第24話:俺と、王女様襲来(1)
艶やかな笑みと共に、その唇は開かれて。
「アルベール殿以外は初めましてかしらね。ケーラ・アルヴィルと申します。どうぞよろしく」
その口ぶりは思ったよりもカラっとさばけたもので、とても親近感を覚えられるものでしたが……えーと。
王女様らしいのです。
この威厳のある、華やかで艶やかなご婦人なのですが。王女と言うことは、この国の王様の娘さんということでいいのかしらん? ともあれ、この国のトップ・オブ・トップのお偉いさんということで間違いないでしょう。
そんなお偉いさんが、俺に用事? ワッツ? って、なるようなならないような。俺はエセ始祖竜で、相手は王家の方ですし。
ただ、王家の方がこのリャナス家のお屋敷にねぇ? 先日の処刑にまつわる色々もあれば、リャナス家とは現在ただならぬ関係のようでして。娘さんの不安そうな表情も合わさって、その点が非常に引っかかるところでしたが。
とにかく、挨拶をして頂いたので、こちらもですかね。まずは人間様が先でしょうし、立場が上の人が先でしょう。アレクシアさんはアルベールさんに目配せされていますので、俺もそれにならうことにします。
俺たちの目配せを受けてです。アルベールさんはまだ混乱覚めやらぬ様子でしたが、深々と頭を下げられました。
「お久しぶりです、殿下。アルベール・ギュネイです。再びお目見え叶いまして、臣下としてこれ以上の喜びはありません」
発言から分かっていたことですが、アルベールさんはこの方と面識がおありのようで。王女様……まぁ、ケーラさんでいいですかね? ケーラさんの態度もまた知人に対したものって感じでした。にこり、と気さくな笑みをアルベールさんに向けられます。
「そうね、アルベール。お久しぶり。色々とごたごたしているはずだろうけど、思いの外元気そうで何よりね」
口調からも、旧知の仲ってことが伝わってきますね。同年代の大貴族の子弟と王家の王女様となれば、それが自然なのでしょうか。
アルベールさんへの挨拶はすんだようで。ケーラさんは、今度はアレクシアさんに目線を移されます。
「貴女がくだんのアレクシア殿ね? お噂はかねがね」
ちょっとビクリとしてしまいました。アレクシアさんの噂と言えば、やはり人間嫌いのことがまず浮かびます。いきなりそういうことを口にしちゃう人なのかと警戒せざるを得なかったのですが。
ケーラさんは何故か、同情的な苦笑をアレクシアさんに向けられます。
「優秀だからって、カミール殿にこき使われているんですって? 要求しにくいかもしれないけど、あの男は働いた分はしっかりと報いる男だから。ちゃんと休暇は取りなさいね」
安堵の思いは、アレクシアさんも同じようで。初対面のはずですが、この人にしては珍しく微笑で応じられます。
「殿下にお目見え叶い、過分なご配慮まで頂き。このアレクシア・リャナスには感謝の言葉しかありません」
その言葉に、ケーラさんは「そう。良かった」と鷹揚に人好きのする笑顔で頷かれましたが……なんかね、すごくいい人感がありますね。
リャナス家と確執のある王家の方ということで、多少の警戒感は抱いていたのですが。どうにも雪解けは不可避だなぁ。お優しそうですし、なんだかカミールさんとも悪い仲じゃ無さそうで。王家の方も、それぞれということですかねぇ? とにかく警戒心はどうしようもなく薄れますね、これは。
ただ、相変わらず娘さんは不安そうに、俺とケーラさんと視線を行き来されていて。なんでしょうかね? 何かしら警戒すべき理由があるのでしょうけど。
そして、俺の番ということなのでしょう。
ケーラさんは俺ににこりとほほえまれます。
「ノーラ殿ですね? お会いしたいとかねがね思っていましたが、ようやくこの日が来ました」
一日千秋みたいな言葉を投げかけられたのでした。うーむ、社交辞令とは言え、一国の王女様にこんな挨拶をさせてしまうとは。やっぱり始祖竜のネームパワーってすごいですねぇ。軽く詐欺師の気分。
「お初にお目にかかります。ラウ家の騎竜の一体であるノーラです。どうぞよろしくお願いします」
当然、俺は始祖竜でもない羽つきデカトカゲの一体ですので。普通にラウ家の一員としての礼儀を尽くさせてもらうのでした。出来るだけ丁寧に見えるように頭を下げたりもしまして。
この俺の態度は、ケーラさんの目には好ましいものに映ったようでした。ケーラさんは笑みを深められ、その笑みを娘さんへと移されます。
「サーリャ殿が話された通りね。ノーラ殿は、礼節を知る素晴らしいご紳士で」
誉められちゃったのでした。ドラゴンってこういうところが良いですねー。トカゲだからとハードルが低いので、人並みのことをしても過分に褒めて頂けます。
しかし、俺の程度の低い喜びはともかくとしまして。気になるのは娘さんですねぇ。
いつもであれば、自分のドラゴンを褒められればそれはもう鼻高々の上機嫌で。さらには、褒め言葉を口にして下さった人への評価もうなぎのぼりだったりで。直近だと、アルベールさんへの評価が王都の騎手さんから、一瞬で趣味の合うすごく良い人ぐらいになりましたし。
ただ、今回はです。
ケーラさんに笑みを向けられて、娘さんは笑顔でした。ですがその笑みは、なんとか体裁を取り繕った愛想笑いといった感じとなっています。
警戒感バリバリですね。何が娘さんにこう警戒心を抱かせるのか? そう不思議に思っているとでした。
「……ふふ。そんな警戒しなくてもいいのに」
ケーラさんです。目を細めた笑みで、からかうような言葉を口にされて。そして、ちらりといたずらっぽい笑みを俺にのぞかせてこられて。
「サーリャ殿はですね、私が盗人を働きに来たと心配しているのです。私がノーラ殿を奪いに来たと」
俺が『へ?』となっているとです。娘さんが慌てて声を上げられて。
「で、殿下っ! 私は決してそのようなっ!」
「そんな慌てなくても良いのに。大丈夫、私は気にしてはいないから。ね?」
娘さんは動揺を露わにし、ケーラさんは余裕バリバリな笑みを浮かべておられますが……なるほど。
娘さんが何故こうも警戒心ばりばりなのか? その理由が理解出来たのでした。
リャナス家とあまりよろしくない関係の王家、その王女様がいきなり来てです。で、エセ始祖竜である俺に会いたいと告げてきて。
そこに何らかの意図があると思われたのでしょうねぇ。端的に言えば、ケーラさんのおっしゃる通り。俺を奪いに来たとか。
どうなんでしょうね?
娘さんの心配はありがたかったのですが、実際のところはです。この方はそんなつもりで来られたのかどうか。ケーラさんの艶やかな笑みには、敵意のようなものは欠片も見受けられなくて。
いまだ動揺している娘さんに、ケーラさんは優しく微笑まれます。
「とにかく、サーリャ殿が心配されるようなことは無いの。ノーラ殿はカミール殿の庇護下にあるのよ? 今の王家にカミール殿に面と向かって楯突くような実力は無いのだから」
昨日の集まりにおいてですが、アレクシアさんも似たようなことをおっしゃっていましたっけ。現状のパワーバランスじゃ、カミールさんの元にいる俺に力尽くで介入出来る勢力はいないみたいな。それはもちろん王家もみたいな。
その通りだとしたら、ケーラさんは俺に興味をもって、ただ会いに来ただけなのでしょうかね? 娘さんもそう思われたのでしょう。やや表情がゆるんで、しかしケーラさんに対する反応に困っているらしく。
まぁ、立場が上の人から自虐系カミングアウトを受けたわけで。反応に困るのはそりゃあね。ケーラさんも自覚があったようで苦笑を浮かべられます。
「ごめんなさいね。反応しにくいことを聞かせちゃって」
「い、いえいえ。私のほうこそ、殿下に気遣いをさせてしまいまして。正直あの、少しばかり邪推の方をしてしまっていたのですが」
ケーラさんの優しい笑顔があってのことでしょうね。娘さんはわりかし素直に疑心を抱いていたことを吐露されました。
で、ケーラさんは優しい笑みを深められまして。
「ふふふ。そうね、いきなり来て疑われるのも当然ね。でも、本当に王家にはそんな力は無いの。でも……」
「は、はい? でも……ですか?」
「えぇ。力に訴えるばかりがやり口じゃない。そう思わない?」