためにがんばってますよーって、信奉者たちに見せるだけの行いだと。
実際にです。
カミールさんが忙しかったので、デートしても良いですかとマルバスさんにお話させて頂いたのですが、返答はどうぞ楽しんで下さいって感じで。謀略としてなんか解釈はまったくされていない様子でした。
当人さんもです。
引き抜きがんばるぞーって感じは微塵も無くて。ヘンテコドラゴンを連れた市中巡りを単純に楽しんで。おられるようで。
「あ、そうです。この辺りに王家が贔屓にする焼き菓子の老舗がありまして。良ければそちらに向かいませんか?」
ケーラさんは満面の笑みでそんな提案をされて。何て言いますかね。俺をダシにして、市中散策を楽しまれている匂いがプンプンしますね。けっこうなことでした。もてなされるよりかは、はるかにこちらの方が気楽ですし。
「へぇ、そんなお菓子のお店が。是非、ご案内の方をお願いします」
「承知しました。では、こちらへ」
俺は興味津々でケーラさんの案内に従います。味なんてドラゴン舌に分かるものは無いでしょうが、単純にこちらの世界のお菓子店に興味がありますし。どんな店構えで、どんなものを並べているのでしょうねぇ。
うーむ、本当普通に楽しいですね。見慣れぬ市中を歩くだけでも楽しいですし、ケーラさんもかなり気楽に付き合える方で。穏やかでお優しいですし、何より必要以上の配慮や気がねをされませんし。
なんか気楽だなぁ。でも、こう気楽でいるのは申し訳無いような。
俺とケーラさん以外はこうも気楽にはかまえておられませんしね。
従者の方々がね、まったくもって大変そうなのです。
数としては五人です。王女様であるケーラさんは、そんな数の従者さんたちを護衛として従えておられるのですが。その方たちがもう、本当に大変そうで。
市中の方々が大注目なのでして。
王女様だと理解されているわけじゃないでしょうが、美しく威厳のある女性がいて、その隣には始祖竜ライクなしゃべるドラゴンがついていて。
これで注目を集めないわけがないわけです。
従者さんたちは人混みを牽制し、ケーラさんに危険が及ばないように神経を使っておられるようでした。
そして、俺にもですかね。わりと視線を感じるのです。従者さんたちは、俺にも注意を払っておられるようで。
カミール派と目されるドラゴンですもんねぇ。王家には、カミールさんの処刑に同意した後ろめたさもあれば、こうもなるでしょうかね。
いずれにせよお疲れ様でした。そして……あちらもなぁ。
ケーラさんに従者さんたちがついているようにです。俺にもそんな存在……なのか? いるのです。俺とケーラさんを遠巻きにして、こっそりでもなく見守っているわけでなく見張っている方々が。
「……ふふ」
不意にケーラさんが楽しげに含み笑いをもらされて。俺は軽く首をかしげることになります。
「えー、どうされました?」
「いえ、不思議な逢引になったなと思いまして。こうも身の引き締まる思いのする逢引というのは、なかなか無いのでは?」
うーむ、そうかもですねー。
俺は頷きを見せます。保護者同伴のデートみたいなもんですからね、これ。
と言うことで、娘さんなのでした。
ついて来られているのです。見張っておられているのです。堂々と従者さんたちや、俺やケーラさんの見えるところに立たれて。腕組みして、不穏な目つきでにらみつけて来られていて。
アレから、ちゃんとお伝えしたのですけどね。
ケーラさんが本気で俺の強奪を試みる可能性は低くて、俺にしてもやすやすと強奪されることも無ければ、籠絡されることはありえないと。
でも、ついて来られちゃったのです。
俺のことを心配されてということなのでしょうが。本当は俺のことなんかに思考を割いて欲しくないんですけどねー。娘さんに結婚する気になってもらおうという計画の支障になっている感がありますし。
でも、現実はこうで。
しかもです。その本気度がなかなかで。ドラゴンの優れた聴覚に、娘さんのひそひそ声が届きます。
「……分かってるよね? あの女の人だからね? 絶対目を離さないようにね、ラナ」
ちらりと声の方向を見つめるとです。
そこにいる一人はもちろん娘さんなのですが、そのささやきを受けているのはですね。なんと、ラナなのです。アレクシアさんの都合がつかなかったため、娘さんに引っ張り出されたようで。
本気ですよねぇ。ケーラさんの実力行使を阻止してやるぐらいのつもりなのでしょう。意志が疎通出来るラナであれば、臨機応変な対応も期待できますしね。有用な戦力を投入して、ケーラさんのあるかないかも分からない企てを阻止するつもりらしいのです。
ただ、その熱意はラナとは共有されてはいないようで。
ドラゴンの顔色なんて分からないのですが、それでもうっとうしそうな雰囲気には満ち満ちていて。って言いますか、露骨にため息をついていて。
「はぁ……分かったけど、ここらはうっさいわねぇ。もうさ、私帰りたいんだけど?」
「ダメに決まってるでしょ! 言ったよね? ノーラが奪われるかどうか、今はその瀬戸際なんだから」
「それは聞いたけど、アイツはんなこと無いって言ってたけど?」
「信じないの! ノーラは若干薄ぼんやりとしてるんだから! 危機感が足りないだけで、正しいのは私だから!」
「まぁ、ノーラについての感想は理解出来なくもないけど。でも、アンタもたいがい能天気でバカっぽいけどねぇ」
「の、能天気でバカ!? ひどい! ドラゴンであっても、その暴言はちょっと許されないよ!」
「お、おう? 何さ? やろうってなら相手してやろうじゃないのさ!」
そうして、一人と一体はなんか言い合っていますが。すごく仲良さそう。このまま一人と一体で市中でも散策していればいいのに。
しかし、うーむ。
俺は思わず眉根にシワを寄せるのでした。