第21話:俺と、第二次作戦会議(4)
「アルベールさんがされたら効果的だと思いますけどねぇ」
思わず口にするとでした。アルベールさんはけっこうな批判の目つきで俺を見つめてこられました。
「効果的だ? 俺があんな軟派な態度を取ったらだ? アルベールは破廉恥なフヌケだったって、サーリャ殿に笑われることになるんじゃないか?」
「い、いやいやいや。現に、サーリャさんはテレンスさんをフヌケだって笑ってませんし」
「それはまぁ、そうらしいが……でもなぁ」
「絶対に効果的ですって。そもそもですが、サーリャさんはテレンスさんよりもはるかにアルベールさんに好感を抱いておられているでしょうし」
俺は長い鼻先で、中庭を指し示します。正確には、テレンスさんと歓談する娘さんの表情をですが。
「どうにもぎこちない感じでして。アルベールさんと一緒におられる時とは雲泥の差でして」
「えーと、そ、そうだろうかな? 昨日は必死で分からなかったけど、サーリャ殿はそんな感じだったかな?」
またまたアルベールさんのかわいいところが出ている感じでした。わずかに無邪気な笑顔を見せられまして。その笑みに、俺は力強く頷きを見せます。
「はい。全然違いました。だからです。私は効果的なのではないかと。サーリャさんは本人も分からない理由で結婚する気になれないようなのですが、その壁を突破することも能うのでは?」
そうなれば、親父さんも俺も万々歳なのですが。
アルベールさんはにわかに難しい顔で黙りこまれました。テレンスさんのようなふるまいをすることへの忌避感はやはり強いもののようで。しかし、
「 ……正直、王都では無く、ギュネイの領地で育った俺にはまともなふるまいには思えないが」
アルベールさんは力強い目をして、力強く頷かれます。
「やろう。俺も覚悟して、この場にいるのだからな」
まぁ、本当さすがって感じでした。
気は進まないようなのですが、目的のために決断をされたのでした。ただ、覚悟はされたものの、不安はおありのようで。
「しかし、テレンスみたいになぁ? 俺が? んなのどうやればいいんだよ」
悩ましげに首をかしげられました。
その悩みに俺は納得しかなく。確かに急にやれと言われてもでしょうねぇ。ああいうのは、正直特別な人の特別なふるまいって感じですし。真似しようと思って真似出来るようなものでは無いと言いますか。
当然、俺にも出来ないと言いますか、そもそも女性との関わりなんてものが皆無の人生を歩んできましたので。やって下さいと口にした当人一人としては、なにかアドバイスをさせて頂きたいところですが………う、うーむ。これはなぁ、ちょっとなぁ。
「でしたら私が練習台を務めさせて頂きましょうか?」
アルベールさんとそろって見つめることになりました。
アレクシアさんは、この面子の中のいつも通りとして無表情に座られていますが。えーと、練習台。それはつまり。
「アルベールさんの予行練習に付き合って下さると?」
「えぇ、いきなり本番というのも大変でしょうし。ノーラが練習台になるよりは、多少はそれっぽいとも思いますし」
まぁ、その、はい。後者については雲泥の差でしょうが、ともあれありがたい申し出に間違いなく。
これで仮想娘さんの練習が出来るようになったわけです。アルベールさんも、どうやらありがたい思いを抱いておられるようで。
「それは本当助かる。正直、ぶっつけ本番で出来る自信は欠片も無いし」
「でしたら、早速ですがどうぞ」
そう言って、アレクシアさんは淡々と自らの手を差し出されましたが……キレイな手だよなぁ。そもそもとしてアレクシアさんは秀でておキレイな方ですが、手の方もまたまたで、長い指が白くすらりとしていて。
俺だったら、触っていいと言われたところで盛大にきょどり倒すことになるのは間違いないでしょう。
その点は、アルベールさんも俺と似たようなところあるようでした。アレクシアさんの手を見つめながらに、固い表情で動かなくなられて。
ただ、俺とは肝の太さが違う方ですので。意を決したように「ふぅ」と息を吐かれた上で、何故か俺を見つめてこられて。
「ノーラ。ちょっとさ、窓塞いでもらっていいか?」
「あ、はい」
咄嗟に察せられる部分がありまして。俺はそそくさと窓際に移動します。
多分、アレクシアさんの手に触れているところを、娘さんに見られたくないのだと思います。変な誤解を招きたくないというのは、何とも理解出来ることでした。
この部屋にはカーテンがあるのですが、この世界におけるロウソクは気軽に使えるほどにお安いものでは無いですからね。よって、俺の出番ということになるのでしょう。
我ながら器用に家具の合間をぬって、窓際にたどり着きます。しかし、心配しすぎな気もしますがねぇ。
今の娘さんには、この応接間を気にするような余裕は無いでしょうし。ああしてですね、テレンスさんへの応対に汲々と……って、おや?
「あの、アルベールさん?」
「なんだ? 俺は今、固めた決意を崩さないように必死なんだが?」
「その邪魔はしたくは無いのですが、あの、テレンスさんがどうにもいらっしゃらないようですけど?」
さきほどまで、娘さんの隣にいらっしゃったはずなのですがね。娘さんとマルバスさんはいらっしゃるのですが、テレンスさんの姿は今はどこをどう探しても見当たらなくて。
ただ、現在重要なタスクに直面しているアルベールさんは、テレンスさんの動向に興味を抱けないご様子でした。
「ただの僥倖じゃないか。アイツも式典じゃいくらか役割があるようだからな。サーリャ殿につきまとってばかりじゃいられないのだろうさ」
それだけ口にされましたが、終始視線はアレクシアさんの手に注がれていまして。さて、どうこの手を相手にするのかと、その点に思考の大部分を回されているようでした。
俺としてはです。ちょっと中庭を一瞥して下さったらなぁなんて思ったりしたのです。と言うのもです。中庭の異変は、テレンスさんが姿を消したばかりの話では無く。
「あのですね、今まで見かけたことの無いような方がいらっしゃるようなのですが」
この方には十分な余裕がおありのようでした。
手を差し出したままのアレクシアさんです。俺が見知らぬ第三者の存在を訴えかける前から、すでに中庭の様子に目を向けられていまして。
「ですね。どなたかいらっしゃいます。おキレイな方ですね」
いやいや貴女こそとか、思わず口にしたくなりましたが、テレンスさんみたいなムーブは無駄ですし控えさせて頂きまして。
そうなんですよね。いらっしゃるのです。そのおキレイな方が。