第12話:俺と、社交界の貴公子(3)
「安心でしょうか?」
「えぇ。私が貴方の騎手殿に挨拶をさせて頂いていた中でしたので。てっきり何かしらの不興を買ったものだと」
俺は思わずテレンスさんの表情をマジマジと見つめるのでした。
世慣れした柔和な笑顔を浮かべておられるのですが、その目は笑っているようにはちょっと見えなくて。
探り……なのですかね?
邪魔をされた怒りみたいなのもあるような気はするのですが、どっちかと言えばこっちでしょうかか。俺にとって娘さんはどんな存在なのか? 娘さんを口説くことが、俺に影響を及ぼすことにつながるのか? そんなことを考えての問いかけである感じがなんともかんとも。
周囲の騎手さんたちも、目つきを鋭くして俺を見つめておられて。この方たちは間違いなく、探りに役立つと思って様子をうかがっておられるみたいですねぇ。
さて、どうするか。
そうねぇ。娘さんが男性に囲まれている状況は正直ありなのですが、その動機が現状不純ですし。
「えーと、なにやらお邪魔でしたでしょうか?」
小賢しいふるまいをさせてもらうのでした。小首をかしげる動作なんかもさせてもらいまして。娘さんのことがあっての行動じゃありませんよーと、遠回しに表現させてもらったわけです。
ただ……うーむ。アレクシアさんは俺と娘さんの親密さは知れ渡っているみたいなことをおっしゃっていましたが。
「ふむ? こちらの状況は気にされてはいらっしゃらなかったので? 意外です。ノーラ殿とサーリャ殿は非常に仲睦まじいとお聞きしておりましたが」
テレンスさんは穏やかな笑顔で、しかし割と突っ込んだ疑問を口にされてきました。嘘はよしなさんなと言われているような気分ですねぇ。広場での一幕はこっちだって知ってんのだぞ、と。
なんか若干心理戦をやっている気分。お互い腹の探り合いをしている感じといいますか。
でも、腹の探り合いだったら有利なのは俺だよね。探ることはど下手くそであっても、防御は鉄壁感ありますし。俺ドラゴンですので。笑顔を作れない程度の表情筋しか持ち合わせていなくて。
アレクシアさんぐらいの名人でなければ、俺の表情から何かしらを読み取ることはまぁ不可能であり。そして声音もね? 声帯経由でなければ、平然としたものを作り出すことは容易いわけで。
「仲が悪いとは言いませんが……そもそも、やはり人間とドラゴンは違いますので。そこまでの思い入れもなければ、さして気にすることも」
この嘘八百は、割と大きな効果を上げたようでした。
周囲の騎手さんたちからです。その口々から、密かにですが確実に安堵の息のようなものがもれていて。
アレクシアさんの分析に則るならですね。よかったぁ、って感じでしょうか。俺に影響力を及ぼすために、好きでもない田舎の小娘を口説かなければならなかったが、どうやらそれは必要なさそうだと。
どうにもです。俺の猿芝居も一定の効果を上げたのでしょうかね? だとしたら本当によかったよかったなのですが……目の前の人にはどうだかなぁ。
女好きでは無く、女たらしさんですもんね。きっと話術ばかりでは無く、観察力なども優れておられるのでしょうが。テレンスさんは俺の放言にまったく動揺した様子はありませんでした。
そのままの優美な笑顔で、なるほどと呟かれていて。あまりですね、俺の言葉を真に受けられている感じは無いなぁ。アルベールさんが手玉に取られてしまっている現状を思いますと、この人にこそ信じてもらいたかったのですけどね。
なんでしょう? 意外と表情なり口調なりに、嘘つきっぽい動揺が出てしまったのですかね? あるいはもしくは、
「の、ノーラ? えーと、その……え?」
この場の誰よりもです。娘さんが動揺を露わにされていまして。嘘でしょ? みたいな感じで半笑いを浮かべられて、動悸を抑えるように胸に手を添えられていて。
やっぱこれかなぁ?
娘さんの態度から普段の関係がバレてしまった可能性。アルベールさんも「そ、そうだったのか」と驚きを露わにされていますし。
嘘ってね、難しいね? 少なくとも俺には上手いこと嘘をつくのは難しそうで、そのことは極力胸に留めておくとしたいところでしたが、まぁともかくです。
「まだ、空には上がられないのですか? 雲行きも怪しいですし、早くした方が良いのではと思いますが」
歓談フェイズはアルベールさんにはあまり益が無さそうですので。さっさと状況を進めようということでした。
俺の純度100%の嘘に動揺されていたアルベールさんでしたが、我が意を得たりって感じでしょうか。すかさず賛同の声を上げられます。
「確かに雲行きも怪しいですからね。では、そろそろ」
渡りに舟と表情も明るく。一方で、テレンスさんはちょっと冴えない表情かな? 騎竜を連れて来られたのですから、騎手であることには間違いないのでしょうが。ただ、腕前にはあまり自信はないとか? 立派な騎竜をたくさん連れて来られたのも、その点をどこかで補おうとしたためだとか?
だとしたら、ふふふんですねぇ。これは、アルベールさんのためにナイスな立ち回りが出来ちゃったかもです。
娘さんの男性への評価には間違いなく騎手としての実力は関わってくるでしょうし。この点について、アルベールさんは折り紙つきでして。ご自身の魅力を存分にアピールして下さることでしょう。
ただ……う、うーん。流れとしては仕方なかったと思うのですが、それでもちょっと失敗したような。
人間に興味? 別にそこまでよねみたいなことを口にしてしまって。娘さんはそのことをまだ気にされているみたいで。
いまだに不安そうな目で俺を見つめてきておられて。
あの人、ドラゴン大好きっ子ですし、俺も今まで人間大好きみたいなムーブを披露してきていますし。唐突な俺の内心の暴露にちょっとショックが大きかったのかもでした。
本当はドラゴンの独白なんか気にされず、この状況を楽しんで頂きたいところでしたが。
まぁ、仕方ありません。娘さん、ああいう人ですし。ああいう人なので、親父さんも頭を悩まされているわけで。
ともあれ、これからはアルベールさんのターンです。娘さんの妙な懸念を吹き飛ばすような活躍をして頂けるでしょう……って、ん?
ポツリポツリ、と。不意に、俺の鼻面を濡らすものがありまして。
あーあ、ですねぇ。俺は空を見上げます。曇天の空からは、冷たい雨が続々とふり落ちて来ており。
一番がっかりされているのはアルベールさんでしょうが。上手くいかないもんですね、はい。