第20話:俺と、第二次作戦会議(3)
「そうか。よし、そうか。なんだか光明が見えてきたような気がするな。手応えが出てきたっていうかさ。それであー、ノーラ? 俺についての評価とかさ、なんか聞いたりしてなかったかな?」
今後のためということなのでしょうが、その点はやはり気になるようで。一回ふられた過去が尾を引いているのか、アルベールさんはいくぶん不安な表情で俺を見つめられます。
これに関しては完全に朗報を届けられますね。俺は笑顔の心地で応じさせて頂きます。
「聞いてますよー。すごくお優しい対応をして下さったと、サーリャさんは口にされていました」
「ほ、本当か! それは……嬉しいな。根性入れてがんばった甲斐があったなぁ」
アルベールさんのかわいいところが存分に出ている感じでした。無邪気な笑顔で素直に喜ばれていて。
アレクシアさんもつられるようにして柔和な表情を浮かべられていました。なんか良い雰囲気。この雰囲気のままで作戦会議が進んだらなぁって心から思えるのですが、なかなかそうはいかないようで。アルベールさんの表情が不意に曇ります。
「しかし……どうだ? テレンスについてだけど、サーリャ殿は何かおっしゃったりは?」
現状、アルベールさんの前に立ちはだかる唯一無二の難敵ですからね。娘さんのテレンスさんへの評価がどうしても気になったようなのですが……あーと、どうしよう。
アルベールさん的にはです。昨日の娘さんのテレンスさんへの反応は、あまり嬉しいものでは無いだろうなと推測がつきますので。
この雰囲気を維持するためにも、「何もありませんでしたよ?」とか、とぼけておきたい衝動にかられますが……アルベールさんは、別にヨイショされたいわけじゃないだろうからなぁ。
娘さんと良い関係になるための一環として、娘さんの難敵への評価を腹に入れておきたいのでしょうから。まぁ、表情から察するに、悪い評価であれば良いのにぐらいのことは思っておられそうですが、ここは素直に打ち明けるべきでしょう。
「えー、娘さんですが、テレンスさんについても言及されていまし。その、手を握られたことについてだったりしましたが」
「あぁ、なるほど。その点をやはり気にされていたか。あのふるまいは、ちょっと度を越して無礼だったからなぁ」
「……ど、ドキドキされたそうですが」
「は? ドキドキ? ……誰が?」
なんか、マジで言っている感がありました。アルベールさんの真顔の尋ねかけに、俺はちょっと気圧されながらに応じます。
「い、いや、それはもちろんサーリャさんですが」
「そうか、サーリャ殿が。で、ドキドキ? えっと何に?」
「ですからその、手を握られたりしたことについてですが」
「……手を握ったのは?」
「え、えーと、認めがたいものがあることは理解しましたが……すみません。全部、事実ですので」
アルベールさんは「なるほど」と頷かれました。そして、窓の外を眺められて。優雅な笑みを浮かべられるテレンスさんと、やや挙動不審でありながらもひかえめに笑みを返す娘さんを見つめられて。
で、不意にでした。
「な、なんでだよ、ノーラっ! なんでそうなるんだっ!」
膝をバシリと叩かれながらの怒声混じりの問いかけでしたが、い、いやぁ? そんなことを俺に尋ねられましてもですが。
「まぁその、何かしらサーリャさんの乙女心に響くところがあったんじゃないですかね? 多分」
「そこが理解出来んっ! あ、あんなの無礼以外の何物でもないじゃないか? ノーラだって、見知らぬヤツにいきなり手を触られたらどうだよっ!」
「それはちょっとはビックリするかもですが、ドラゴンと人間の女性を一緒にするのはどうかと……」
参考になりますかね? と思わざるを得なく。
なかなか頭が白熱されている様子のアルベールさんですが、その点にはすぐに気づかれたようでした。この場の唯一の年頃の女性であるアレクシアさんに目を向けられます。
「アレクシアさんっ! 無礼だよな? こんなの失礼でしかないよな?」
同意を求められたアレクシアさんでしたが、この人にしては珍しく戸惑いを露わに首をかしげられて。
「え、えーと、そうですね。出来れば、一般的な年頃の女性としての意見を差し上げたいところなのですが、私に尋ねたところでノーラに尋ねることと大差は無いような……」
「いや、アレクシアさんの意見を聞かせて欲しいっ! 無礼だよな? そう思うよな?」
「そ、そうですね。私もあのような距離感の方はあまり好ましくは思えませんが、しかし大事なことは私や世間一般の意見ではないのでは? サーリャさんがえーとドキドキですか? 胸の高鳴りを覚えたという、その一事が大事なのであって」
まったくもって冷静なアレクシアさんのご意見でした。ですよね、娘さんがときめいちゃったという事実はもう動かしようがありませんし。俺は思わず言葉を作ります。
「そんなサーリャさんにどう向き合っていくのかが重要でしょうねぇ」
「そうなのです。幸いなことに、サーリャさんに男性への興味を持ってもらうという点は、これで問題では無くなりました。次の問題は、興味があっても何故か結婚する気にはなれないサーリャさんの胸中ですが……」
「本人にも分からないようなことは、私たちにもなかなかでしょうから」
「はい。なので、分かっていることにしたがって、物事を進めていくしかないと。何と言いましょうか。サーリャさんは、テレンスさんのような気取ったふるまいが嫌いでは無さそうなので。これを利用していくことが肝要かと思われますが」
そうしてアレクシアさんはアルベールさんをじっと見つめられます。その意図はまぁ、そういうことなのでしょうし、俺も同意見ですので。一緒にアルベールさんを見つめることになりました。
で、聡明なアルベールさんでした。
すぐにご理解頂けたようで、露骨に嫌な顔をされます。
「それはあれか? 俺にテレンスみたいなふるまいをしろってことか?」
さすがご明察でした。
アレクシアさんは同意の頷きを見せられます。
「攻めどころが見つかったということなので。ヒース様の目的のためにも、アルベールさんの目的のためにも。する意味は大いににあるかと思われますが……」
「は、はぁ!? 冗談じゃないぞっ! なんで俺が、あのテレンスみたいな破廉恥な真似を……っ!」
は、破廉恥。なかなか耳馴染みの無い言葉を耳にすることになりました。分かってはいたことですが、昨日のテレンスさんのような態度はですね、アルベールさんの文化には無いものらしく。忌避感の方は相当あるようなのですが。