第9話:俺と、騎手の集い(2)
「もしかしてですが……娘さんがおモテになっておられるのには俺が関係があったりで?」
「ご名答です。関係があるどころの話では無く、そのものズバリです」
「そ、そのものズバリ?」
「はい。皆さんが見ているのはサーリャさんではありません。その裏に透けて見えるノーラ、貴方の存在なのです」
俺は思わず娘さんを囲む人々を見渡して。
その方々はにこやかな笑みを浮かべて、いかにも好感を持っておられるように娘さんに接しておられるように俺には見えるのですが。
「えー、そうなのですか?」
「そりゃそうです。ここに来ておられるのは次男、三男ばかりだとは言え、王都の名だたる貴族の子弟ばかり。サーリャさんは、言ってしまえば田舎の弱小領主の小娘にすぎません。彼女に興味を抱くような奇特な貴族は、正直アルベールさんぐらいのものでしょう」
「……そう言われれば、そんな気もしますが」
「すべては貴方です。ノーラ。広場にて、貴方はサーリャさんと親密な様子を見せたとか?」
少し考える時間が必要でしたが、えーと、あのことでしょうか? 娘さんが俺の首に抱きつかれた一幕がありましたが。
「そんな場面は、はい、あるにはありましたが」
「カミール閣下の絶対的な窮地を救った始祖竜の再来。誰もがですね、当然貴方を欲しがっているのです。しかし、現状の王都の力関係では、貴方がカミール閣下の元にいるのが当然であり、強奪するようなことは難しい。それは王家であっても変わらず。では、この状況で、貴方を手に入れようと……貴方への影響力を得ようとすれば、どうすればいいのか?」
「それが、娘さんですか?」
「ノーラとサーリャさんの間に特別な絆がある。それは現在知れ渡ってしまっているようで。サーリャさんの良い人になることが出来れば、ノーラに大きな影響力を持つことが出来る。それが今集まっている方々の胸中だと考えて、まず間違いはないでしょう」
俺は改めて、居並ぶ人々を見渡すことになりました。
娘さんがモテてる? そりゃあ、あの可愛い人ならねぇ、って。恋は盲目と言いますか、アルベールさんに負けず劣らずの色ボケ具合を露呈してしまったようでしたが。
頭をまっさらにした観察してみるとでした。確かに、騎手の方々の目にあるのは、色恋とは無縁の俗物的な光……なのか? ぶっちゃけよく分かりませんが、俺よりははるかに洞察力に優れるアレクシアさんのおっしゃることなので。最近は、カミールさんに前回の件の事後処理にこき使われて、世情にも通じておられるようでもあることですし。
「……うーむ。じゃあ、ここにいる人は全員、腹に一物ある系の男子なのですねぇ」
「腹に一物も二物もある系の男子かと」
「んーむ。なんとも邪な感じで。ちょっと嫌だなぁ」
俺は娘さんに好意を抱いていて。ただでさえ、娘さんが男性に言い寄られる様子には複雑な思いを抱いていたのですが。そこに恋心が無く、別種の欲ばかりとなるとね? 汚らわしいじゃないんだけど、けっこうな嫌悪感を覚えざるを得ないよなぁ。
その思いはアレクシアさんも同じのようで。人目があっての仏頂面のこの方ですが、目元にわずかに嫌悪感を漂わせられました。
「まったく、その通りで。ただまぁ、お互い様というものでしょう。私たちも、あの方たちを利用しているので」
「まぁ、そうですね。引き立て役として役立ってもらってますからねぇ」
アルベールさんの引き立て役としてです。きれいに役立ってもらっているのでした。
前回の件の戦友みたいなところがありまして、多少ひいき目に見ているところはあるでしょうが。それでもやっぱり群を抜いてるよなぁ。
見た目だけならば上かなっていう人も何人かいるんですけどね。ただ、空気感と言いますか。立ちふるまいを含めて人目を引く華やかさがそこにあって。
ただただです。
男の俺から見ても素敵だなぁってそう思えて。
「この分でしたら、何の問題もないでしょうね」
アレクシアさんがそう口にされて、俺はすかさず頷きを見せます。
「だと思います。サーリャさんも、安心してアルベールさんを頼っていらっしゃるようですし」
「ひとまず気まずさの解消には役立ったようで。この後などはどうされる予定ですか?」
「騎手の方々にドラゴンと一緒に集まって頂いたので。騎手としての実力を披露して頂く予定です。ここでもアルベールさんには目立ってもらいます」
「サーリャさんにとって非常に響く点でしょうから良いことですね。また、その後は?」
「お食事などはどうかなぁ、と。マルバスさんに軽い食事の用意をお願いしていますので。出来ればアレクシアさんにも同席して頂いて、アルベールさんとサーリャさんが和やかに過ごして頂ければ」
「分かりました、承りましょう。この調子まで式典まで続けばです。自然と良い結果が出るかもですね」
「はい。出るかもです」
優雅に娘さんを庇護するアルベールさんと、安心してアルベールさんを頼られる娘さん。
そんな様子を眺めながらにです。
俺は少しばかり寂しさを覚えつつも、大きな達成感を覚えるのでしたが……ん?
不意に、ざわめきが起きたのでした。俺はなんぞと首を伸ばすことになります。居並ぶ人々は、とある一点に目線を注いでいるようですが。
「どうやら、遅参のお客様のようですね」
アレクシアさんが目をこらしながらにそうおっしゃったのですが、どうやらその通りのようで。
放牧地への入り口に当たる、屋敷の方角からです。遅れ参じたお客様がいらっしゃるようで。しかし、なんでこんなざわめきが起こっているのかと不思議な感じでしたが、ふーむ。なるほどかもなぁ。
そのお客様ですがね。なんかすごい感じなのでした。
従者を連れた1人のお貴族様。そんな様子なのですが、とかく何か派手な感じでして。
今回のお客様たちは、皆様一体のドラゴンを連れて参加されているのですが、この新しいお客さんは違いました。五体もの立派なドラゴンを連れて。しかも、そのドラゴンたちは目の覚めるような立派な装具を身に着けていて。
なんのために五体も連れてきているのかはさっぱりでしたが、派手なことには間違いなく。そして、先頭に立つお貴族様当人がね? これまた恐ろしく派手な感じで。
めっさ美男子なのでした。
ちょっとアレクシアさん寄りの雰囲気かもしれません。玲瓏な雰囲気をまとった、長身細身の男性でして。
ちょっと少女マンガのキャラクターっぽい雰囲気もあるような? 艶やな金髪を首筋にかかるほどに伸ばし散らしていて、切れ長の青の瞳には何とも言えない妖艶な光が讃えられていて。
いやぁねぇ? 美男子ですねぇ。思わず感心してしまうような、そんな感じで。しかし、感心してもいられないか? この場にいらっしゃったということは、目的はおそらくそういう感じですし。
アレクシアさんは眉をひそめられながらに、ポツリとつぶやかれました。
「……もしかしたら、余計なお客様かもしれませんね」
そんな予感はですね。俺も少々抱いたりしまして。
美男子さんは、優美なスマイルを浮かべながら、娘さんたちの元に近づいていかれたのでした。