第6話:俺と、作戦会議(2)
「皆の胸中が知れたところで話を進めようじゃないか。発起人殿、早速進行の方をよろしくな」
少しばかり気の引き締まる思いでした。
そう言えばですが、俺が何かしらの中心になって物事を進めようなんてコレが初めてじゃないですかね? うわぁ、なんか緊張してきたなぁ。しかし、アルベールさんのおっしゃる通りに俺が発起人ですからね。責任を持って、司会を務めさせて頂くとしましょうか。
何となく胸を張りまして、本題について口にさせて頂きます。
「では、早速ですが。サーリャさんに婿取りなり嫁入りなりする気になってもらいたい。それがラウ家の当主と私の目的なのですが、まず確認をさせて頂きたいことがありまして。サーリャさんには色恋という意味で男性への興味がまるで無い。そう私は思っていますが、皆様はどう思われますか?」
まずはという話でした。
敵っていうわけではないのですが、まずは娘さんについて理解を深めるのが重要かなと思いまして。敵を知り、己を知ればうんちゃらかんちゃらって耳にしたことがありますし。
この俺の問いかけに早速でした。アレクシアさんが淡々と頷きを見せられました。
「異論はありません。サーリャさんにはまぁ、男性に興味がある気配はまったくありませんね」
親父さんもですが、これは娘さんをよく知る人々の共通認識であるようですねぇ。一方で、アルベールさんですか。この方は恋い焦がれてはいらっしゃるものの、娘さんと深く付き合う機会には恵まれておられませんので。
「そうなのか? あの人はそういう人だったのか?」
アルベールさんは目を丸くされて驚きを露わにされました。俺は頷きをもって肯定を示します。
「そういう人なのかなぁと。色恋にはまるで興味が無いお方で」
「ふーむ、そうだったのか。男に忌避感があると感じでは無かったけど。ただただ、色恋の相手として興味が無いって感じで?」
「その通りで。ただただ色恋の相手として見られないって感じです」
ふーむ、とアルベールさんでした。なるほど、と大きく頷かれて。
「まぁ、年頃であっても、そういう方はいらっしゃるだろうな。しかし、なんだ? 俺が振られたのは、それが原因だったって安心して良いのか?」
これにはアレクシアさんでした。仏頂面のままで、すぐさまに口を開かれます。
「私はそうお聞きしましたが。ただただ驚いて戸惑ってしまったと。アルベール様について気に入らないだとか、そういう話はありませんでした」
アルベールさんは再び「ふーむ」でした。振られたのは、自分の出来うんぬんでは無かった。そう安心されるかと思ったのですが、わずかに眉をひそめられて。
「それはまたありがたい話ではあるけど、一方でなぁ。俺に不足があるんだったら、それを直せば目があったわけだけど。男自体に興味が無いんじゃあな。壁がさらに高くなったように正直感じるな」
なかなか、冷静でズバリのご意見でした。そうですねぇ。それは本当にその通りで。
「私も同じところで悩んでおりまして。興味を持っていない人に、興味が無いものを押し付けたところではと」
「だよな? しかし、何でかね? 年頃の娘さんっていうのは、大概その手のことに興味があるって俺は思い込んでいたけれど」
これに応えたのはアレクシアさんでした。さもありなんと深々と頷きを見せられました。
「私もその点については不思議に思っております。私のように、無愛想が原因で嫌われ尽くして育って、わりと歪んだところのある人間はともかくです。サーリャさんはあれだけ健やかに育った方ですのに」
人間の時であれば、俺は愛想笑いを表情に刻んで固まっていたことでしょう。
え、えーと、はい。俺はアルベールさんと共に、ちょっと反応に困っているのでした。多分、この人も男性に興味が無いのだろうなと思っていましたが、それにしてもなかなか壮絶な自省の言葉を耳にすることになってしまいまして。
正直、俺も多少のところ歪んでいる自覚はありますので。アレクシアさんのおっしゃることはわりと理解出来るのですが、あー、フォローをですね。フォローを思わず入れたくなりますよね。
「えー、アレクシアさんはですね? そんな別に歪んでおられるとかはですね? 無いと思いますがねー、はい」
アルベールさんも気をきかせて頂きまして。
「あー、俺もそう思いますよ? 前回の騒動で間近にすることになりましたが、アレクシア殿は友人思いの素晴らしいお方で。きっと、良いと思えるほどの男がまだ目の前に現れていないだけでしょう」
アレクシアさんは「ふむ」と、不意に頭を下げられるのでした。
「申し訳ありません。どうやら気を使わせてしまったようで」
俺は「いやいや」と首を左右にしながらに応じることになります。
「いえ、全然お気になさらずに。しかしあの、俺も思っています。お母様は早くに亡くされたようですが、それでもラウ家で健やかに育った人にしてはって。ただ……俺は思うのですが、やはりそこは経験の薄さかなぁって思っているんです」
「経験ですか?」
「はい。娘さんの身近な男性って、家族か家臣の家族みたいな人ばかりで。年頃の男性との付き合いっていうのも、この王都でのアルベールさんが初めてぐらいじゃないかって、そんな感じで」
「そう言えばそうらしいですね。修行に出ておられたそうですし、同世代との付き合いはあるのでしょうが。アレは嫌な記憶らしいので勘定には入らないでしょうね」
「俺もそう思います。だから、そこに光明があるのかなと。ここで、ちゃんと同世代の男性と付き合ってもらってですね。そして、その付き合いの楽しさを覚えてもらって。そうすればですが」
「男性と一緒になるのも悪くはない。そう思われるようになると?」
「そして、その先についてもですね。私は期待しております」
そして、その同世代の男性の良さを伝えてくれるはずなのが、この方なわけで。
俺とアレクシアさんがそろって見つめる中でです。アルベールさんは難しい顔で呻かれるのでした。
「う、うーん。まぁ、うん。ノーラの言いたいことは分かった。俺に、同世代の男性としての魅力を伝える役割を担えってか?」
「ずばりそう期待させて頂いておりまして」
「なるほどな。俺も、その手段自体は良いような気はするが。たださ、俺は告白して振られているんだぞ? 気まずさは当然あって、サーリャ殿も同世代の男性との付き合いを楽しむのは難しくないか?」
それは本当に確かにでした。実際に、サーリャさんにはその気まずさがあるようで。アルベールさんを避けているところは間違いなくあって
ただ、それは当然俺も承知していますからね。出来るだけ頼り甲斐があるように見えるよう、力強く頷いて見せます。
「そこはもちろん、私が力を尽くします。気まずさが解消されるように、間に立ってとりなそうかと。サーリャさんが逃げることが無いようにも力を尽くします」
具体的にどんなやりとりになるかは分かりませんが。言い出しっぺとして、意地でもそれはやり遂げるつもりでした。
呼応するようにして、アレクシアさんも声を上げて下さいまして。
「その点については私も協力いたしましょう。どの程度の力になれるかは分かりませんが、それこそサーリャさんを逃さないようにすることぐらいは出来るはずです」
俺もアレクシアさんも、娘さんに信頼されている側の存在のはずで。必ずやある程度以上の働きが出来るはずですし、その点についてアルベールさんも疑問の余地は無いようで。
「それは……ありがたいな。非常にありがたい。正直、サーリャ殿とどう再び話せる仲になろうかって悩んでいたからな。それは助かる。めちゃくちゃ助かる」
心底ありがたく思って頂けているようで、アルベールさんは何度も頷きを見せられて。
その様子を目の当たりにして、俺はホッと一安心でした。俺の狙いのためには、どうしようもなくアルベールさんの助けが必要なのですが、そのアルベールさんが喜んで下さっているようで。
これでですね、とにもかくにも親父さんの頼みを聞き届けるための一歩が踏み出せそうでした。あとは、娘さんとアルベールさんが顔を合わせる機会をいつ設けるかですが。
「あの、1つ良いですか?」
アレクシアさんが澄ました顔で声を上げられまして。問題が無いと思い込んでいましたが、何か見落としでもあったのでしょうが。俺は不安に思いつつ応じます。
「どうされました? 何か問題でも?」
「いえ、問題では無いのですが。1つ提案がありまして」
「提案ですか?」
それはきっと、娘さんに結婚する気になってもらうための提案なのでしょうが。アレクシアさんは「はい」と頷かれました。
「ノーラは知っていますか? どうにも、現在サーリャさんは非常におモテになっているらしく」
俺はすぐに頷きを返します。それは親父さんか伝え聞いていたことでして。
「はい。そう聞きましたが、あの、それが?」
「そういった方たちには騎手の方々も大勢おられるようで。どうでしょう? その方々とサーリャさんがお会いする機会を設けられては?」
正直です。アレクシアさんには絶対に何かしらの思惑があるのでしょうが、俺にはパッと察しがつかず。
「えー、その心はどのような?」
「1つには、アルベール様がサーリャさんに会いやすい機会を作るためです。何かしら用事があった方が、アルベール様も会いには行きやすいでしょうし。騎手の懇親の会という名目でもあれば」
「それはえーと確かに」
「2つ目にはです。サーリャさんに同世代の男性との付き合い、その楽しみを知ってもらおうということですので。その良い機会になるであろうと」
なるほどではありました。
目的を考えるとです。それも非常に良い気はするのですが、えーと。
俺はアルベールさんを思わず見つめます。この方はそれに良い気がするかなぁということで。娘さんと他の男性諸氏とが仲良くなる機会が出来る。そうなると、アルベールさんにも穏やかならないところがあるのではと。
案の定と言いますか、アルベールさんは少し苦い顔をされて膝に頬杖を突かれます。