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第10話:俺と、社交界の貴公子(1)

 自然と人混みは割れて、道が開かれて。


 そこを自然な足取りで美男子さんは進まれたのでした。そして、娘さんたちのもとにたどり着かれて。


 艶やかな笑みが美男子さんの顔に浮かびます。


「遅れてしまい申し訳ありません。テレンス・エフォードと申します。以後お見知りおきを」


 その声はまたまた艷やかで、背筋にビビビと来るような色気があって。


 娘さんは目を丸くしておられました。全身これイケメンといった男性の登場に、さすがの娘さんも思うところはあったようですね。一目惚れとかそんな感じとは無縁で、単純にわぁおって気圧されている感じですが。


 一方で、アルベールさんも何かしら思うところはあったようでした。今まで自然体で貴公子ぶりを発揮されていたのですが、その表情がにわかにぎこちなくなっています。


 自分に比肩する男性の登場に動揺を覚えている。そんな感じなのでしょうか? アルベールさんはぎこちない笑顔でテレンスと名乗った美男子に応じられました。


「これはあの、お久しぶりですが、サーリャ殿。こちらはテレンス殿で。王都を代表する貴族のお一人です」


 紹介を受けてでした。娘さんは慌てて声を上げられます。


「さ、左様でしたか。私はサーリャ・ラウと申します。田舎の出でありますが、騎手として今回の集まりに加えさせて頂いております」


 そうして、頭を下げられようとしたのですが、しかしそこでテレンスさんでした。手のひらをかざして、それを押し留めて。


「ふふ。そんな卑下される必要はありますまい。貴女は優れた騎手であるとお聞きしています。この集まりに参加する資格は十分にお持ちのはずで」


 相変わらず色っぽい笑顔でテレンスさんはそうおっしゃって。多分、良い人だと思われたのですかね? 娘さんはホッとしたような笑みを見せられます。


「ありがとうございます。そうおっしゃって頂きますと、私も少しばかり気が楽になれまして」


「ははは。それは良かった。ですが、しかし……まさかでした。名うての女騎手殿が、まさかかように可憐で美しき方だったとは」


 へ? と俺でしたが、もちろん俺以上に娘さんが「へ?」って感じのようでした。


 娘さんが唖然と見つめる中でです。テレンスさんはニコリと優雅にほほえまれて。


「さぞかしたくましい女丈夫のような方だと思っていたのですが。いやはや、これはまったく。春の花園のような、華麗で明るく……いえ、言葉を尽くすことも無粋でしょうか。王都の美女と呼ばれる方々がいかにさほどのものではなかったか。このテレンス、サーリャ殿にお目見えすることで学ばさせて頂きました」


 お、おぉ、でした。


 娘さんを褒めそやそうとした方々は今までにもいたのです。ただ、ここまでの方は初めてでして。


 って言うか初めて見ました。これ、間違いなく口説いてますよね? 公衆の面前で堂々と、娘さんを口説きにかかっていますよね?


「ノーラ。一体どんなやり取りが行われているので?」


 離れてうかがっておりますので。ドラゴンほどの聴覚を持たないアレクシアさんは、首をかしげて俺に問いかけてこられました。


 ちょっと圧倒されていた俺でしたが、我に返ってすぐさまに応じます。


「えー、端的にですが、口説かれています。サーリャさんがテレンスと名乗られた貴族さんからですが」


「そうですか。そんな雰囲気だと思いましたが、しかしテレンス? もしやエフォード家のテレンスで?」


「はい。テレンス・エフォードと名乗られましたが、あの有名な方なので?」


 社交界に通じておられないアレクシアさんなのですが、それでもご存知ということなので。きっとまぁ、王都において名声を博する方なのだとは思いますが。


 アレクシアさんは淡々と肯定の頷きを見せられました。


「そのようです。侍女たちが話していたことを耳にしまして。婦女子の方々の間では有名な方のようです。テレンス・エフォード。なんでも、王都で非常に高名な女たらしだとか」


「へ? 女たらし?」


「そうです。女たらしです。遊び人とでも言った方がいいですかね?」


 いえ、それは別にどっちでも良いのですが……へぇ、女たらしで。アレだけ優れた容姿をしていればです。それはまぁ、名うての女たらしとして高名を馳せることも出来るのでしょうが、それはともかく。


 何となくです。アルベールさんの表情の内訳が察せられるようでした。固い表情をされていましたが、やべぇヤツが来やがったと、そんな警戒感を抱かれたのかもですねぇ。


 俺はですね、そこまで警戒感を覚えたりはしませんでしたが。何と言っても、アルベールさんですよね。全然、負けてないと言いますか、俺には断然上に見えますし。


 王都随一の女たらしだか知りませんがね。すぐにアルベールさんが格の違いというものを見せつけてくれるでしょう。


 ご本人もそのつもりなのですかね?


 アルベールさんは余裕の笑みを浮かべられまして。


「ははは。まったくテレンス殿らしい物言いですが、あまりですな? 唐突にそのようなことを口にして、ご婦人方を困らせるのは考えもののような気はしますが」


 やんわりとたしなめたりされまして。しかしまぁ、テレンスさんは世慣れた方といった感じでした。こちらもまた、余裕の笑みでアルベールさんに応じられます。


「ふふふ。申し訳ないが、それは見当違いな物言いですな」


「け、見当違い?」


「美しいご婦人にお目見えかなったのならば、それは真っ先に褒めさせて頂く。それが王都の男の礼儀というもので。まさかですな? アルベール殿は、サーリャ様に礼儀を通されていないと? あるいは、アルベール殿の目にはこの方が美しくは映っていないと?」


「は、はぁ? い、いやいや、もちろん私も……え、えーと、いやぁ……」


 アルベールさんはけっこう純真で可愛らしい方なので、娘さんを美しいと臆面も無く口にすることは出来ないようでした。言い淀んで、急にワタワタとされ始められまして。


「どうですか、ノーラ? その旗色の方は」


 アレクシアさんがそう尋ねて来られたのですが、えーと、どうですかねぇ。


「三、七……ぐらいですかね?」


「三対七ですか。もちろん有利の方は?」


「まぁ、見ての通りで」


「ふーむ。さすがは女たらし殿ですね。恋敵への対し方などは手慣れたものでしょうからね」


 敵ながらに感心とアレクシアさんは頷きを見せられましたが、本当にそんな感じですね。


 純真な青年をどうからかい圧倒してやればいいのか? そんなことは、あの女たらしさんは十二分に心得ている感じだよなぁ。


 ですが、我らがアルベールさんでした。


 圧倒されてばかりでいるはずも無く。すぐさま余裕の笑みを作り直して、テレンスさんに向き直られて。


「まぁ、王都の礼儀というものがあるでしょうがな。しかし、サーリャ殿はハルベイユ候領のご出身。王都の礼儀を押し付けるような真似はどうかと思いますが?」


「はっはっは。面白いことをおっしゃる。王都の礼儀は、このアルヴィル王国の礼儀。失礼なことはまったく無いかと思われますが……ふーむ。少し失礼」


 不意に、テレンスさんは笑みを消した真面目顔になられたのでした。そしてです。手を伸ばされました。その行く先はと言えばですね、なんと娘さんの可愛らしいお手々で。


 

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