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第4話:俺と、困難の先触れ

 俺の頭脳の回転がきれいに止まっております。


 だ、だってさ? だってさぁ、ねぇ?


 親父さんが娘さんに縁談があるって言ってたけど、縁談ってあれでしょ? 俺には縁が無いどころの話では無かったが、結婚ってやつでしょ? そうでしょ?


 娘さんが? い、いやいやいや。まだ早くないですかね? いや、俺は娘さんの年齢についてよくは知らないけど、そんな結婚するような年齢なんですかね? 


 いやまぁ、俺はこの世界の結婚の風習みたいなのは知らないけど! もしかしたら結婚するようなお年頃なのかもしれないけど! ね? まだ早くないですかね? ね? ね?


 ほ、ほら! 娘さんも縁談なんて言われて困惑していらっしゃる……のか? いや困惑はしていないっぽい。


 娘さんは「はぁ」と大きく息をついた。そして、不機嫌そうな顔をして、再び針仕事に戻っていった。


「お父さん。またその話なの?」


 穴あき手袋を相手にしながらの、娘さんの疑問の声だった。


 また? またって、その、どういう?


 親父さんは難しい顔をして、娘さんに頷く。


「うむ。そうだな。まただ」


「同じところから?」


「あぁ」


「一騎討ちが決まったらすぐに撤回したところだよね?」


「そうだな。その通りだ」


 ふーむ? なんとも良くわかりませんが……ともかく娘さんは縁談を持ちかけた先に良い印象を持ってないのだろうか?


 娘さんは「ふん」と不快そうに鼻を鳴らした。


「なんか腹立つなぁ。ラウ家の騎竜の任が安泰になったからってさ」


「まぁ、仕方あるまい。求めているのはお前ではなく、騎手としての活躍の場なのだからな」


「分かってるけどさぁ」


「騎竜が足りないために戦場に出ることが出来ない次男坊、三男坊が、騎手が足りないとされる家に養子入り、あるいは婿入りする。ただただ、よくある話だな」


 ほうほう。何となく分かってきたような気がします。


 跡を告げない次男坊、三男坊がよその家に入って家を継ぐ。多分、そんなノリなのだろう。


 ドラゴンもそんな数がいるわけじゃないっぽいもんね。騎竜の任を受けて、跡継ぎはドラゴンに乗れても、次男は数が足りないから乗れない。そんな場合も出てくるのだろう。


 そんな時に、養子入り、婿入りというのは、そんなあぶれてしまった人たちによって、救いの手の一つになり得るんだろうなぁ。


 理解は出来ました。でも、ちょっとおかしいところもあるような気がしてですね。


「でも、騎手は私だよ? 私がいるんだよ? ちょっとおかしくない?」


 娘さんの不満の声がズバリでした。だよね? そこおかしいよね?


 これに親父さんは苦笑しながら頷く。


「まぁな。よっぽど切羽詰まっているのか分からんが。上手くいけば儲けものぐらいのつもりかもしれないな」


「ラウ家の騎手は私なのに。とにかくもうお断り。それしかないよ。本当にもう失礼だよなぁ」


 これが娘さんの結論みたいでした。


 い、いやぁ、良かった! 本当に良かった! 娘さんは結婚しない! いやね? 娘さんが結婚するのがイヤなわけじゃないよ? 娘さんが幸せな結婚をするならね、俺だってもちろん祝福するけどね? 本当だよ? 本当に祝福するよ? あるいは多分。


 ともかく、これでこの話はおしまい!


 そう俺は思ったのだけど。


「それですむのなら、私は屋敷で待っていたがな」


 不穏な親父さんのお言葉。


 針仕事の手が止まる。娘さんは不安そうに眉尻を下げていた。俺も不安で一杯だった。な、なに? 良い予感が全く出来ないお言葉なんですけど。


「え、えーと、お父さん? それどういう意味? まさか断れない事情でもあるの?」


「そういうわけではない。だが、本題との兼ね合いがあってな」


「へ? 本題? あれ、今のが本題じゃなかったの?」


 娘さんの驚きは俺の驚きでもある。


 な、なんですかね? 本題ですか。親父さんの不穏な表情を見ていると、あまり聞きたくなくなってくるんですが。


「き、聞かなきゃダメ?」


 娘さんの問いかけに、親父さんは無情に首をふる。


「ダメだ。お前には聞く必要がある」


「そ、そうなの? じゃ、じゃあ……聞くよ、聞かせて」


 娘さんが硬い表情で待ち受ける中、親父さんは重々しく口を開く。


「ハルベイユ候がノーラを欲している」


 ……んん?


 理解が追い付かなかったのは言うまでもない。えーと、ハルベイユ候? その人が俺を? え、俺? 欲している? ……俺を? え?


 娘さんも最初数秒はポカンとしていたが、理解は俺よりも数倍早かった。


「は、はぁっ!? ノーラをハルベイユ候がっ!? え? な、えぇ!?」


 理解はしたものの困惑しておられる様子。俺もようやく理解は出来たが、その……な、なんで? ハルベイユ候は親父さんの上司に当たるような存在だったような。つまるところ、お偉いさん。そんな人が何で俺なんかを欲したりしているのか。


 親父さんは娘さんを気の毒そうに見下ろしていた。


「お前が困惑するのは分かる。私もかなり驚いたからな」


「だ、だって、ノーラだよ? すごいドラゴンだよ? でも、そんな一目見て分かるような魅力は無いし……私にとっては最高のドラゴンでも、何でハルベイユ候がそんなつもりになっちゃってるの?」


 ですよねー。俺にドラゴンとしての魅力なんて一切存在しない。機敏さならばラナが、体格と最高速度ならアルバと、あの二体だったら分かりやすい魅力があるのだけど。


 俺はねー、本当無し。そんな俺を最高と言ってくれる娘さんは、きっと神様か何かだと思うけど、それはともかくとして。本当、何で俺って話になっちゃってるんですかね? 不思議を通りこして不気味である。


「まぁ、一騎打ちの件だろうな。お前も使者殿のことは覚えているだろう?」


 親父さんに問いかけられて、娘さんは考え込むようにアゴに手を当ててうつむいた。


「……そう言えば、使者の人がハルベイユ候に伝えてくれるって言ってたような。私とノーラのことについて」


「少しおかしなところはあるが、賢く優秀なドラゴンがいる。あの人の良さそうな使者殿のことだ。お前が伝えて欲しいと言ったのだからな。誠心誠意その通りにしてくれたのだろう」


 娘さんは文字通り頭を抱えるのだった。


「……い、言うんじゃなかった。あんな余計なこと言うんじゃなかった」


「あの状況なら仕方がなかったとは思うがな」


「お、横暴だよっ! 良い評判を聞いたからって、よそのドラゴンを手に入れようなんて。そんなことが許されていいのっ!?」


 吠える娘さんに、親父さんはしかめ面でうなった。


「うむ。実際、よくある話ではあるらしいが。ハイゼ家の当主も過去に取られたことがあるそうだ」


「は、ハイゼ家はいいじゃないっ! あそこ、確か十頭ぐらいドラゴンいるでしょ? ウチから取られたらたまったもんじゃないよっ!」


「ノーラに代わって、相応に優れたドラゴンを送ってくるそうだ。もっとも、ハイゼ家も同じことを言われたらしいが、実際に来たドラゴンは……うむ」


「正真正銘の横暴だ……お、お父さんっ! どうにかしてよっ! 何とか出来ないの、何とかっ!」


 そ、そうですよ、親父さんっ! イヤですよ、俺はっ! そんな権力をカサに着た、よく分からない横暴領主の所に行かされるなんてっ!


 本当、頼みます親父さん……


 俺はそう願うのだが、親父さんの表情は冴えない。


「ハイゼ家の当主に仲介を頼んでな、私からも色々と働きかけようとは思っているが……なかなか難しいだろうな」


「なんとかどうにかしてよっ! ノーラが取られるなんてイヤっ! それに本当……だ、ダメだからっ! 今の私からノーラを取ったらどうなるか。お父さんも察してたりするでしょ?」


 すがるような目をして親父さんに訴える娘さん。親父さんは重苦しい表情で頷く。


「察している。と言うかだが、クライゼ殿から聞いている。お前はかなり調子を崩しているらしいが、ノーラの時ばかりは違うようだな」


 ラウ家の当主として、当然のごとく娘さんの現状は把握していたらしい。そうなのである。娘さんはただ今絶不調なのだが、俺の時はその限りではなかった。


 理由はいたって簡単。


 俺、一応人間でしたからね。空気を読むというか、そういう行動は良くも悪くもお手の物。


 これがね、俺がラナやアルバにはない能力として、磨きをかけているものだった。


 騎手として娘さんが空中で何をしたいのか。そんなこともけっこう分かってきたのだ。娘さんの意図を読んで、娘さんの行動を自動アシストする。俺はけっこう、そんなことをやったりしていた。


「本当ヤバイからねっ! 今、一騎討ちや戦への招集なんてのがあったりしたら。私どうしようもないからねっ!」


 自分の不足を並べて、娘さんは切実に訴える。親父さんはよく分かっているといった感じで、苦しそうな顔をして頷く。


「そうだな。そうかもしれん。だからこそ、お前の縁談の話に戻るのだが」


「……へ?」


 キャパシティオーバーって感じ。娘さんは無表情になって、自分の額をおさえている。


「待って。お父さん、待って。もう私の限界を超えているんだけど?」


「分かっている。だが、言うぞ。ノーラでなければ、お前はまともには働けない。そのノーラはハルベイユ候に取られてしまう。私には責任があるのだ。騎竜の任を授かった家として、まともな騎手を戦場に送り出す責任がな」


「え、え、へ?」


「お前に、まともな騎手の婿を取らせて、その者に騎竜の任を授かった当家としての責任を果たさせる。お前には悪いとは思っている。だが、ラウ家の当主としては、そんなことを考えなければならないのだよ」


 限界を超えて、頭が真っ白になってしまったらしい。娘さんはぽけーと口を開いて、まったく反応しなくなってしまった。


 俺も大体似たようなものだった。えーと? 俺がハルベイユ候に強奪されて、それで娘さんが縁談で? えーと? あのその、えーと?


「ラウ様っ!!」


 突如として、なつかしい声色だった。俺は呆然としたままで、声の方へと目を向ける。


 そこには、こちらに近づいてくるひげ面のおじさんが。あ、ストームブリンガーさんだ。つまるところ、災厄の運び手さん。


 あはは。なんか久しぶりですが、何しにきやがったこのヤロウ。いや本当、ひげ面のおじさんに非はないんだけど……良い予感をさせてくれないんだよなぁ、この人。


「どうした? 何があった?」


「はい。早馬がございまして。その報告なのですが……あの、お取り込み中でしたかな?」


 ひげ面のおじさんは、不思議そうな目をして理性を手放している娘さんに目を向ける。親父さんは「うーむ」と辛そうにうなり声を上げ、


「まぁ、取り込み中だ。だが、気にするな。緊急の用事とあれば、早く知らせてくれ」


「は、はい。ハルベイユ候からですが、招集の命令が下りました」


 しょ、招集? その意味が俺にはパッと分からなかったが、親父さんには歴然だった様子。


「招集……戦か?」


「はい。ハーゲンビルにて侵攻があったとの話ですが。委細は屋敷にて使者殿より」


「そうか……ふむ」


 親父さんの視線はいまだ呆然としている娘さんにあった。戦。戦争。娘さんは戦いにおもむかなければならない。それに対して、親父さんには色々と思うところがあるのだろうけど……い、いかん。何かボーとしてる。俺も娘さんよろしく全然頭が回っていない。


 俺が娘さんに意思の疎通を求められた……そんな話がもはや遠い昔のことに感じられる。


 俺がハルベイユ候に強奪されそうで、娘さんが結婚せざるを得なくなりそうで、そして戦争があって、それに参戦しなければいけないみたいで。


 えーと?


 この状況、一体何がどうなってるんですかね?


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