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第3話:俺と穏やかな放牧

 楽しい楽しい放牧の時間がやってきました。


 いや、俺にとってのって話ではないんだけどね。俺はちょっと、何かを楽しめるような、そんな心境じゃないし。


 では一体誰がこの放牧の時間を楽しんでいるのかといえば。


「ふーふふーん」


 鈴の音にように軽やかな鼻歌が響く。俺は草原でとぐろを巻いているのだが、背中には心地よい重みがもたれかかってきている。


「いいねー。本当、毎日が秋ぐらいだったらいいのにね、ノーラ」


 穏やかに喜色のにじんだそんな声色。


 楽しんでいるのは娘さんであった。娘さんは俺の背にもたれかかって、ゆっくりと縫い物をしているのだが、それには常に楽しげな鼻歌が一緒にあった。


 日々激しく訓練もすれば、衣服も摩耗(まもう)していく。俺は首を伸ばして、背後の娘さんに目を向ける。今娘さんは手袋の修繕をしているらしい。鼻歌の調子そのままの笑顔で、快調に針を走らせている。


 最近ではよくあることだった。


 放牧の時間を、俺の側でつくろい物についやす。そして、その間は娘さんは決まって笑顔だったりした。


 ……本当は俺もね。この時間が嬉しくて、いつも楽しみにしてたんだけどね。


 俺は娘さんから目を離し、べたりと頭を地面に落とす。


 あー、ダメだ。やっぱりそんな気になれない。楽しめないし、喜べない。最近ふさぎこみがちな娘さんが、穏やかな時間を過ごしている。それなのに、そのことを喜べる余裕がない。


 理由ははっきりしていた。


 昨日の出来事だ。昨日の出来事が頭にこびりついて離れないのだ。


 娘さんが意思の疎通を求めてきた。


 それに対して、俺は交流することを拒んだ。


 いやさ、そんな間違ったことをしたとは思ってないんだけどさ。


 娘さんだって、どこまで本気で言ってたかは分からないし。最後には冗談だって笑ってたし。


 それに俺が娘さんと意思の疎通が出来たところで、だから? って話だし。俺なんかが何か言ったところで、娘さんの心が晴れるとは思えないし。


 だから、俺はあの選択は間違っていなかったと思っている。そう思っているんだけど……どうにもなー。


『ノーラ』


 俺のすぐ側で、いつものごとく寝ていたはずのアルバだった。珍しいことに起きていて、何故か俺の顔を見つめているが。


『えーと、アルバ? どうかした?』


『いや、何か調子が悪そうにしているからな』


 尋ねかけての、そんなアルバの返答。や、優しい! くっそ優しい! さすがはアルバと言うか、昔から気が優しかったもんなぁ。


『アルバ、ありがとう。でも、本当何も無いから』


『そうか。だが、何かあるなら言えよ。相談ぐらいにはのってやる。恩返しはまだすんでないからな』


 そして、義理堅かったりするのでした。恩とは前回の一騎討ちで、俺がアルバに代わって娘さんの騎竜になったことを指すらしいが、本当気にしなくてもいいのにねぇ。俺が何かしたってわけじゃ全然無いし。


 しかし、相談ぐらいにのってやる……か。


 なんか滅茶苦茶嬉しいね。前世では、こんなことを言ってくれるような知り合いはついぞ出来なかった。だから嬉しい。頼りたくはなる。でも、結論は決っているからなぁ。


『恩返しなんていいけど、本当ありがとうね。何かあったら、その時相談するよ』


 気持ちは嬉しかったけど、返事としてはこんなになりました。


『分かった。でも、遠慮はするなよ』


『うん。その時はお願いするよ』


『おう。あー、それといきなり飛びかかられたら気の毒だからな。一応伝えておくぞ』


『ん?』


 パッと内容が理解出来ないアルバの妙な言葉。だが、俺はすぐに何を言いたいのかを察した。


『もしかしてラナのこと?』


『気づいてたか。アイツな、お前のことをジッと見てるぞ』


 もちろん気づいていました。ラナは俺から五メートルほど離れた場所……ドラゴンのスケール的には目と鼻の先で座っていた。


 そして、ジィィィィっっと俺を見てきている。目を皿にして俺を見てきている。


『……遊ぶって言ったのに……昨日約束したのに』


 そんなことを呟きながら、俺を見てきている。俺もね、娘さんがいなかったら相手をしてたんだけどね。だって怖いし。なんか狂気めいたものを感じるし。人間だったら、いきなり包丁を突きつけてきそうな、そんな雰囲気があるし。


『あれな、そのうち絶対飛びかかってくるぞ』


 うーむ、アルバの目からもそう見えますか。悩ましい。娘さんを置き去りにしたくないが、娘さんごと襲いかかられるのも勘弁したい。


 説得……する? ごめん、急用が出来たからまた今度って。でも、こんな言い訳が通用するのならラナじゃないっていうか。余計に火に油を注ぎそうで恐ろしい。


『よし、俺が行こう』


 アルバがすくっと立ち上がった。俺は驚いてアルバの顔を見直す。


『え、アルバ? いいの?』


『これは前回の恩とは関係無いからな。いつもラナの相手をしてもらっている礼だ』


 ……やだ、この子イケメン。


『ラナ、遊んでやる。さっさと飛んでみろ』


『アンタじゃないっ! でも、アンタが遊びたいのなら、付き合って上げないこともないけどねっ!』


 そして、ラナは難しい性格をされているご様子。ともあれ、二体は空に飛び立った。風切り音だけが、草原に降り注いでくる。


「ねぇ、ノーラ」


 不意に娘さんが背中から話しかけてくる。


「なんか、おしゃべりが弾んでたね。何を話してたの?」


 ……思わずビクリとしてしまいました。


 また、娘さんが俺に意思の疎通を求めている。そう思ったからだ。しかし、実際は違うようだ。口調は軽いもので、ペットに話しかけるようなそんな感じだった。だが、


「……ノーラと話せたらなー。絶対に楽しいと思うんだけどね」


 そんなことも娘さんは次いで口にしてきた。


 アカン。胸がモヤモヤする。


 たまらなくなって、俺はゴシゴシと頭を地面にこすりつける。


 いやね? 俺が話しかける必要は無いって分かってるんだけどね? でも、娘さんは俺をどうやら頼りにしてくれているみたいで……うーん。


 やるべきことから目をそむけているような。そんなもどかしさがどうにも俺の胸中を埋めているのだ。


 少しでも娘さんの心を軽くなるのならばすべきだって、そう訴えかけてくる声が俺の中にはあるのだ。


 でも、やらないんだけどね、俺は。


「ノーラ、頭がかゆいの?」


 娘さんが針仕事の手を止めて、不思議そうに俺の頭を見つめてきた。


 俺の異変に気を取られてしまったみたいだけど、いや、何でもないですよ、娘さん。俺はすぐにゴシゴシを停止する。すると、娘さんは「あはは」と朗らかな笑い声を上げた。


「なーんだ。かいてあげようと思ったのに。残念」


 娘さんは笑みのままで針仕事に戻った。それを見て俺は……やはり意思の疎通なんて止めた方がいいと強く思うのだった。


 この笑顔が誰に向けられているのか。それを考えさせられるのだ。


 この笑顔はきっと、『ドラゴン』のノーラに向けられている。何も話さず、ただただ話を聞いてくれる。そんなノーラに向けられているはずだ。


 だから、無しだった。


 きっと後戻り出来なくなる。意思の疎通なんて図ったら、俺と娘さんの関係は根本から変化することになる。そんな予感がある。 


 そして、その変化はきっと……俺にとって『怖い』ものになるはずだった。


『……ん?』


 思考が途切れる。俺の意識は、視界の端に現れた一つの人影に向けられていた。


 親父さんだった。


 金の髪を揺らしながら、俺と娘さんの元に向かってきている。


 一体、何の用でここに向かってきているのか。それが気になったが、それ以上に俺は不思議な安堵を覚えていたりした。


 そうだ。あの人が、あの人たちがいるんだ。


 そう思えたのだ。親父さんもいればクライゼさんもいる、ハゲ頭さん……ハイゼ家の当主さんも娘さんのことを気にかけてくれている。


 だから、良いのだ。俺が意思の疎通をはかる必要はない。あの人たちがきっと娘さんを重荷から解放してくれる。


 ただまぁ、今の親父さんの表情を見ると、ちょっとそれは期待出来ない気もするけど。


 親父さんは思い悩んでいるような硬い表情をしていた。娘さんのことを気にかけてくれるような余裕はなさそうだけど……はてさて。親父さんはどんな用事でこちらに向かっているのか。


「サーリャ。少しいいか?」


 娘さんは親父さんがすぐ側に来るまで、その姿に気が付かなかった。驚いた顔をして親父さんを見上げる。


「あれ? どうしたの? 珍しい。最近はあまり来なかったのに」


 事実、最近親父さんはドラゴンのことは娘さんを信頼して、完全に任せていた。だからこそ、何故ここに来たのか、俺にはさっぱり分からないのだが。


「お前に色々と伝えなければいけないことが出来てな。よいな?」


「私に伝えたいこと?」


 娘さんは首をかしげ、すぐに「むー」としかめ面になった。


「それって後じゃダメ? 私今そんな気分じゃないっていうか」


 穏やかな時間を邪魔されたくない。そんな娘さんの意見だったが、親父さんは首を横にふる。


「悪いがな。伝えるのなら早い方がいい。そう私は思ったのだ」


 親父さんの口ぶりにはどこか不穏な調子が感じられたが……な、なんか、けっこう重要な用件だったりするのだろうか? 俺が不安になったのと同じように、娘さんも不安げに眉尻を下げる。


「え? けっこう重たい話なの? ま、また一騎討ちみたいなことが起こったとか?」


「一騎討ちのような話ではないが、重さの程度は変わらないと私は思っている」


 お、親父さん、それって……かなり重要なことなのでは? またなのか? ただでさえ思い悩む娘さんに、また大きな試練が訪れたということなのだろうか。


 娘さんはごくりとツバを呑み込む。


「正直、聞きたくなくなってきたけど……そういうわけにはいかないよね?」


「残念ながらそうだな」


「……分かった。じゃ、じゃあ、どうぞ」


「うむ」


 親父さんはまず「はぁ」と重苦しくため息をついて、


「お前に縁談が来ている」


 そう告げてきた。


 娘さんが呆気に取られたように目を丸くしているが、俺の驚きは間違いなく娘さん以上だっただろう。


 さきほどまでの胸のモヤモヤなんて、全て吹っ飛んでしまった。


 娘さんに縁談が来ている?


 それってあの、え? ど、どういう意味なんでしょうか?

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