第14話:俺と、vs娘さん(1)
……むむむむ。
思わず心中でうめいてしまうのでした。目の前と言うか、首を回しての背中側の視界の真ん中には娘さんがいらしゃって。
何故娘さんがこんな所にいらっしゃるのか? 咄嗟に思いつくものはありました。騎手さんの集まりですし、そんなことは起きないだろうと油断していましたが、これはもしや、
「……そうですか。逃げ出して来られましたか」
ラウ家の領地では、お茶会を死ぬほど嫌がられていましたけどね。突如として訪れた社交の場に、精神がちょっとばっかしヤラれてしまったのではないか? そう俺は推理したのですが。
「い、いきなり失礼なこと言わないでくれるかな! 逃げ出してきたとか人聞きの悪い!」
怒られてしまったのでした。娘さん、わずかに頬を赤に染めた怒り顔で声を上げられて。
どうやら違ったっぽいです。正直、前科がね……? って気分ではありましたが、でも逃げたとか確かに失礼な物言いであって。俺は首を回したままで頭を下げます。
「それは何とも申し訳なく。ただ、でしたら何でしょう?」
いきなり会場を抜け出してこられてなんぞや? って話であって。娘さんには当然用件を話す気はあるようなのでしたが。
「その前に、その姿勢平気? ちょっと辛くない?」
俺の姿勢を気にされているようなのでした。心配そうに外套のフード下で首をかしげておられて。
実際ところ、ドラゴンの首はこの程度の負荷はへのカッパなのですが。まぁ、より楽な姿勢があるのは確かです。
体の正面を娘さんに向けさせてもらいまして。ついでに俺からも一言。
「まだ木陰の方が良いでしょうし。どうぞどうぞ」
娘さんに木陰に収まって頂くのでした。そして本題となります。
「さっきの話なんだけど、ちょっといいかな?」
娘さんはどこか不安そうな表情をしてそんなことをおっしゃったのでした。さっきの話ですか? さっきっていつさ? って感じもありますが、ふーむ。娘さんが不安げに俺に聞きたがるさっきの話ですか。
俺もそれなりの時間を娘さんと過ごしてきましたので。パッと思いつくものは確かにありました。
「私がテレンスさんに伝えたアレですか?」
「そう。そうそれ。まさしくそのアレ」
非常に具体性の欠けるやりとりに終始したのですが、そのアレは間違いなく先ほどのアレでしょう。俺がテレンスさん伝えた人間に関する俺の所感に違いなく。
人間に興味? いや、別に? みたいなことを口にしましたけれど。
気にしておられる感じはありましたがねー。それが気になって会場を抜け出されてしまいましたか。そこに対して思うところはありましたが、さて。これに、俺はどう返答すべきでしょうね?
「あー、えーと。あまりですね、お気にされないで下さるとありがたいのですが」
とりあえず、返答はこんな感じになりました。
目的あってのただの方便ですし。どっちかと言えば俺は人間に興味津々ですし。本当、まったく気にしないでもらえるとありがたかったのですが。
ただ、やっぱりね。俺の発言の内幕を知らない娘さんはです。
「そうは言われても……ね?」
冴えない表情で不安を吐露してこられます。気にならないわけがねぇだろってことですよね。
ぬ、ぬぅーむ。迷う。
俺は娘さんを見つめつつ一時停止状態でした。
どう応じるべきでしょうか? 事実を事実のままに伝えるのならば、娘さんは俺の影響があってモテモテになっておられて。それが度をすぎれば娘さんの迷惑になるのではと思い、俺はあんなセリフを口にしたわけですが。
このまま伝えちゃいましょうか? そう思う一方で、それは何だかなぁというのが俺の本音でした。
一つには、娘さんのために行動しましたって口にするのが、何か偉そうで押し付けがましくて。ただでさえ、押し付けがましい策謀の首謀者側に回っていますしねぇ。これ以上はちょっとという思いがあって。
あとはまぁ、変なメッセージになっちゃう気がしますし。俺は娘さんがモテモテになるのは嫌がってますよと。出来れば、俺一人の娘さんでいて欲しいと思っていますよ? みたいな。
そんな風に伝わってしまったら、さすがに憤死ものだよなぁ。単純に恥ずかしいですし、娘さんの今後に悪影響を与えるかもですし。じゃあ結婚しなくていいやなんて。まさか、そんなアクロバティックな結論を得られることは無いと思いますが、一応気をつけておきたいような。
では、そういうことで。
「……最近ですが、私ちょっと人間さんたちにモテモテでしたので」
我ながら妙な切り出し方になったのですが、娘さんも妙に思われたようでした。
「……モテモテ。まぁ、そこはそうだろうって感じだけど、えーと?」
そう切り出してきた意図はなんぞや? ってことでしょう。いぶかしげに首をひねられていて。
もちろん唐突なモテ自慢をしたかったわけでは無く。俺は思いついた言い訳を声として上げます。
「ちょっと気疲れしていましたので。思わず人間さんから距離を取るような発言をしてしまいました」
「……人間に興味は無いから、そちらさんも気を使ってねって?」
「平たく言えば、そんな感じです」
言い訳としての出来はなかなかよろしかったようで。娘さんは、笑みとまではいかずとも、安堵の表情を浮かべられました。
「……そっか。じゃあ、実は私たちとのやりとりを疎ましく思っていたとか、そういうことは無くて?」
「無いです、無いです。私ほど人間好きなドラゴンは正味存在しないかと」
「あははは。そうかもね、アルバはもちろんラナもそこまでって感じだし。でも、そっか。ちょっと疲れちゃったか。ノーラは今や天下の始祖竜様だからねぇ」
「えぇ。頭にニセとかエセとかついちゃいますが」
「ふふ。まぁ、うん。そうだね。でも、王都にいる間は、いくら私ががんばってもなぁ。式典が終われば、帰してもらえるっぽいし。そこまでどうかがんばって下さい。ね?」
そうして、いたずらっぽく笑う娘さんにはさきほどの不安の陰りはまるで見られず。屈託無く、とても愛らしくて。もしかして、天使かな? 思わず、娘さん地上に落ちたうんちゃら説を推したくなりましたが、えー、それはともかく置いときます。
娘さんに感嘆してばかりでも無かったので。頭に浮かんでいたのは親父さんでした。親父さんの苦渋の表情が脳裏にありありと浮かんでいまして。
親父さんの心配も分かるなぁって感じなのでした。