第13話:俺と、雨空の木陰にて
急な雨は、きれいに俺の予定を押し流してくれまして。
で、俺は木陰にいるのでした。お屋敷の近くにある、立派な大木の木陰です。そこで何をしているのかと言えば、見学をしているのでした。
雨を避けながらに、丸くなりながらにですね。視線は屋敷の窓に向けているのです。大窓の向こう、そこからは娘さんの困り顔がちらりと覗えるのでして。
軽食の会食って感じですかね?
雨に降られてしまったための現状がそれなのでした。せっかく皆さんに集まってもらって、じゃあ雨なんで解散とはいくわけも無く。
マルバスさんにお頼みして、場と食事を整えて頂いて。
そして、窓の向こうの広間では会食が催されているのでした。雨音に混じって歓談の声が聞こえるのですが、何とも和やかな感じですねぇ。
俺の猿芝居の成果と言いますか。多くの方々は無理に娘さんを口説く必要性を失ったようで。ただただ同世代の騎手同士の交流を楽しんでいるようです。
しかし一方で、まだ口説く価値はありと思っている方もいるようで。
その方の筆頭はまぁあの方でしょう。あっと、ちょっと横顔が見えたかな? 相変わらずの優美で余裕綽々の笑顔だなぁ。テレンスさんですね。王都を代表する女たらしさんであるらしいお貴族様です。
あの方はこの状況にほくそ笑んでいるでしょうね。騎手の実力にはどうにも自信が無い感じっぽかったですが、会食の場なんてあの人にとっては主戦場みたいなもんでしょうし。悠々として自信満々に振る舞われているようで。
ただ、この人はねぇ。多分忸怩たる思いを抱いておられるでしょう。これはアルベールさんです。この人は本当活躍の場を奪われてしまい、相手の土俵での戦いを強いられていますので。
今はまったく顔が見えませんが、冷や汗を浮かべながらに必死で対峙されているようでした。なんかもうね。がんばってー! って、無責任な応援をさせて頂くしかないよなぁ。
本当は俺もあの場にいたかったのですけど。
アルベールさんばかりに頑張ってもらうわけにはいきませんし。同じ場所に居合わせて、女たらしさんを牽制した上で、娘さんにアルベールさんの魅力を伝える手伝いをしたかったのですが。
単純にです。
邪魔で入れませんでした。会場となっている広間はけっこう広いそうなのですがね。ただ、立食会場って感じで卓が並んでいるらしく。
マルバスさんからちょっとうーむと言われてしまいまして。まぁうん。人様のお屋敷はやはり人様に合わせて作られたものであって。ドラゴンに過ぎない俺はしゃーなしとすごすご引き下がることになったのでした。
なので俺はこんな木陰で雨と過ごしているのですね。
会場に入れないからといって、竜舎で春雨に風流を感じている気分になれず。せめてここから窓越しに応援させてもらっているわけです。
しかしまぁ、正直なところなぁ。
これはちょっとヒマかも。アルベールさんと、会場でその補助をして下さっているアレクシアさんには申し訳ないのですが。
親身になってやきもきし続けるにはちょっと距離感があって。窓越しにしか様子を伺えないこともあって、どうにも向こうの様子に集中しきれませんし。
なので本当に申し訳ないですし、テメェガキかよって感じでもあるのですが。遊んじゃってます。風の魔術で雨粒を下から弾いたりしまして。
上手いこと、キレイに弾いて雫が花のように散ったらうふふふって感じです。楽しい。なんか思い出すなぁ。前世の話ですけどね。小さい頃の俺は、一人遊びが得意な子供で。
こうやって一人、風呂場の水滴などで延々と遊んでいたものですが。まぁ、ただふっつうに友達がいなかったからなのですが。言ってしまえば、成人した後も俺は一人遊びの達人であり続けましたが。
……その俺がねぇ。
何とも感慨深いものがあるのでした。俺は遊びを止めて、広間を伺える窓に意識を向けます。
今はどこぞの騎手さんの顔しか見えませんが。あそこには、アルベールさんがいらして、アレクシアさんももちろんで、何より娘さんがいらっしゃって。
本当、まさか俺がね。
友人知人と語らって、大事な人に大きなお世話を焼く日が来るとは。
前世を思うとまったく考えられないことをしていて。まさか俺が、こんな人の輪の中で生きることになろうとはねぇ。
それもこれも全部娘さんのおかげでしょう。ドラゴンに生まれた俺に、前世では縁もゆかりも無かった愛情を注いでくれて。だから俺は、それなりに前向きに今を生きていることが出来て。ドラゴンなりに人間関係やらドラゴン関係を構築することが出来て。
だから、娘さんの幸せに俺は絶対に貢献したいと思っているのですが。
どうなんだろうね?
俺は窓の向こうに意識を向けます。相変わらず、窓のフレームに娘さんが収まることはありませんが。どうかねぇ? 視界に映った時には、いつも困り顔を浮かべていて。どうやらアルベールさんとテレンスさんに挟まれて困惑しきりのようでしたが。
目的は上手くいっているのででしょうか? 同世代の男性に囲まれて、男性との付き合いの楽しさに目覚めてもらって、あわよくば結婚したいなぁみたいに思って貰えないかというアレです。
ぶっちゃけ大きなお世話以外の何物でもないと思ってはいますが。
でも、うーむ。娘さんの立場を考えるとですよねぇ。娘さんが信頼し敬愛する親父さんがそれを強く望まれていて。跡取りは是非娘さんの子供でって感じで。
娘さんは間違いなく親父さんと険悪な状況ではいたくないでしょうし。それに、あの人責任感の強い人ですから。ラウ家の一人娘としての責任を感じていないわけが無いと思うのですが。
だから、こう、アレです。
アルベールさんっていう、娘さんが騎手であり続けることに理解があり、なおかつ人柄も素晴らしい人も現れたことですし。
ここで結婚してしまった方がね、娘さんも幸せになれるような気がするのですが。
しかし、現状はこれで。雨粒を眺めつつ、俺は一唸りです。うーむ、なんでしょう? 娘さんにはさっぱりその気は無いらしく。
本当なんでしょうね?
あるいはです。そうはあまり見えないのですが、マジの大マジで男性のことが嫌いだとか。生理的に無理だとか、そういうこともあるのでしょうかね? 修行時代の何かしらが原因だとかで。
そうであれば、俺も無理強いはなぁ。娘さんの幸せが何よりも大切なわけで。一応、聞いておいた方がいいかもですかね? 場合によっては、俺は逆に親父さんを説得しなければなりませんし。
まぁ、それも後のことですか。
今は軽食会の真っ最中。いくらでも娘さんとは二人きりになれる機会があるでしょうし、今はアルベールさんの奮闘に期待を……って、あら?
広間の窓なのですが。そこにはアレクシアさんの端正な顔があって、視線もまた俺に向けられていて。よそ行きの無表情なのですが、その目つきは俺に何か訴えかけてこられている感じで。
なんぞで? まさか俺の助けが必要な状況だったり? エセ始祖竜としての存在感をもって、場をかきまわして欲しいような感じで?
だとしたら、その程度の働きはして見せねばなりますまい。俺はすかさず立ち上がります。大窓を壁ごとぶち破るのは、ラウ家への財政負担を考えると何とも忍びないので。ここは大人しく玄関を中間地点にさせて頂くとしましょう。
しかし、俺は一歩を踏み出せませんでした。
背後からですね。「おっと」なんて軽い驚きの声が聞こえましたので。
誰とはなりませんでした。
それは非常に聞き慣れた声であり。だからこそ、何故という疑問と驚きはあったのですが。
首を回して、視界を背後へ。
そこには案の定でした。雨避けの外套を着込んだ娘さんが、軽く目を丸くして俺を見つめておられました。