第11話:俺と、社交界の貴公子(2)
ビクリと娘さんは身を固くされましたが、テレンスさんは至って悠々とされて。娘さんの手をとられて、「ほぉ」と感心の呟きでした。
「騎手殿ということで、さぞかしたくましい手つきをされていると思っていたのですが。いやはや驚きました。手にはその人の内面が出るとは言いますが。さすがはサーリャ様ということでしょうか?」
多分、そういう口説きの作法なのでしょうがね。
いやはや、うん、これは。俺は思わず驚きの声を発するのでした。
「うわぁ、アレクシアさん。手ですよ、手」
「うわぁですね、ノーラ。手ですね。これが王都の礼儀なのでしょうか? 私は初耳ですが」
アレクシアさんもまた軽く目を丸くされていましたが、それ以上にですね。驚きを露わにしているのは、手をとられている娘さんです。
驚きすぎてなのか、借りてきた猫みたいになっているのでした。手を取られたままで、目をまん丸にされて動かなくなって。まぁ、恋愛に関わる社交性とは縁もゆかりも無かった方ですので。カルチャーショックはすごいだろうなぁ。この驚きようも非常に理解出来る話でした。
しかし、カルチャーショックを受けているのは、娘さんばかりでは無いようで。
アルベールさんもまた、とんでもなく驚きを受けておられるようなのでした。どうやらアルベールさんの文化には、初対面の女性を手に取るような礼儀は存在しなかったようです。
唖然とされて、口をパクパクとされて、そして俺たちにへとすがるような目を向けて来られて。
「ノーラ、どうにもお仕事を求められているようですが」
アレクシアさんがそうおっしゃいましたが、ズバリそのようでした。アルベールさんの視線はどう考えてもSOSのものに相違無く。
ちょっと迷うのでした。
よっしゃ初仕事だ! って、意気揚々と乗り出したい気持ちもありましたが。娘さんが、ナンパ男に馴れ馴れしくされている状況にも、正直思うところはありましたし。
ただ、娘さんが本当に男性に興味がないのか? それが、この一幕から判断出来るような気がしまして。もうちょっと様子をうかがっていたい気もするのですが……まぁ、行くとしましょうか。
協力者殿からのアイコンタクトもあれば、少し我に返ったっぽい娘さんも俺に視線を送ってこられていますし。
えーと助けて欲しいんだけど……って感じでして。眉尻を下げた困り顔で俺を見つめておられて。
これはね、行かざるを得ないよなぁ。
「では、ちょっと行ってきます」
アレクシアさんの頷きに送られて、俺は娘さんたちの元に歩き始めます。
俺が動き始めると、視線が途端に集まってくるのでした。
始祖竜殿だなんて、口々に呟きも発せられて。アレクシアさんは、今日の真の主役は俺だなんておっしゃっていましたが。まぁ、それも納得出来る様子でした。皆さんの俺への目つきは、正直なところ娘さんに注がれるものよりもはるかに熱っぽいですし。
ただ、この方はどうなのやら。
テレンスさんは、他の騎手さんたちよりは分かりやすくはありませんでした。
俺が来たからと言って、すぐに興味が移るようなことは無くて。俺に笑みを向けながらも、意識半分ぐらいは娘さんに残したままの感じでした。
しかも、その笑みですが、どこか冷たいものが感じられると言いますか。俺への憎悪という感じでは無く、邪魔者に対する冷淡さって感じかな? ナンパの名人として、その名人芸を邪魔するヤツに不快さを覚えているってそんな雰囲気?
ただ、そんな冷淡な雰囲気は一瞬で消え去り。
「おぉ、始祖竜殿!」
テレンスさんが張り上げた声も、その表情もすっきり爽やかなもので。本命を思い出されたということなのかどうか。非常に好意的な気配ばかりでした。
で、娘さんは分かりやすくホッと息をつかれたようですが、これはアルベールさんもでした。意識の再起動に無事に成功されたようで。柔らかな笑みで俺に声を上げてこられます。
「あぁ、始祖竜殿か。なんでしょうかな? 騎竜として、名だたる騎手たちの集いに何か思うところでもありましたか?」
そしてですが、よそ行きの敬語で俺にフォローを入れて下さったのでした。
俺がこのナンパ劇場の渦中に飛び込んだ理由を作って下さったみたいですね。俺も何と口を開こうか迷っていましたので。ここはありがたく乗らさせて頂きましょう。
「えぇ、騎竜としてこう湧き立つものがありましたので。思わず足を運ばせて頂いたのですがお邪魔だったでしょうか?」
邪魔する気しかないくせに、白白しくも首をかしげて見せるのでした。思わせぶりに尻尾を軽く振ってみせたりしまして。
うーん、我ながら腹の立つ態度です。ただ、俺は今、衆人環視を集めながらの小芝居に胃のサイズを縮めている最中ですので。押し付けがましいこと限りなしですが、俺の胃痛をもって、皆様にはお許し願うとしましょうか。
で、俺の小芝居に真っ先に反応されたのは女たらしさんでした。
テレンスさんが柔和な笑顔で首を左右にされて。
「いえいえ。お邪魔などとんでもない。テレンス・エフォードと申します。以後、お見知りおきを」
そして、優雅に頭を下げられました。この方は、アルベールさんの現状ライバルであり、正直娘さん関連で思う所はあるのですが。丁寧にされたらそりゃあね?
「ノーラです。どうぞ、よろしくお願いします」
出来るだけ丁寧に頭を下げて見せまして。
テレンスさんは目を細めたイケメンスマイルを浮かべられました。
「これはご丁寧に。しかし、湧き立つものですか? 騎竜も、騎手についてはアレコレ思われているのでしょうか? でしたら、何とも身が引き締まる思いですが」
素朴な疑問って感じでしょうかね? 湧き立つものうんぬんは、アルベールさん経由のここに足を踏み入れる言い訳に過ぎなかったのですが。実際、アレコレは思ったりしますので、俺は率直に返答します。
「思いますねー。私が最初に出会ったサーリャ殿以外の騎手はクライゼ殿でしたが。全ての体捌きが美しいものだと感激した覚えがあります」
「ほぉ、なるほど。確かに、名手と呼ばれる方々の騎乗は美しいもので。その辺りに興味がそそられると?」
「大体ですが、そのような感じで」
「あはは、そうでしたか。なるほど、なるほど。いや、しかし安心しました。なるほど、それで」
安心? と俺は首をかしげることになりました。
テレンスさんはホッと胸をなでおろしたようなジェスチャーを見せられていましたが、その真意ははて?