第15話:俺と、vs娘さん(2)
どれだけ犬、猫が好きだからといって、普通それで男性への興味がないのではと疑われることは無いのでしょうが。
それでもなぁ。多分ですけど、娘さんの今日一番の笑顔を頂いたのは俺でしょうし。そして、今日の娘さんの胸中に一番長く居座ったのもきっと俺で。
ドラゴンが一番って、そんな感じの印象しか受けないですよね。実際、どうなんでしょうか。今日はアルベールさんも穏やかなナイスガイで、テレンスさんなんていう奇襲もありましたが。今日の彼らに何か思うところはあったのかどうか。
今である必要はないのですが。でも、せっかく二人きりですしねー。これを好機として、その辺りのことを聞いたりしちゃいましょうか。
「しかし、あの、どうですか?」
「へ?」
「今日の集まりです。騎手ばかりの会ですが、どうです? 楽しんでおられますか?」
さすがに、アルベールさんどうよー? テレンスさんとかどーだったのよー? みたいな、女子会的な直接的な問いかけははばかられたので。
こう当たり障りのない問いかけになったのですが、しかし唐突だったかなぁ。娘さん、にわかには理解出来なかったようで「ん?」と軽く首をかしげておられて。
でも、当たり障りの無い質問でしたので。すぐに理解して頂いてお答え頂けることでしょう。そして、何とかアルベールさんやテレンスさんに何を思われたのかを聞き出させて頂くとしましょうか。
以上、駄竜ノーラの皮算用でした。そんな予定で、俺は状況を進めたかったのですがね。不意に娘さんはむむっと眉根にシワを寄せられまして。
「……そうだ。ノーラの質問に答える前にだけど、私から質問一ついいかな?」
表情は不穏ですし、口調もなんかこう冷たい感じで。質問の中身はさっぱりですが、当然嫌な予感を覚えることの出来る余地しかなく。
「……えー、申し訳ありませんが、私の方が優先権を確保したものと存じておりまして」
先に話をさせてもらって、そのまま娘さんの発言は黙殺してしまいたいなぁなんて、俺は思ったのですが。
これこそ皮算用であったでしょうか。どうでも尋ねたいことのようで、娘さんは「ん?」としかめ面でした。
「優先権って何さ、優先権って。悪いけど、先に聞かせてもらうから」
「そ、それはまたご無体な」
「ノーラの質問にはちゃんと答えるってば。それで、聞くよ? 今日の集まりだけど、絶対にお父さんでしょ? お父さんが裏で糸引いてるよね?」
するりとして娘さんは核心部分をズバリと突いてこられたのでした。
表情筋が発達していなくてよかったなぁって。俺はドラゴンの特徴にただただ感謝します。
うーむ。バレてるやんね。嫌な予感はしていたけどさ、それでもこれは想定してなかったなぁ。
しかし、あの、何故に? 何故バレましたか? そこまでウカツな行動を取った覚えは無いような。
「 ……参考までにですが、サーリャさんはどうしてそのような邪推を?」
「いや、邪推じゃないでしょ。アルベールさんはともかくとして、何故かアレクシアさんがいらっしゃるし。しかも、何故かノーラとコソコソされてるし。今日の朝には、カミール閣下がニヤニヤしながら楽しんでこいなんて口にされてたし。これはもうさ、そういうことでしょ? 絶対何か裏で動いてるでしょ?」
ふーむふむふむ。俺は思わず頷きそうになったのでした。
なるほど。確かに言われてみれば怪しさ満点です。陰謀の気配はそこかしこにあったということで。そして、かねてよりの親父さんとの冷戦があり。何かしらの確信を得られてしまったとしても、それは仕方ないことかなぁ。
ただ、問題はです。
俺は平然を装っていましたが、口の中は緊張でからっからでした。ど、どないしましょう? めっちゃ悩ましいんだけど? 俺、これはどう対応したらいいの?
全部ばっさり認めてしまう。
これが一番楽ではあるのですが。親父さんからは別に秘密にしろとは言われていませんしね。認めて、でも親父さんも俺も心配していましてって素直に話すのです。
ただ、それでいいのかどうか。娘さんけっこう険悪な表情をされてますし。
加担していたことがバレて嫌われるのは、俺はいいんです。いや、本当は良くないですけど、一応覚悟はしてきましたし。
でも、娘さんと親父さんの冷戦が激化したり、アレクシアさんとの間に何かギクシャクとするものが残ったらなぁ。そんな可能性を考えたら、簡単には頷けないというか。
「私はえー、邪推だと思いますがねー」
俺が選んだのは、とにかくシラを切るでした。我ながら賢い対応だとは思えませんでしたが、この辺りが俺の限界でありまして。
で、娘さんは当然「あはは。そっか考えすぎだったかぁ」って、なって下さるわけも無く。
「 ……ノーラ」
探る目つきで、俺をジトーとにらみつけて来られました。分かってるんだから、さっさと吐け、と。そんな感じで言外に迫られている感覚しかありません。
あかん。目を合わせているのがマジしんどい。逃げたいですし、ここはちょっとあの、逃げようかな、うん。
俺はぐるりとでした。
娘さんの不審の視線を受けながら、再びこの場で丸くなります。で、頭を前足の上に落ち着けまして。それでは、
「ぐー」
お休みなさい。目を閉じて、狸寝入りに突入します。
ぶっちゃけ悪あがきもいいところでした。娘さん、どんな顔をされてるだろうなぁ。
「……ちょっとノーラ?」
その声音はとがめたてるもので間違いなく。間違いなく不興を買ってしまったでしょうが、いまさら後には引けなくて。
「ぐ、ぐー。むにゃむにゃ」
「嘘臭いってレベルじゃないんだけど、ちょっと? ねぇ?」
「……申し訳ないのですが、そろそろお昼寝の時間なのです。私はおねむなのです」
「いやいや。ノーラはそんなアルバみたいな感じはなかったでしょ?」
「どうやら、私の中にもアルバのような素質が眠っていたようで……」
「そんなのに都合良く目覚めるな! あぁもう、ほら! たぬき寝入りするな! ちゃんと話しなさいってば!」
娘さんは俺のアゴを両手で掴まれたようでした。そして、暗闇の中でぐっと頭を持ち上げられた感覚があり。
薄目を開ければです。
俺の頭をつかんでいる娘さんが、間近でジトーと半目でにらみつけてこられていて。これはこれでかわいい。なんて、のんきに考えている場合じゃないよなぁ。
娘さんはもう確信されている感じでした。裏に親父さんがいると確信されていて。俺を証言者として、その確証を得ようとしておられるようで。
……まぁ、ここから娘さんの疑惑を払拭するのは難しいだろうからなぁ。
俺がここでシラを切り通そうとも、娘さんの確信は揺るがないでしょうし。親父さんを黒幕として、俺やアレクシアさんをその協力者として判断されるでしょうし。
だったら……ねぇ?
ここは素直に言った方が……ですかねぇ? 俺は恐る恐る声を作ります。
「え、えー、その……ご……」
「ご?」
「ご、ご明察でございます」
そうして俺はギブアップを宣言したのでした。