第5話:俺と、作戦会議(1)
と言うことで、集まって頂いたのでした。
カミールさんの屋敷にはいくつもの応接間があるのですが、その広めの一室にです。娘さんが親父さんと所用に出向かれているのを好機として、こちらに足を運んで頂きまして。
椅子の1つには、王都スタイルの簡素なドレスに身を包んだアレクシアさんが腰をかけておられます。上座にあたる長椅子には、貴族らしく小綺麗な格好をされたアルベールさんが座っておられて。
集まって頂いたのはこのお二方なのですが、うーむ。何ともですね、華やかな光景ですねぇ。
床に犬ずわりしながらに俺はそんな感慨を抱くのでした。黒髪が華やかで、秀麗な容姿をされたアレクシアさん。良く焼けた肌をして、しかし上品な顔立ちとふるまいを持つアルベールさん。
このお二人が、この瀟洒な一室に並んでおられますとね? 午後のこの時間帯もあって、優雅なお茶会の一時って感じもしたりして。
ただ、もちろん今はそんな時間では無いのですが。
あー、と前置きされまして。
アルベールさんは俺を見つめながらに口を開かれました。
「アレクシア殿からお聞きしたけどさ、ヒース殿がサーリャ殿に結婚して欲しいみたいな感じなんだって?」
状況の確認って感じですかね? 俺はその通りと頷きを見せます。
「はい。切実にそう願っておられて」
「ただ、サーリャ殿にその気は無いらしくて」
「まったくもってそんな感じで」
「で、ヒース殿から頼まれたノーラは、サーリャ殿をその気にさせたくて。そのために俺をって話なんだよな?」
ありがたくも、アレクシアさんは的確に俺の思惑をアルベールさんに伝えて頂いたようでした。俺は「そういうことで」と頷きを見せます。
「サーリャさんが男性に恋心以上のものを抱かれるとしたら、それはアルベールさんを置いて他にあり得ないと思いまして」
「ふーむ。なかなかさ、ノーラは俺のことを買ってくれている感じだよな?」
「そりゃあもう。王国随一のお方で」
「ありがとう。ただ……忘れたのか? 俺は先日きれいに振られたばかりなんだけど」
いぶかしげな表情をを見せられるアルベールさんでした。確かにです。アルベールさんは娘さんに振られてしまった現実がありまして。ただ、アレはちょっとねぇ?
「えーと、アレはですね、ちょっと性急な感がありまして。もっと時間をかけて関係を醸成させられたら結果は違ったような気もしまして」
そもそも、知り合ってから10日も経たずの告白でしたし。アルベールさんがいくら素晴らしい男性であったとしても、なかなかその短期間じゃね? 結婚にまで持っていくのは難しかったのではないでしょうか。
アルベールさんにも思うところはあったようで。にわかに渋い顔をされました。
「確かにな。俺もアレはちょっと急ぎすぎた感はあったけど」
「処刑の当日でしたし。告白の時期もその色々と」
「かもな。考えるべきだったかもな」
「正直その、はい。それでいかがでしょうか? 是非ともご協力して頂きたいのですが」
俺には、娘さんにふさわしいのはアルベールさんだという思いが強くありまして。言葉通り、是非ともお願いしたいところですが、ど、どうでしょう? 協力して良かったと思って頂けるように全力を尽くすつもりはあるのですが。アルベールさんはどんな反応を見せられるのかどうか。
ニヤリ、でした。
アルベールさんは不敵な笑みをその端正な頬に浮かべられました。
「乗る気が無ければ、わざわざここまで足を運ばないさ。俺は一度断られた程度で諦められるほど、出来た男じゃないんでね」
俺はホッと一安心でした。そもそもですが、俺のこの企みは、アルベールさんがまだ娘さんを諦めていないという前提があってのものですが。これでウィンウィンの関係でことに当たれそうで。アルベールさんが俺みたいな軟弱者とは出来の違う方で本当に良かったです。
「ありがとうございます。アルベールさんの望みが叶うように、俺は全力を尽くすつもりですので」
「お互いの目的のためだけどさ、よろしく頼むよ。しかし、アレクシア殿? 貴女はよろしいのか? この件に関わるということは、俺とサーリャ殿が良い関係になれるように協力するということになるのだが。正直、貴女と私はそれほどの仲では無く。俺を応援することに異論はないのですかな?」
アルベールさんは不思議そうにアレクシアさんにそう尋ねられたのですが……『あ』でした。
ハッと気づくことになったのです。そもそもですが、アレクシアさんはアルベールさんへの嫉妬の片鱗のようなものを以前に見せられていて。せっかく出来た友人を取られてしまうのではないかみたいな感じで
よし、策は浮かんだ。では、どんどん推し進めていこう! なんて、俺は自分本位にアレクシアさんに協力をお願いしてしまったのですが。これはその、けっこうな間違いを俺は犯してしまっているのでは?
「え、えー、私からもすみません。もしかしたら色々と無理して参加されているのではないですか? でしたらその、申し出て頂けるとありがたいのですが……」
優しいアレクシアさんが無理して俺のお願いを聞いて頂いているのではないかと、それが心配で仕方がなく。
慌てて尋ねさせて頂いたのですが、えーと、どうなんでしょう? アルベールさんがいらっしゃるためか、アレクシアさんはいつもの仏頂面でした。その仏頂面で、しかし首は左右に振られまして。
「まずはノーラにですが、無理などはしていません。以前にも伝えたような気はしますが、サーリャさんについて祝って上げられる自分でありたいところですし。サーリャさんに結婚して頂きたいという趣旨に関して、抵抗感は正直あまり。お世話になったヒース様のお望みでもありますしね」
嫉妬では無く、祝って上げられる自分でありたい。娘さんの色恋話について、アレクシアさんはそんなことをおっしゃっていましたが。
その発言の精神を体現されているということなんでしょうか。実際のところ、無理をされているという感じは無いような。この方、意外と表情なりに感情が出る方ですし。表情にあるのはアルベールさんへの緊張感ばかりであるように俺には見えるのでした。
「ありがとうございます。頼らさせて頂きます」
とにかく頭を下げて、感謝の意を表しまして。アレクシアさんは小さくほほえんで下さいました。ただ、その笑みは一瞬で消えまして。仏頂面がアルベールさんに向けられます。
「アルベール様の疑問に関しては、私の事情がありまして。まずはですが、アルベール様のサーリャさんへの思いは前回の騒動でよくよく見知っておりますので。人格、能力も申し分なければ、私が偉そうに拒否の選別が出来るような方では無く」
それはありがたい、とアルベールさんでした。アレクシアさんに対して、この人らしい愛嬌のある笑みを見せられます。
「まさかアレクシア殿にそんな高評価を頂いているとは思わなかったけど、とにかく嬉しいです。まずはという話でしたが、2つ目もあるということで?」
「はい。これが私の本命と言って過言ではないのですが。アルベールさんがサーリャさんのお相手でしたら、私も遊びに行きやすいので」
「はい? 遊ぶですか?」
「遊ぶです。私はかなり嫌われやすいタチですが、ありがたいことにアルベール様は私をさほど疎ましくは思っておられないようですから。サーリャさんと一緒になられるのがアルベール様でしたら、私も安心してサーリャさんに会いに出向くことが出来ます」
アレクシアさんが王都でどんな評価を得ているのか。多分、アルベールさんもご存知だったのでしょうね。「えー、あー、なるほど」と苦笑いで理解を示されていました。
俺もちょっと納得です。
内面とは不相応な無愛想さが災いしまして、アレクシアさんは敵を作りやすい方らしいですので。しかし、アルベールさんは外面だけで人を忌避されるような方では無く。アルベールさんが娘さんの相手であれば、娘さんとの関係も続けやすいだろうというのは納得出来る意見でありました。
とにかく、アレクシアさんにはアレクシアさんの利益があるということでいいのかな? 無理なくご協力頂けるとは理解しても良さそうで。
「では、アレクシアさん。どうぞよろしくお願いします」
俺が頭を下げますと、アレクシアさんは小さく頷かれて。
「もちろん。非才どころか、門外漢の分野ではありますので、どれほど貢献出来るかは疑問ですが」
「いえいえ。アレクシアさんは娘さんのほとんど唯一のご友人でして。頼りにさせて頂きます」
俺の知らない娘さんを色々とご存知のはずで。心の底から頼りにさせて頂いてるのでした。
不意に「よし!」と声が響きました。
それはアルベールさんの口から発せられたもので。アルベールさんは笑みと共に俺を見つめて来られます。